十二 意気投合です
園遊会編、終了です。
とはいえ、これほど好き放題罵られて、自尊心の強いアーティスが黙っているわけがない。
取っ組み合いの殴り合いになどなったら、どうしよう。
ミレは心配になり、ついダリアンの濃紺の学徒服の袖をキュッと引っ張った。
「ケンカはだめです。博士が殿下を伸したら理由はどうでも捕まります」
「待て。なぜ私が負けることが前提なのだ」
すかさず口を挟んできたアーティスにミレは答えた。
「博士はケンカ慣れしているからです」
今度はダリアンが不満そうに口を尖らせ、訂正した。
「人聞きの悪い。せめて場数を踏んできたと言いなさい」
ミレはきっぱりと言った。
「あまり威張れることじゃないと思います」
二人の会話を聞いていたアーティスが、不意に笑い出した。
ミレはきょとんとしながら、小首を傾げた。
「なにがおかしいのでしょうか」
「仲のいい師弟なのだな」
「それはもう」
片手で拳を握り、力いっぱいミレが肯定すると、アーティスは微笑みながらも少し悔しそうに眦を寄せた。
「……私にも、それくらいの親愛の情を示してもらいたいものだ」
無茶を言う。
ミレが返事に詰まると、アーティスは物憂げに溜め息をついて、ダリアンに向き合った。手を取って身を屈め、瞳をじっと見据えて一礼する。
「そなたの申す通りだ。数々の非礼を詫びよう、すまなかった。私はアーティス。これは弟のユアン。ミレ殿には弟の話し相手を務めてもらっている」
潔い態度にダリアンは感じ入ったようだ。
それまでと打って変わり、物腰やわらかく、慎み深くお辞儀する。
「いえ、こちらこそ大変ご無礼いたしました。改めてご挨拶申し上げます。ダリアン・ルケインと申します。これは私の夫、ヴォルグです。どうぞお見知り置きください」
アーティスとダリアンは涼しい微笑を交わした。どちらも腹に一物を抱えながら、それを表には出さないすべを身につけている微笑だ。
「……私を試したな?」
「まさか。私はただ、我が愛弟子の将来を案じただけのこと」
アーティスの詰問にダリアンが柔和に応じる。
ミレは、ダリアンがミレの将来のなにを案じているのか、さっぱりわからない。
しかしアーティスには通じたようで、「遊びではない」と一言告げて、ちらっとミレを横目で見た。それから視線をダリアンに戻す。
「そなたの指導で、ミレ殿をもう少し愛想よくするようできないのか?」
「ミレは無愛想なところがかわいいのです。無駄に愛想いいばかりが女の魅力ではないでしょう。違いますか」
「……成程」
アーティスが首肯したのを機に、二人はすっかり意気投合したようだ。
ミレがダリアンを取られた気持ちでしょんぼりしていたところへ、唐突に名を叫ばれた。
「ミレ殿! ミレ殿ではないですか」
いつかの夜会で遭遇した、リュドー・サウエル・ヒュリーがダリアンと同じく濃紺の学徒服姿で人波を掻き分け、こちらに来る。
「あなたもいらしていたのですか!」
「こんばんは」
「こんばんは、その節は――って、挨拶はあとまわしです。どうぞ、あちらにいらしてください! いま、シーズディリ・ラズリ・フレイ博士が色々とお話してくださっています。聞かなきゃ損です! 参りましょう」
早く、早く、とせっつかれて、ミレは算理学という、志を同じくする仲間たちの輪の中に加わった。
思いがけぬ楽しい夜となった。
朝、反ボケ状態でミレは眼を醒まして、驚いた。
すぐ傍にアーティスの顔がある。
なぜか腕枕をされた状態で、ひとつのベッドにくっついて寝ていた。
ちゃんと、服は着ている。というか、昨夜の恰好のままだ。
頭が朦朧として、記憶が辿れない。いったいなにがあって、こんなことになっているのだろう。
ミレは思い出そうとしたが、まだ眠気が残っていて、うまく思考が繋がらない。おまけに、身体にのるアーティスの腕の重みや、温もりが、不思議と嫌ではない。くうくうと、子供のように寝息をたてて眠るアーティスは無防備そのもので、警戒心が働かない。
瞼が再び下りてきた。とろとろと、うとうとと、まどろむ。
……もう少し寝よう。
考えることを放棄したミレは、アーティスの胸に頭をコトリと預けて、気持ちよく二度寝した。
二度寝はだめです。寝坊確実。
次話、最後の求婚者、四人目が登場予定。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




