十 お久しぶりです
長らく間が空いてしまい、申し訳ありません。
更新再開です。
間髪おかず、袋叩きに遭う。
アーティスの殴る蹴るは優しい方で、聖職者は首をちょん切ろうとし、闇騎士はばっさり胴斬りを仕掛け、シャレムは無数のナイフで串刺しを目論みた。
商人が命拾いできたのは、ひとえにミレの一言ゆえだろう。
「お父さま」
ぴたりと、攻撃・反撃の手が止んだ。
各自まるでなにごともなかったかのように得物を忍ばせ、身を正す。
キャスは紳士的に身なりを整え、貴族らしい慇懃無礼さで周囲と会釈を交わし、そつのない物腰で現れた。
ミレとその取り巻きの顔ぶれを冷然と一瞥し、娘の肩に手を置いた。
「楽しんでいるかね」
「おいしくいただいています」
「なるほど。そのようだ」
ミレの唇の端をキャスは爪の先端で掻いた。どうもなにか付着していたらしい。
それからアーティスとユアンに向き直り、臣下の礼をとった。
「このたびは、娘をこのような晴れの席にご招待いただき、恐悦至極に存じます」
合わせてアーティスも、流暢な口調で、丁重に応える。
「ミレ殿には弟が日頃からなにかとお世話になっているので、ささやかな礼です」
これを聞いたユアンは、拳を握り、ひとり大真面目に言った。
「そ、そうです! ミ、ミレ殿は、本当に私に尽くしてくださる」
尽くしてない。
ミレは心中で突っ込み抗弁するかどうか迷ったが、キャスもアーティスもふっと一笑に伏したので、黙っていることにした。
「……」
キャスが無駄に愛想のいい微笑を浮かべて、聖職者、闇騎士、大商人の順に見つめていく。
口を利かない代わりに、より密度の濃い威圧を与えている。
最後にシャレムへ眼をやった。
「お座り。伏せ」
す、とシャレムが膝をついて頭を下げ、命令を待つ。
「奴がまた迷子になっているようだ。探し出して連れ帰りなさい」
「はぁい」
キャスは頷き、一同を値踏みするように睥睨してから去った。
すると示し合わせたかのように、ミレ以外の全員が一気に虚脱した。
「……機嫌悪ィな」
と、闇騎士が顎下の冷や汗を手の甲で拭い、ぶつぶつ言えば、
「愛娘の傍にぞろっと悪い男が揃っていりゃあ、そりゃ機嫌も悪くなるって」
と、大商人が知ったふうに言って、勝手に納得している。
早速シャレムがミレに向き直り、眉尻を下げて謝った。
「ごめんね、ご主人さま。お伴の途中だけど、お仕事が入ったから行って来る」
「気をつけてね」
「うん、ご主人さまも。絶対、油断しちゃだめだよ。そいつら、悪の権化だから!」
ジロリと睨みを利かせ、シャレムは闇夜に姿を消した。
ミレは、星桜も見てお腹もいっぱいで、父にも会えたことだし、シャレムもいなく、つまらないので、もう帰ろうかとした矢先のことだ。
人混みの中に、こんなところにいるはずもないひとを発見した。
まさか――。
ダッ、と勢いよく駆け出す。
ミレが満面笑みを浮かべて走った先にいたのは、薄茶の短髪、痩せぎす、片眼鏡をかけ、話しかけられても億劫そうな態度で臨んでいるふてぶてしい美形だ。
横顔しか見えないが、間違いない。
「博士」
ミレの甲走った声に、付近にいた全員がこちらを向く。
そこへミレは手を伸ばしたまま、まっすぐに飛び込んだ。
「シーズディリ・ダリアン博士!」
わっ、と抱きつく。
ダリアンはミレをよろめきながら受け止めて、「こらこら」と眼を尖らせた。
「はしゃがない。学者たるもの、常に冷静沈着でいるよう教えたはずだよ」
「はい、すみません」
「素直でよろしい。久しぶりだね、ミレ。元気だったかい?」
くしゃくしゃと、頭を撫でられる。
ビスカが完璧に整えた髪型は台無しになったが、ミレはかまわなかった。
「はい。でも、博士にお会いできなくて寂しかったです」
「かわいいことを言うじゃないか。こんなところで会えるとは思っていなかったけど、私も君の顔が見ることができて嬉しいよ」
ミレはぎゅっとダリアンにしがみついた。
ダリアンは困ったように笑いながらも抱擁してくれた。
「ところで」
と言って、ミレを離し、指を後ろに傾ける。
「……後ろの彼らは君のなにかな? なんだかものすごい殺気を感じるんだが」
ミレがなんと答えようか逡巡する間に、絶対零度の冷たい微笑を浮かべたアーティスがゆっくりと口を開いた。
「……いやに馴れ馴れしいじゃないか。少し妬けてしまうね……それで、だ。ミレ殿、いったいそちらは、どこの、どちらさまで、君とは、どんな関係なのか、さあ、いますぐ教えてもらおうか……?」
ミレの? ダリアン登場。
まだお花見続きます。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




