七 一触即発です
聖職者&闇騎士VS弟王子です
四
ミレは、不本意にも、どうしてもついて行くと言ってきかない聖職者と闇騎士の両名を伴ってユアンを訪ねた。
体調がすぐれないらしく、ユアンは寝台に横になったままミレを迎えた。
「ミレ殿」
顔がやや蒼白い。ただでさえ線が細いのに、いっそう華奢に見える。
ミレを見るとユアンは嬉しそうにあどけない笑顔を見せた。
「いかがしました」
「なんでもない。朝から少し眩暈がしているだけだ」
それでは、なんでもなくはない。
ミレは寝台によって「失礼します」と断わってユアンの額に手をあてた。熱はない。だが調子は悪そうだ。
「出直しましょう」
咄嗟にユアンに腕を掴まれた。幼い手なのに意外に力が強くて、なんだか驚いてしまった。
「まだここにいてほしい」
「ご迷惑では」
「迷惑なものか。私はミレ殿の顔を見ているだけで、元気が出てくる」
すかさず、ヴィトリーが相槌を打つ。
「そうですねぇ。今日はまた、格別にお美しい。ミレ殿、その水色のドレス、とてもよくお似合いです。ねぇ、殿下?」
「うん。髪型も……すごく凝っている。どう編んでいるのだ、これは……」
ユアンがミレの髪を弄りたそうなしぐさをしたので、ミレはやや身を屈めた。
だがユアンの手が触る前に、背後にいた聖職者に身体を持ち上げられてしまう。
「……」
三歩ほど後ろの位置に下ろされる。
聖職者の意図が見えず、ミレは小首を傾げながらユアンのすぐ傍に戻ろうとすると、また腰をさらわれて、やはり三歩、下げられる。
「なんですか、いったい」
「……」
詰るような、無言のまなざしを向けられる。隣では「ククッ」と闇騎士がおかしそうに含み笑いをしている。
取り合わず、ミレが前に出ようとしたところ、今度は露骨に腕を鷲掴みにされた。文句を言ってやろうとミレが振り向くと、聖職者がこちらを睨んでいた。怒気のこもった眼に凄まれてしまう。
腹を捩って笑っているのは闇騎士だけだ。
「コイツ、あまり近寄るな、と言ってるんですよ。姫が他の男に触れられるのが我慢ならないんじゃないですかねぇ。俺だって、正直あんまりいい気分じゃない。相手が子供でも、ね」
「私は子供ではない」
気分を害したように、ユアンが反論する。
それからやっと二人に気づいたように、表情も険しく、問い質された。
「ミレ殿、その者たちはなんだ」
「銀髪に青銅の眼の方が聖職者で黒髪に赤い垂れ眼の方が闇騎士です」
ミレが素っ気なく答えると、闇騎士が鼻息も荒く、「ちょっとちょっと」と口を挟んだ。
「垂れ眼って、そりゃあんまりだ。もっとこう、なにか別のマシないい方ってもんがあるでしょうが。せめてそう、二枚目とか、三枚目とか」
「……」
聖職者は無表情のまま、沈黙を保っている。
ミレはああだこうだと愚図る闇騎士を無視して、続きを喋った。
「殿下が気になさるようなたいした存在ではありません」
闇騎士がぼやく。
「さりげなくひでぇこと言うよなあ、俺の姫は」
ユアンが耳ざとく、聞き咎める。
「俺の、だと? どういう意味だ」
ミレの両肩に闇騎士の手が乗る。声は意地悪く、嗤っている。
「名目は護衛のため、になっちゃいますがね、俺の本来の目的は姫の傍に四六時中いることです。だからまあ、仕事は渡りに船というか。姫に求婚中の身としては、なにかと都合がいい」
「……求、婚?」
闇騎士がにやりと口の端を吊り上げる。
「コイツも似たようなもんですよ。いや、俺よりもっと性質が悪い。なにせ、教会の聖なる花嫁の座に就けようってんだから」
「な……っ」
ユアンは血相変えて飛び起きた。顔面蒼白だ。
慌ててヴィトリーが押さえに駆け寄る。
「殿下、興奮されてはいけません」
「下がれ、ヴィトリー! ミレ殿、い、いまの話は本当か」
否定しても仕方ない。
闇騎士は、嘘は言っていない。なぜ聖職者の本当の目的まで知っているのか不明だが、そこは蛇の道は蛇というものなのだろう。
「本当です。でも、既に断わりました。今後も受けるつもりはありません」
聖職者に冷たく睥睨される。
「受けると言うまで付き纏うぞ」
闇騎士も「俺も」と言って、さっきユアンがし損ねたことをした。ミレの髪をひと房手に取り、弄って、口づけた。
ユアンが手元の掛けものをぎゅっと握り、震える唇を引き結ぶ。険悪な睨み合いの末、言った。
「ミレ殿は渡さない」
ひっかきまわしが得意の闇騎士らしい一場です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




