八 お披露目です
受け取り品は、例のアレです。
純粋一途な覚悟を示すユアンに対して、聖職者も闇騎士も斜に構えて立ち、値踏みするようにジロジロと不躾な視線を向けている。
「……」
ここで誰かの味方をすれば、事は余計にややこしくなる。
ならばなにも言うまい、とミレが傍観態勢に入ったとき、バルコニーのカーテンが丸い形に膨らんだ。爽やかな風が室内の澱んだ空気を散らす。
そこへ、ひょっこりとシャレムが姿を見せた。
「ご主人さま、ただいまですー」
シャレムはダッ、と奔り、ミレに飛びついて来た。
「おかえりなさい、シャレム」
「僕、お仕事たくさん頑張りました。ほめてほめて」
ミレはシャレムの頭を「よしよし」と撫でた。シャレムはうっとりと眼を細め、陶然となり、無防備そのものだ。
微かな血の臭いと埃っぽさ、薄汚れた服から判断すると、今回の仕事はやや手こずったらしい。急に、ミレはシャレムの身が心配になった。
「怪我は」
「してないよ。だってご主人さま、僕が怪我すると怒るし」
「怒るとか怒らないじゃなくて、心配してるの。シャレムになにかあったら私が困るから」
「ご主人さまが困るの? なんで?」
「大事だから」
シャレムはポカンとした。驚いているようだ。口を半開きにしたまま、上目遣いでミレをじっと見ている。
ミレはごくあたりまえの気持ちを口にしただけだが、シャレムにとってはそうではないらしい。鼻を擦って笑うと、わかりやすくデレデレする。
「う、うん。ぼ、僕も、ご主人さま、大好き……」
臆面もなく頬をすり寄せてくるシャレムはかわいい。
つい甘やかして、額や瞼にキスを許してしまう。
「……おい、こら、ばか犬。調子に乗るんじゃねぇぞ」
「……」
「……ずるい」
闇騎士と聖職者とユアンに白い眼で見られても、シャレムは自重するどころか余計にミレにくっついてきた。
それぞれ物騒な気配を漂わせ、得物を手にしようとしたところで、ヴィトリーがわざとらしく声を張り上げて割って入った。
「あーっ! そ、そういえば、殿下っ、ミ、ミレ殿にお見せするものがあったでしょう! ほらほら、せっかく用意したんですし、いまお披露目してはどうですか」
ヴィトリーが大仰な身ぶり手ぶりで示したのは一台のイーゼルだった。白い布がかけられている。
ミレ以外には滅多になににも興味を持たないシャレムが、珍しく自分から動いて布をパッと取り払った。
絵画だ。ミレとシャレムが写実的に描かれている。
「これは、あのときの……」
シャレムが王宮の兵士相手に大立ち回りをして、ミレを庇いながら戦う姿が、生き生きと熱っぽく描写されている。
絵は子供の手とは思えないぐらいの大胆さと優美さ、情熱と迫力にみちていて、技術的に見てもまったく申し分ない。
「すごいね」
シャレムが感嘆を素直に口にする。
「僕、これ欲しい」
「だめ。見るだけで我慢して」
「えー」
「だだをこねてもだめ」
ところが、ユアンの答えは違っていた。
「これは、ミレ殿に贈ろうと思って描いたものだ。仕上げにだいぶ時間がかかって、すっかり遅くなってしまったけど……受け取ってもらえると私も嬉しい」
「よろしいのですか」
「うん」
「ありがとうございます。いただきます」
ミレはきちんとお辞儀した。本音を言えば、シャレムじゃなくても欲しいと思ったのだ。父、キャスにもぜひ見せたい。
「よかったね。シャレムもちゃんとお礼を言って」
これもまたシャレムにしては珍しく、ミレ以外に気遣いを見せ、頭を深く下げて礼を述べる。
「ありがとう、ございます」
ユアンはミレとシャレムが本当に嬉しがる顔を見て、無邪気な微笑を浮かべた。
「喜んでもらえてよかった」
すかさずヴィトリーが釘を刺す。
「でも、しばらく絵筆を持つことはお控えくださいね。描きはじめたら夢中になって、すぐに根を詰めるんですから、見守る私は気が気じゃありません」
ヴィトリーは口うるさくたしなめながら、ユアンを再び寝かしつけ、掛けものを整える。
「そうだ、忘れるところだった。ヴィトリー、ミレ殿にあれを」
「あれですね。はい、少々お待ちを」
そして恭しく差し出されたのは、一通の招待状。
表書きに優美な文字でミレの名前が綴られている。
ユアンはキラキラと眼を輝かせ、弾んだ声で言った。
「近々、星桜の園遊会があるのだ。私にミレ殿を招待させてほしい」
次話、星桜の園遊会編です。
三人目の求婚者、登場予定。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




