十四 芸術家は厄介です
色々と、問題ありな四番目の求婚者登場です。
六
ミレは、いつもの時間、いつも通りユアンを訪ねる。
もはや、聖職者と闇騎士が同行するのは慣例になっていた。ただ大商人だけは朝から「商売、商売」とホクホク顔で出かけていったので、一緒ではない。
そしていつもの如く、暑苦しいくらい快活なヴィトリーに出迎えられた。
「いやぁ、毎度お美しい! ささっ、どうぞ。殿下がお待ちかねですよ!」
満面の笑みで、中に通される。
ユアンは寝台にいた。ミレを見ると、途端に表情が華やぐ。
「ミレ殿」
「こんにちは、殿下」
ミレは畏まって一礼した。
「よく来てくれた。き、今日もあなたに会えて嬉しい」
少し頬を赤くして照れながら、率直に気持ちを伝えてくるユアンはかわいい。
ミレが微笑すると、ユアンはますます赤面してしまう。
「……」
珍しく、先客がいた。
ユアンの脇の椅子になぜか腰かけず、背凭れ部分に腕をのせ、寄りかかっていた人物がゆっくりと振り返る。
「……」
見知った顔に、ミレは表情を崩さないまま驚いた。
芸術家が、なぜここに?
「ご主人さま」
いつ戻ったのか、いつのまにかそこにいて、シャレムが申し訳なさそうにミレの足元に跪いている。
ミレはホッとした。よかった、どうやら無事のようだ。
「おかえりなさい」
「ただいまですー」
行儀よく伏せたままの頭を撫ぜる。シャレムはどこまでもおとなしい。
「どうして芸術家をここに連れてきたの」
「えーと」
シャレムの話を聞くところによると、シャレムと芸術家はつい先刻、王宮に到着して、まずミレの部屋に行ったらしい。だがミレが不在だったので、やむなくこちらへ出向いたという。
「追いかけたつもりが、追い抜いちゃったみたい」
なるほど。
ミレは嫌々ながらも、芸術家に眼をやった。
短くも長くもない不揃いな髪は茶色、瞳は琥珀、中肉中背、特に目立つ容姿ではないのに、なぜか眼を惹く存在感。
「や、お嬢さん」
愛想があるようでない、端的な挨拶をして、芸術家はミレをジロジロと上から下まで眺めて、言った。
「少し見ないうちに、ブサイクになった?」
ユアンとヴィトリーがギョッとする。
ミレとシャレムは動じない。聖職者と闇騎士も無反応だ。
芸術家は猫のようにしなやかな足運びで、距離を詰めてきた。
シャレムが警戒し、スッとミレの前に立ち塞がる。
「犬君、邪魔」
シャレムだけではない。
ミレに就き従っていた聖職者と闇騎士も左右を固め、睨みを利かせている。
「聖職者君と闇騎士君も、邪魔」
「うるせぇ。姫に気安く近づくんじゃねぇよ」と、強面の闇騎士。
「……」と、無言で威圧する聖職者。
殺伐とした空気をものともせず、芸術家がムッとしたように言う。
「そんなに牽制しなくてもいいじゃないか。僕ら友達だろう」
誰も返事しない。
だが芸術家はまるで意に介さず、シッシッ、と皆を手で追っ払うしぐさをした。
不承不承、ミレは皆に退くよう指示する。
芸術家は至極真面目な顔で、口火を切った。
「お嬢さん」
「はい」
「迷い迷って、ようやくここに辿り着きました」
「そうですか」
「それもこれも、美しいあなたに恋い焦がれるゆえに」
嘘をつけ。
とは言わず、
「そうですか」
「なのにあなたはブサイクで」
「そうですか」
「ミレ殿はブサイクではない!」
布団をバフッと叩いて異議を唱えたのは、ユアンだ。
だが芸術家はユアンの反論など聞いていない。
「僕は大変がっかりです」
「そうですか」
「でもご安心を。僕がいますぐ美人に戻してあげます。なぁに、水桶にちょっと顔を突っ込んで、ブラシでゴシゴシ擦ればいいだけです」
要は化粧を落とせと言いたいのか。
ビスカが聞けば噴飯ものだ。そのあと、怒り狂う様が眼に見えるようだ。
だが、相手は芸術家だ。まともに受け答えしてはならない。
ミレは慎重に答えた。
「これは、わざとこうしているんです」
一秒間をおいて、芸術家がポン、と手を打つ。
「なるほど」
芸術家は感じ入ったように続けた。
「つまり、僕以外の者の前では素顔を見せたくないと! そういうわけか」
「ええっ。そ、そうなのか、ミレ殿!?」
なぜかユアンが真に受けて、蒼褪めている。
「そんなわけないですって」
と、呆れ顔でたしなめたのはヴィトリーだ。
「ビスカさんが来るまでは、ミレ殿なんてスッピンの上、地味―な恰好で、平気な顔してうろついていたじゃないですか」
だが芸術家は後ろの会話など聞いてはいない。
感極まった様子で、ジリジリとミレに迫ってくる。
「僕の前でだけ、生まれたままの美しいあなたでいてくれるとは、感激だ。これはもう、愛だ!」
「違います」
「素直に認めればいい。ついに、僕に屈したと。なに、歳の差なんてなんのその、至高の愛の前には壁にもならない――あいた」
いきなり芸術家に抱きしめられそうになったので、ミレは容赦なく顔面をビシッと叩いた。
「愛が痛い」
しくしく泣く芸術家を横目に、闇騎士が「けけけ、ザマミロ」と、歯を見せて嗤う。聖職者とシャレムも小気味よさそうだ。
ミレは芸術家から距離を取り、話題を変えた。
長くなったので、まず半分。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




