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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第二章 王子殿下のお気に入り
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十六 まさかです

 アーティス視点です。

   七


「おや、ミレ殿が」


 側近ソーヴェの呟きに、アーティスはビクッとした。

 いつも通り、山積みの決裁を黙々と処理していた最中だ。

 まず、手が滑った。署名に失敗する。仕方なく、再作成のためソーヴェに差し出そうとした拍子に、インク壺に肘がぶつかった。机上に黒インキが広がる。手拭きで押さえる。腰を浮かせた拍子に、ソーヴェの口から二言目の呟きが耳に入る。


「ああ、またあんなところで寝て」


 速攻、アーティスは身を捩り、振り返った。

 筆ペンが転がり落ちる。拾うつもりで身を屈め、見失い、机の下で発見する。取り上げて、頭を上げたところで机にガンッ、と後頭部を打ちつけた。

 悶絶。


「……なにをやっているのですか、殿下」

 

 一部始終を見ていたに違いない、ソーヴェに呆れたように言われた。


「うるさい」

「それほど動揺することですか?」

「私はなにも動揺などしていない」

 

 嘘だ。

 本当はものすごく動揺している。


 星桜の園遊会の翌朝――腕の中で眠るミレの寝顔を見て以来、自分はおかしい。

 なぜミレを抱きしめて、一緒に寝る事態になったのか、思い出せない。

 だが、とてもよく眠った。まるでミレが自分の一部であるかのように、小さな身体はぴったりと腕におさまり、呼吸が重なった。

 ミレも安心しきっているのか、すべてを委ねるような無防備さで、アーティスに身を預けていた。

 アーティスはうつらうつらとしたまま、自然とミレの髪にキスした。柔らかな身体をいっそう抱き寄せ、半醒半睡の状態でもう少し眠りを貪ろうとした。

 そして、なにげなく「……してる」と、いままで一度も口にしたことのない言葉を漏らした自分に仰天した。


「まさか」


 思わず飛び起きて、激しく混乱したまま、脱兎の如く逃げ出した。

 それ以降、ミレの顔をまともに見られない。

 アーティスは立って、ペンを机に置き、ちらっと窓の向こうに眼を向けた。この位置からでは見えない。窓辺に寄る。中庭に視線を落とす。

 ミレがいた。

 一の庭の片隅で、右手を額に置き、仰向けにひっくり返っている。傍には日傘を差した侍女と欠伸をする犬がいて、やや離れた位置に、聖職者と闇騎士が影さながら待機している。

 そこへ荷物を抱えた大商人とのんびりした顔の芸術家が現れた。大商人が侍女と喋っている。芸術家はミレを見下ろし、寝顔を見つめ、ゆっくりと膝をついた。


 なにをするつもりだ。


 アーティスは険しい形相で窓ガラスに張り付き、食い入るように見続けた。

 芸術家の手が伸びて、ミレの唇に触れた。そのまま上体に覆い被さっていく。


「――っ」

 


 もう我慢ならない。


 アーティスは身を翻し、ソーヴェがたじろぐぐらいの勢いで部屋を出た。廊下を走り、階段を飛び下りる。中庭を突っ切って、まっしぐらにミレのもとに向かう。

 着いたとき、芸術家は既にぶちのめされたあとだった。

 他の連中が「ああ、せいせいした」という顔で、殴る蹴るの制裁を下した芸術家を放置している。

 ミレはといえば、侍女に化粧直しをしてもらっている最中で、いきなり現れたアーティスに驚愕し、怪訝な眼を向けてきた。


「……」


 ミレの唇の、紅が落ちている。


 アーティスは芸術家を叩っ斬りたい衝動を堪える代わりに、ズンズンと大股にミレに歩みを進め、声をかけられるより先にさらっていた。

 ミレの細い腰に腕をまわし、身体を持ち上げ、荷物担ぎでその場を去る。

 呆気に取られた面々は、すぐには追いかけてこなかった。


 アーティスは部屋にミレを連れ込み、他の誰ひとりとして入室を許さなかった。

 しばらく廊下が騒々しかったが、やがて静まり返った。


「……なんですか、いったい」

 

 ミレにうろんげに見つめられて、アーティスは焦った。

 行動を省みれば、横暴で無作法なことこの上ない。

 普通の女性であれば、決別されてもやむを得ないだろう。

 だが、相手はミレだ。

 アーティスは頭を掻いて、プイ、と横を向いて言った。


「……変な男にキスなどされるんじゃない」


 長くなったので、分割。

 次話、ミレの前でアーティスが取り乱します。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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