二十 こんな関係です
シャレムの寝言はユカイです。
九
「ご主人さま、ご主人さま」
「はいはい」
「ご主人さま、ご主人さま、ご主人さま」
「はいはいはい」
「ご主人さま、ご主人さま、ご主人さま、ごーしゅーじーんーさーまーあ――」
「はいはいはいはい」
今日のシャレムは完全に甘えモードだ。
ソファに座るミレの横からべったり抱きついて、ほにゃーとゆるい顔で頬擦りしてくる。眼がトロン、と眠たげだ。
「よしよし」
ミレはシャレムの後頭部を優しく撫でてやった。
するとシャレムは気持ちよさそうに眼を細めて、うっとりとしながら全体重をあずけてきた。
「……」
ポンポン、ポンポン、ポンポンポン……あやすようにシャレムの背を軽く叩く。
だんだんと、シャレムの瞼が閉じていく。
「疲れているなら寝ていいよ」
「うん……」
ポンポン、ポンポン、ポンポンポン……ほどなくシャレムは眠りにおちた。ミレをしっかりと抱きしめたまま。
「……ずるい……」
ぼそっと呟いたのはユアンだ。
椅子に腰かけ、半分身体をひねった姿勢で肩越しにこちらを見ている。ジトッとした眼つきは恨みがましげだ。
いつも通り、ミレはユアンを訪ねていた(シャレム付きで)。
今日は体調がいいらしく、ユアンは着替えて机につき、宿題を消化している最中なのだ。
ヴィトリーはつつましく壁際で後ろ手を組み立っていたが、ユアンの態度がおもしろおかしいらしく、口元がゆがみ、眼は笑いをこらえるように不自然に泳いでいる。
ミレはユアンからそそがれる、なじるような視線の真意を訊いた。
「なにがです」
「ミレ殿にくっついたまま寝るなんて、ずるい」
「シャレムは私の犬ですから」
「私も犬になりたい……」
「ぶーっ」
ヴィトリーが盛大に噴いた。
「げぇほっ、げぇほっ、げほっ」
ユアンはジロリとヴィトリーを睨んだ。
「おまえ、うるさい」
ミレはしごくまじめに答えた。
「犬はシャレムだけで間に合っています」
「じゃあなにならよい?」
ユアンが椅子から身を乗り出す。
「なになら――私もミレ殿に、そんなふうに優しくかまってもらえるのだ?」
「そんなの決まっているじゃないですか」
いつのまにかヴィトリーがユアンの脇ににじり寄って囁く。
「恋人ですよ。こ・い・び・と」
「恋人か!」
「恋人です!」
ユアンが『恋人』の言葉の持つ甘い響きにポーッとなる。
が、すぐに「ん?」と小首をかしげた。
「……私はまだ恋人を持ったことがない。恋人とはどんな関係をさすのだ?」
「そりゃあ、アレして、コレして、ナニしちゃったりするんですよっ」
「は?」
疑問符を浮かべるユアンは純情そのものだ。
ヴィトリーが口元に手をあて、ユアンの耳にゴニョゴニョ進言している。
たちまち、ユアンが音をたてて、カーッと真っ赤になった。
「ヴィトリー!」
「はいいいいっ」
「不埒なことを申すな! ミレ殿にそ、そ、そ、そんなことできるわけなかろう!」
そんなこととはどんなことだ。
ミレは建設的とはいいがたい会話をする主従をうろんな眼で見て、こんなうるさい中でも眼を醒ます気配のないシャレムに心を寄せた。
よほど疲れていたのだろう。ぐっすり眠っている。
たまにムニャムニャと、「魚キライ」、「肉スキ」、「野菜イマイチ」、「お菓子ホシイ」とお腹の空くような寝言をもらしている。
「……」
ミレは無言でシャレムを撫でた。
ミレが無関心なことに気づいたのだろう。ユアンとヴィトリーは不毛なやりとりをやめ、互いに顔を見合わせて、「しー」と口に指をたてた。
それからユアンは宿題を終わらせたのか、机の上を片付けてミレの隣にやって来た。
まもなく第二章も終了です。
次話、兄王子の乱入。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




