四 聖職者は寡黙です
*流血注意。
苦手な方はご遠慮ください。
三
ミレがはじめて聖職者を見かけたとき、死神がいる、と思ったことは記憶に新しい。
真昼の林、例によってダラダラと惰眠を貪っていたところへ、悲鳴を上げながら、血まみれの男が飛び出してきた。ミレを見つけるや、
「助けてくれ!」
と、必死の形相で縋りついてくる。
その後頭部へ、鋭い切り裂き音と共に細身の短剣が命中し、男はこときれた。
凄惨な光景にミレが口もきけずに動けないでいると、林の奥から、悠然と聖職者が現れた。
お仕着せの黒い聖衣装、黒い手袋を嵌め、胸にはシリン教の聖職者を示す天秤の形の首飾りを下げている。平均より背が高く、手足が長い。短い銀の髪、怜悧な青銅の瞳。美貌は怖いぐらい整っている。
「……」
こちらを見た。
ミレは動けない。無表情な瞳孔に射竦められた。肌が総毛立つ。他者と一線を画す威圧感にぞっとする。
「……」
ミレは、このまま口封じに遭うかもしれない、と真剣に考えた。
だが聖職者は死んだ男の頭部から短剣を回収し、血を彼の服で拭うと、ミレの横を通り過ぎて去った。
二度目の遭遇は中庭だった。
百花繚乱、赤い花で埋め尽くされた二の庭を散歩中、いきなり腕を取られ、シャレムに足止めされた。
「ご主人さまはここにいて」
いつもの従順なミレの犬のシャレムではない。
もうひとつの顔、国家の犬のシャレムに切り替わっている。
そのまま常緑樹、紅の春椿の木立の向こうに姿を消した。
しばらくはおとなしく待っていたのだが、ユアンのもとを訪ねる時間になっても戻って来ない。あまり気が進まなかったものの、様子を覗きに行った。それが間違いだった。
白昼堂々、シャレムと聖職者が斬り合っていた。赤い花を散らし、武器はどちらも切っ先鋭いナイフで、互角の接近戦を繰り広げている。
ミレがひょっこり現れたものだから、一瞬だけシャレムの気が乱れた。その隙を衝かれていたら死んでいただろう。
だが、なぜか聖職者の気も乱れたので、余所見が命取りにはならずに済んだ。
怖いひとには、近づかない。
鉄則だ。
ミレはナイフが後頭部に刺さって絶命した男を思い起こした。背中を向けるのは危険だと判断し、ジリジリと後退して、二人の姿が見えなくなったところで踵を返した。その日、シャレムは戻らなかった。
そして、三度目の出会いは真夜中。
ミレはいつも通り就寝の支度をして寝台に潜った。すぐに寝つけるのは得意技だ。眠りは深く、朝までぐっすりのつもりだった。
安眠に邪魔がはいった。
窓は閉めて寝たはずなのに、ヒヤリと風を感じた。
ふと、眼を醒ます。はじめに見たのは、黒手袋を嵌めた手。シャレムだろうか。だがシャレムであれば、ミレを起こすような真似はしない。そっと抜け出て、そっと戻ってくる。
不審に思い、ムクリと上半身を起こした。
「……」
驚きのあまり、咄嗟に声が出てこない。
半開きの窓から射す淡い月光の中に浮かぶのは、凄みのある美貌。
ミレの枕元に腰を下ろし、片手をついている。やや首を捻り、一切の感情を欠いた眼で、ミレをじっと見つめたまま、動かない。
聖職者がそこにいた。
二人目の求婚者、聖職者登場。
うんともすんとも言わず。次話、持ち越しへ。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




