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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第二章 王子殿下のお気に入り
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十七 自虐的です

 ……してる、なんて、言えるわけがない。の巻。

「されていません」

「紅が落ちている」

「芸術家に口紅など似合わないと拭われただけです」

「のしかかられていただろう」

「すぐに引きはがされてボコボコにされました。ご覧になったでしょう」

 

 確かに、芸術家は悲惨な状態で地面に大の字になっていた。

 アーティスは胸が空くのがわかった。どす黒い嫉妬の霧がたちまち晴れていく。頬がゆるむのが抑えられない。


「そうか、よかった……」

「なにがです」

 

 不審そうにミレが眉根を寄せる。


「いや、別に」

 

 と咳払いをし、応じながら、アーティスは恰好つけている自分を罵った。

 なにが「いや、別に」だ。正直に「他の男に唇を許さないでくれて嬉しい」と言えばいいじゃないか。

 ユアンであれば、素直に伝えるだろう。


「……弟にできて兄である私にできないことがあるまい……」

「なにをブツブツ言ってるんです」


 ますます疑わしそうにミレがアーティスを眺める。

 アーティスは意を決した。


「ミレ」

「はい」


 直視する。直視される。まともに眼が合う。

 途端に、カーッと頭に血が昇った。ドクドクと心臓が暴れ出す。

 

 おかしい。

 やはり、おかしい。


 女性に関しては百戦錬磨――とは及ばないまでも、それなり以上の経験があるにも関わらず、このていたらく。

 ミレとは既に何度も深いキスを交わした仲なのに、いまになって眼を見つめて話すこともできないとは、幼児以下だ。

 アーティスは上擦った声で、懸命に言葉を継いだ。


「いいか」

「はい」

「君は、わ、私以外の男に――」

「はい」

「隙を見せたり、気を許してはいけない」


 予定とは違ったセリフになってしまった。

 ミレは相変わらず淡白に応じて来る。


「なぜですか」

「なぜでもだ」

「そうですか」

「そうなのだ」


 アーティスはむきになって言った。

 シャレムはともかくとして、ミレが他の連中にちやほやされる様を見るのは面白くない。はっきり言って不愉快だ。四六時中奴らが傍にいると考えるだけで、苛々する。ちょっかいを出されるなど、論外だ。


「君をどうこうするのは、私だけでいい」


 うっかり本音を漏らしてしまい、慌ててアーティスは口を押さえた。

 さいわいにもミレはよそに注意が向いていて――バルコニーの方を見ていた――アーティスの不用意な一言は聞いていなかったようだ。


「ミレ、こっちを向きなさい」

「はい」

 

 素直なミレはかわいい。

 アーティスは一瞬、呆けた。

 次の言葉が出てこない。 

 ミレのつぶらな瞳の中に、自分の色ボケした赤い顔を見出し、アーティスはうろたえた。

 急に押し黙ったアーティスを前に、ミレは可愛らしく小首を傾げた。


「……具合でも悪いのですか。真っ赤ですよ。熱でもあるんじゃ……」


 ペタ、と小さな手が額にあてられた瞬間、アーティスの緊張は臨界点に達し、もうなにがなんだか、わからなくなった。


「悪いが」

「はい」

「私はまだ執務の途中だ。君と遊んではいられない」


 勝手に拉致しておいて、どんな言い草だ。

 

 だがミレはコクリと頷いた。


「わかりました。では帰らせていただきます」

「それはだめだ」

「どうしろとおっしゃるんです」

「私が戻るまでここにいたまえ」

「なぜです」


 至極まともな疑問をぶつけられて、アーティスは咄嗟にバルコニーを指した。

 そこには錬鉄製の鳥籠があり、青緑の羽に黄色い嘴のオウムがせっせと羽を繕っていた。


「私の鳥――ドナの世話をしなければいけない。いいね、ここから一歩も出るんじゃない。誰が来ても扉を開けるな」


 一方的にそう告げて、アーティスは踵を返した。急ぎ足で部屋を出る。

 そこにはミレの取り巻きがたむろしていたが、アーティスは無意識のまま無視した。


「……くそっ」

 

 呻く。

 既に後悔していた。

 我ながら挙動不審だ。支離滅裂もいいところだ。勝手が過ぎるというものだ。

 いい大人の男が女性を引き止めるのに「鳥の世話をしろ」とはどういう口説き文句だ。ばかばかしいにもほどがある。さしものミレも怒って帰るに違いない。


 唖然とした顔だった……。


 愛想を尽かされたかもしれない。

 アーティスは拳で額を突いた。


「ただでさえ、疎ましいと思われているのに……」

 

 少しずつ距離を埋めようとした矢先にこれだ。

 深々と、何度も溜め息をつく。

 

 ……してる、だって?

 

 そんなばかな。まさか。

 ただほんの少し言動が珍しくて、面白くて、結婚相手としては条件がよくて、とびきり可愛くて美しいだけであって――。

 傍にいたい、なんて。

 いつも見ていたい、なんて。

 ……してる、なんて。そんなふうに想うなんて、なにかの気の間違いだ。

 第一、好かれてもいない。いや、それどころか。


「相手にされない相手に惹かれるなんて、不毛もいいところだろう」


 自虐的に呟いて、アーティスは落ち込んだ。

 かなり自業自得だが、意気消沈したまま、トボトボと執務に戻った。


 次話、部屋に戻ったアーティスが見たものは……?


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。



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