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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第二章 王子殿下のお気に入り
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十五 本職は情報屋です

 これで、闇稼業四人が揃い踏みです。

「それより、ずいぶん長く迷子になっていましたね」


 立ち直りの早い芸術家は、なにごともなかったかのようにしゃんとして、


「そうそう、おかしいんだよね。僕はダラハからまっすぐにここに向かっていたはずなのに、なぜか地下洞窟をうろつくはめになって」

「どこの」

「エジンドール」

「ここと真逆でしょう」

「だからおかしいんだよ」

 

 真顔で芸術家が首を捻る。

 まるで他人事だ。


「……」

 

 ミレは侮蔑の眼を向けた。

 芸術家は極度の迷子癖があり、ひとりではまず、目的地に辿り着けない。そのくせ勢いよくどんどん先に進むから、見つけ出すのは至難の業だ。

 それでたいていの場合は、シャレムが回収に赴く貧乏くじを引くのだ。


「……」

「……」

 

 探しあて、連行したシャレムの苦労が忍ばれたのか、聖職者と闇騎士が同情のこもった視線をシャレムに浴びせている。

 芸術家だけが満足そうだ。


「まあそれでも『岩窟の聖ドナティス』を見物できたから得したかな」

「引っ張りまわされた僕は、いい迷惑です」

 

 シャレムが辟易してぼやく。

 芸術家は他愛なく笑い、腕を広げる。


「友達じゃないか、許してくれよ」


 あくまでも友好関係を否定して、シャレムがつーんとそっぽを向く。


「友達じゃないので、許しません」


 ここぞとばかりに、闇騎士が口を挟む。


「俺もおまえとは友達じゃないぜ」


 聖職者も冷淡に告げた。


「……私もだ」


 三者三様に振られ、芸術家は「まいったなあ」と額を掻き、ついで言うことに。


「……脅すよ?」

「それをやめろっての! おまえときたら、自分の都合が悪くなるとすぐそれだ!」


 怒鳴ったのは闇騎士で、シャレムがミレを懐に庇い、聖職者が臨戦態勢に入る。

 芸術家は口を尖らせ、指で顎を摘んだ。


「脅されたくない?」

「ったりまえだろうが!」

「じゃあ、僕と友達になるべきだよ。僕、友達は脅さないから。たまにしか」

「たまに脅すのかよ!」


 ミレの代わりに闇騎士が突っ込んでくれた。

 まったく、芸術家ほど、敵にも味方にもしたくない男はこの世にいないだろう。

 なんといっても、性質が悪すぎる。

 あとはこの会話に飽きたのか、芸術家は晴れやかに笑い、シャレムの腕に閉じ込められているミレに、おいでおいでをした。


「あなたにお土産話があるんだ。とっておきの話だよ、聞きたい?」


 聞きたくない。


 だがそう断ったところで、芸術家は耳を貸さないことをミレはよく知っていた。

 実のところ、芸術家とは数年来の顔なじみだ。父キャスの下働きを務め、一時期は屋敷に頻繁に出入りしていたこともある。他ならぬキャスに教えられ、ミレも芸術家の正体を知っている。

 表向きではない、裏の顔。

 ミレは嘆息し、シャレムに「待て」と命じる。

 シャレムは渋々腕を解いて、「はぁい」と返事し、片膝をついた。


「なんですか」

「もっと傍にきて」


 芸術家に腰を抱かれ、耳元に顔を寄せられる。

 視界の隅でユアンが身体を固くし、血相を変えた。

 その傍らで、ヴィトリーが「あわわ」とじたばたする。


「……」

「……」


 囁かれた内容が重大すぎて、すぐには信じられない。

 眉をひそめ、ミレはうろんな眼つきで、芸術家を見た。


「疑ってる? でも、本当だよ。僕のこと、知ってるだろう」


 知っている。


 芸術家とは、表向き。

 裏世界では、泣く子も黙るばかりか恐れて逃げる、情報屋である。

 そして豊富な情報を武器と楯にし、脅しまくり、敵をつくりまくっている。


「これは、確かな筋の話。この僕作の細密画に賭けて、誓ってもいい」

 

 芸術家は懐から取り出した細密画をミレの前に突き出した。

 緊迫感が、一気に瓦解した。

 得意そうに胸を張っているが、どこをどう見ても、細密画の出来映えは素人だ。


「……」


 ミレはやれやれ、と肩を落とした。

 芸術家は情報屋としては一流だが、芸術家としては三流以下だ。

 ただ、そう面と向かって告げるものが少ないだけで(脅されるから)。

 だが、ミレは脅迫を恐れることなく、ズバリと言った。


「ヘタクソです」


 審美眼を持つと自称する芸術家だが、実は普通以下の視力ではなかろうか、とミレは前々より疑っている。

 だが、ひとりよがりな芸術家には通じない。


「ふふふん、この華麗な技と美の限りを尽くした前衛的作品のよさがわからないとは、お嬢さんの眼も相変わらず腐ってる。嘆かわしいことだなあ」

「腐ってるのはおまえの眼だっての」

「……」


 闇騎士が吐き捨て、聖職者が無言で同調しているが、無論、芸術家は聞いていない。


「では、僕の芸術をもっとよりよく理解してもらうためにも、これはお嬢さんに進呈しよう」

「いりません」

「遠慮しなくていいから」

 

 遠慮などしていない。

 本気で辞退したというのに、芸術家はほとんど強引にミレの手に謎の細密画を押しつけた。

 そして臆面もなく、言ってのけた。


「いつか僕の芸術の集大成を、愛しいあなたに丸ごとあげる」


 死んでもいらない、とミレは思った。


 次話、葛藤するアーティスの出番。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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