十一 大好きです
ダリアンの正体が知れました。
ミレはびくついた。
そんなミレを庇うように肩を抱いて、ダリアンはアーティスをまったく無視して、先を促した。
「まあ、なんでもいい。所詮、君の可憐さに参った烏合の衆だろう。おいで、あちらにシーズディリ・ラズリ・フレイ博士がいらっしゃっている。ご挨拶に行こう。もうだいぶご高齢だから、いまを逃すとお会いできないかもしれない」
ミレは胸に手を寄せて、コクコクと頷いた。
ときめきが止まらない。自分でも、眼が輝くのがわかった。
「私、『ラズリ』の称号を持つ博士にお会いするのは、はじめてです」
「それだけじゃない。今日、聖学者の称号を受勲された、素晴らしい御方だよ」
聖学者。
学問探究者における、最大の栄誉に他ならない。
ミレは恍惚とした表情を浮かべてダリアンについて行こうとした。
そのとき、
「ミレ殿!」
ユアンの一声に引き止められた。
思わず振り返ると、ユアンがしょんぼりと肩を落として、悲愴な眼でこちらを見ている。
「い、行ってしまうのか……? わ、私を、置いて……?」
グッときた。
演技ではない健気さに、つい絆されてしまう。
「では一緒に来られますか」
「行く!」
ミレは駆けてきたユアンを伴って、ダリアンに続いた。他の面々については気にしなかった。好きにすればいいのだ。むしろ、全員遠くへ散って欲しい。
だがミレの無言の希望に反して、結局は全員が、不機嫌な顔をしたまま、ぞろぞろとあとについてきた。
ダリアンはミレの耳に口を寄せ、訊いた。
「……あの中に、君の本命はいるの?」
「いません」
さっくり答える。
と、ダリアンは含み笑いを漏らし、「ふうん?」と呟いてから、
「逆はどうかな。君に本気の奴がいるか、私が探ってあげよう」
余計なことはしないで欲しい。
ミレが渋い顔で止めようとしたときには遅かった。
ダリアンはミレの頭部を引き寄せて、髪に「ちゅ」と軽いキスを落とした。
途端、背後で幾つもの靴が地面を蹴る音がした。
「――貴様……っ」
攻撃の速さは甲乙つけがたく、アーティスを先陣に、聖職者、闇騎士、大商人がそれぞれ恐ろしい武器を手に、束になって突っ込んできた。
ダリアンは片手を腰にあてて飄然と佇み、迫る白刃を呑気な眼で見つめている。
そこへ、三つの影が立ち塞がった。
「お待ちください、殿下」と、ソーヴェ。
「先走ってはいけません」と、ヴィトリー。
「妻に手を出さないでもらいたい」と、いかにも軍人らしき男。
場が、シーン、とする。
怒り心頭という顔だった四人が眼を点にして、ダリアンを凝視する。
アーティスは右耳をトントンと叩きながら、真面目な口調で問い質した。
「誰が誰の妻だ」
「彼女は私の妻です」
傍目に五十がらみの軍人らしき男が、クイッと親指をダリアンに傾ける。
アーティスは頬を引き攣らせ、なんとも奇妙な表情を浮かべて繰り返した。
「『彼女』だと? まさか、女性なのか」
途端、ダリアンが「あーっはっはっはっは!」と空を仰いで爆笑した。
笑いすぎて腹が痛い、というしぐさをしながら、ダリアンは目尻の涙を拭った。
「よく間違われるんだ」
アーティスは羞恥に顔を真っ赤に染めて、怒号を放った。
「ま、まぎらわしい真似を……っ。だいたい、女性なら女性らしい恰好をしろ!」
「バカタレ! これは学者の正装だ!」
「ばっ、バカタレだと!? 王子たる私に向かってよくもそんな口を――」
「バカをバカと言ってなにが悪い。王子? そんなこと知るか。私に敬意を払われたかったら、もっとひとを見る眼を養うことだな。名乗りもせず、勝手に性別を勘違いした挙句、問答無用で斬りかかるなど、一人前の男のすることか。恥を知れ。言っておくが、王子だけじゃないぞ。おまえら皆まとめてだ。私の弟子に近づきたいのであれば、顔を洗って出直してこい!」
痛快な啖呵だ。
言っている内容が至極まともなだけに、誰もグウの音も出ない有様だ。
「……」
ミレは惚れ惚れと、算理学の師であるダリアンを見つめた。
頭がよくて頼もしくて恰好いいダリアンが、ミレは大好きなのだ。
男前な師匠の登場です。
もうあと一話、園遊会編あります。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




