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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第二章 王子殿下のお気に入り
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五 冗談じゃないです

 堂々と、ストーカー宣言。

 ミレは極度の緊張のため動けなかった。

 下手に騒げば、なにをされるかわからない。


「……」


 聖職者とは、即ち、神の声を聴き、神意の代行を務める、聖なる下僕。

 ミレも含み、カッセラー人の七割はシリン教徒だ。

 聖シリンは善悪・生死・現世来世を司る神で、その教えは明快だ。


「善を為すも悪を為すもよし、生きるも死ぬもよし、但し、現世の行いは来世に及ぶものである。この範疇において、なにびとも他者の心を曲げてはならない」


 ()って、聖職者は聖シリンの名のもとに、罪人に神罰を与える役目も担う。

 ミレはたまたま凄惨な場面を目撃してしまったが、この男が聖職者である以上、林での一件も、シャレムとの一件も、ちゃんと事情があるに決まっている。

 こんな夜更けに押し入って来たことも、なにか理由があるはずだ。


「……」

「……」

「……」

「……」


 無言。

 ミレは表情筋を動かさないまま、心の裡で毒づいた。 


 用がないならとっとと帰ってほしい。こっちは眠いのだ。


 心の声が聞こえたのかもしれない。

 聖職者が立ち上がり、冷然とミレを見下ろす。

 そして抗いがたいほど、深い響きの美声を紡いだ。


「右を向け」


 右を向く。


「左を向け」


 左を向く。

 次は上か下か。だがミレの予想は裏切られた。


「私を見ろ」

「嫌です」

「嫌でも見ろ」


 怖いひとには、逆らわない。

 ミレは嘆息し、渋々従った。


「……」


 薄い銀色の刃のような月明かりを浴びる聖職者は、心臓に悪いくらい美しい。

 姿も、声も、本当に美しくて、眼が眩むどころか病気になりそうだ。


「……」


 また沈黙。

 ひとの心を牛耳るような鋭い眼つきで見つめられるうちに、ミレは気分が悪くなってきた。

 

 もういい。こんな無作法な侵入者などかまわないで寝てしまおう。


 安眠を邪魔された不機嫌さも手伝って、恐怖を脇に押しやることに成功したミレは、無言で布団に潜った。丸くなって眼を瞑る。

 ところが、


「主の命により、申し伝える」


 嫌な予感がした。


「貴様を我ら教会の聖なる花嫁アジュール・マリーの座に迎えたい」


 いまやミレは完全に眼が醒めた。

 聖職者は、声は淡々と、青銅の双眸は炯々としていた。


「受けるか否か」

「否です」


 ミレが横になって硬直したまま返答すると、聖職者は気分を害したのか、スッと眼を細めた。よくない兆候だ。


「では貴様が受けると言うまで付き纏う」


 冗談じゃない、とミレが怖気に震えたとき、いきなり、部屋の扉が蹴破られた。


「ミレ!」


 血眼で顔色を変えたアーティスが、長剣を片手に飛び込んできた。

 聖職者が素早く身を翻し、窓から身を躍らせる。

 アーティスが凄い剣幕で叫んだ。


「追え! 逃がすな、必ず捕まえろ!」


 部屋にはアーティスより一瞬遅れてソーヴェと他数名の側近、何十人もの武装した兵士が押し入り、明かりが運ばれ、ただちに追跡と捜索が開始された。


「無事か。怪我はないか」


 陣頭指揮をソーヴェに任せたアーティスが、剣を鞘に納めてミレの傍に来た。


「どうしてここに」

「見張りから、不審者が侵入したと知らせがあった」


 ミレは驚いた。見張りがついていたとは知らなかった。

 そう言うと、ばつが悪そうにアーティスは渋い顔をして、頭を掻いた。


「……今夜は犬も不在だろう。だから、念のため見回らせていただけだ」

「ありがとうございます」


 ミレが寝乱れていた寝間着の前を掻き合わせてペコリと頭を下げた。

 アーティスは大きく息を吐いて、ミレを抱き寄せた。ぎゅっと強く抱擁される。


「……間に合ってよかった」


 腕が熱い。心臓の動悸も激しく、アーティスの真剣さが直に伝わってきた。


「……」


 だが、これはちょっと親密すぎるのではないだろうか。


 と、ミレがこの体勢を居心地悪く思い、ソワソワしはじめたところへ、所用があって席を外していたビスカが戻ってきた。


「あらあら、こんな夜中にいったいなんの騒ぎです?」


 ミレが疲れと眠気でくったりしながらも、おおまかに事情を説明するうちに、ビスカのにこやかな顔はみるみるうちに般若の面へと変貌を遂げていった。


 アーティスがいいところをさらいました。

 美貌の聖職者は一度退場。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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