三 大丈夫です
仲良きことは、美しきかな。
二
「あっはぁん! 『ポワゾ』のフォンダンショコラ期間限定品! しかもハートの国の魔法使いワンダフル・バージョン!! いやぁん、ビスカ、嬉しいっ。これ、完全予約制でなかなかお目にかかれないんですよぉ。すっごくおいしそう!」
しっかりと菓子籠を抱えたまま、ビスカが小躍りして跳ねまわる。
昼食後のひととき、ミレは長椅子に寛いでいた。
シャレムは足元に跪き、一生懸命ミレの足を揉んでいる。
ミレは疑問を口にした。
「そのハートのなんとかのワンダフル・バージョンだと、なにがあるの」
「『ワンダフルー!』って叫びながら食べるといいことがあるんですよ!」
「ただのバカだろう。ぶっ」
身も蓋もないシャレムの呟きに、瞬時にビスカが制裁を下した。華麗な後ろまわし蹴りが炸裂し、シャレムが変な体勢で床に突っ込む。
「いきなりなにするんだ、この暴れ熊!」
「なぁんですってぇ? この激バカ犬!」
一触即発。取っ組み合い寸前、ミレが、
「お座り」
と命じると、シャレムがピタッと止まり、膝を折った。
シャレムはいつでも従順な犬だ。
「素直でいい子。大好き」
「えっ。本当? 嬉しいな、僕もご主人さま大大大大、大好きー!」
「邪魔」
デレっとするシャレムをどついて退かし、ビスカがミレの化粧直しをはじめる。
「それにしても、ユアン殿下、よく姫さまの嗜好をわかっていらっしゃいますよねぇ。姫さまが花より食べ物、少量より大量、甘いお菓子に眼がなくておいしいもの大好きだって、よく知っていますこと! 感心しちゃう」
口では褒めながら、殺伐とした気配が漂うのはビスカゆえだ。
矯めつ眇めつミレの顔を眺めて、眉をしっかりと描きながら、続ける。
「胃袋攻撃で姫さまを口説き落とそうなんて、その卑しい魂胆が許せない……」
「僕も」
シャレムの眼が不敵に光る。
ビスカの眼も不敵に光る。
「やる?」
「やっちゃう?」
「いつ?」
「いま?」
「どっちがトドメを刺す?」
目配せを交わす二人の頭は危険な思想でいっぱいだ。
こんなときだけ仲がいい二人の会話はどんどん進む。
「善は急げ。とっとと始末しちゃいましょ」
「そうしよう、そうしよう。嫌な奴は噛んでもいいって言ってたし」
「誰が?」
「偉いひと」
「なんだ、キャス様のお墨付きなの? じゃ、問題ないじゃない」
問題あるに決まっている。
ミレは「だめ」と一言、きっぱり言った。二人が口を揃えて抗議する。
「えええええー? どうしてですかぁ。納得いきませぇん」
「なんでだめなのー? 僕、はりきって始末するのにー」
ごねる侍女と犬をなんて言って説得しようかとミレが嘆息したそのとき、ノックがあった。
「はぁい。どなたさまですかぁー?」
ビスカはミレの身だしなみを素早く完璧に仕上げて、自分の髪も整えながら、応答し、扉を開けた。
訪問者は、ユアンだった。
「ミレ殿」
表面上は愛想のいいビスカに中へと通されたユアンは、ミレの顔を見るなり眼を輝かせた。
後ろにはヴィトリーが慎ましく控えている。
「どうしました。なにかありましたか」
「いや、なにも」
ミレは席を立ってユアンに座るよう促すしぐさをしたが、ユアンは腰かけようとしない。なにか言いかけて、口を噤んでしまう。
ヴィトリーが口元に手をあて、ユアンの耳元でこっそり囁く。
「ここまで来たんです。せっかくですから、正直に伝えてみてはいかがですか」
「わ、わかっている。私も、い、いま、言おうとしていたのだ」
「それは失礼しました」
ユアンがミレに向き合う。
すると身長差からミレの方がユアンを見下ろす恰好になってしまったので、指摘されるより先に姿勢を低くした。
ユアンは、一度はミレを見つめたものの、挫けたのか眼を逸らし、ぼそぼそ口を利いた。
「……迎えに来たのだ」
「わざわざですか」
こんなところまで来なくとも、もう少ししてから行こうと思っていたのだ。
言外にそう伝えると、ユアンは羞恥に赤くなった。
「す、少しでも早く会いたかったのだ! 昨日は伏せっていたから顔を見られなかったし、その前はその前で、行き違いになったし……最近は、その、他の奴らもおまえのもとに通っていると聞いて……」
「心配になったんですよね?」
ずけずけとヴィトリーが口を挟む。
ユアンは無遠慮な側近を睨んでから、悔しそうな表情を浮かべて頷いた。
「心配、なのだ。……おまえを他の男にとられるのは、嫌だ」
痛いほど真剣な眼は子供のそれではない。
実直な言葉にミレはゆさぶられた。気後れさえしてしまう。
「心配しなくても、大丈夫です。求婚者はすべて断っています」
「そ、そうか!」
一変し、あからさまにホッとするユアンは、年相応にかわいい。
ヴィトリーはニヤニヤしながら、主人の脇腹を小突く。
「よかったですね、殿下。さあ、戻って休みましょう」
「もう少しここにいたい」
「だめです。病みあがりなんですから、安静にしていなければ。どうしてもミレ殿と離れがたいのであれば、お部屋に来てもらいましょう」
「……来てくれるか?」
命じればいいものを、最近のユアンは決して無理強いしない。
ミレはビスカに菓子籠を持つよう指示して、すっくと立った。髪が流れる。今日は結い上げずに下ろしているので、楽でいい。
「いただいたお菓子ですが、ここにいる皆で一緒に食べませんか」
「皆?」
「なんでも『ワンダフルー!』って叫びながら食べるといいことがあるようです」
シャレムが噎せる。
ビスカはときめいている。
ヴィトリーは怯み、ユアンはきょとんとした。
「……『ワンダフルー』?」
いい考えだ、とミレは踏んだ。
おいしいものを食べて、仲良く過ごせば、命を狙おうだなんて思うまい。
本当に、皆がそれをやるかどうかは別として。
が。
「ワンダフルー」
「わんだふるー」
「ワンダフルー! あっはぁーん」
「わ、ワンダフルー! こ、こうか? 楽しいな」
「ワンダフルー! もいっちょう、ワンダフルー!」
後日談。
もれなく王宮中の噂になったことは、言うまでもない。
バカばっか。笑。
人間、バカも必要です。
次話、二人目の求婚者登場予定。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




