表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第二章 王子殿下のお気に入り
27/101

二 怖くないです

 ……餌づけ?

 


 アーティスの部屋に着くと、黒大理石造りの広々としたバルコニーに通された。

 丸テーブルと椅子が二脚、そして台座。上には錬鉄製の大きな鳥籠が置かれ、鮮やかな青緑の羽に黄色い嘴のオウムが一羽いた。


「先に寛いでいなさい。私は着替えてくる」


 ミレは上の空で頷いた。台座に近づく。後ろ手を組み、鳥籠を覗く。オウムは無関心を装って身体の向きを変えた。ミレがついてまわると、腹を立てたのか、「ギャア」と鳴いてバサバサと羽ばたいた。

 ミレは嬉しくなった。この気の短い、大きく美しいオウムを気に入った。


かんの強い鳥でしょう。おまけに人見知りも激しい」

 

 アーティスではない声に振り向く。

 長めの金髪を根元で括り、琥珀の瞳に眼鏡をかけた、長身痩躯の男がいた。顔になんとなく見覚えがある。

 男は手にしていた茶道具一式をテーブルに置いて、一歩下がり、お辞儀した。


「はじめまして。アーティス殿下の側近を務めています、ソーヴェ・ダル・ヘイズと申します。どうぞソーヴェとお呼びください」

 

 柔和な微笑をミレに向け、椅子を引いた。物腰も優雅に(いざな)ってくれる。

 ミレは逆らわず、席についた。


「愛らしい方だ。お名前を窺ってもよろしいですか?」

「ミレです」

「以後お見知りおきを」


 跪き、申し分のない所作で、手にキスされた。

 礼儀正しくて感じのいいひとだなあ、とミレが好ましく思ったそのときだ。

 ソーヴェの背後に立ったアーティスが無表情のまま長い足を持ち上げ、側近の脳天に痛烈な踵落としをくらわせた。


「ぎゃっ。あだだっ……ったー。お、思いっきり、舌噛んだ……あいたたたた」

「大丈夫ですか」


 ミレが悶絶するソーヴェの傍に寄り、血の滲んだ口元に手を伸ばすと、アーティスに無理矢理引き離された。


「たいしたことあるまい」

「たいしたことありますよ」

「口が縦に閉じただけだろうが」

「そりゃ、口は横には閉じませんけどね。ったく、ちょっとお近づきになろうとしただけじゃないですか。本気で怒らないでくださいよ」

「うるさい。さっさと茶の支度をしろ」

「仰せのままに」

 

 まるでなにごともなかったように、ソーヴェはよれた服を直し、手を洗い、テーブルクロスを敷き、お茶とお茶菓子の用意を手早く整えて、下がった。


「……」

「……」


 沈黙。

 バルコニーは日当たりがよく、燦々と陽が射していた。そよ風も爽やかだ。


「ほら」

 

 テーブルの向こう側から、アーティスがこんがり焼けたガレットをひとつ摘み、ミレに差し出してきた。

 困惑したものの、ミレは口を開け、齧った。


「どうだ?」

「おいしいです」

「では好きなだけ食せ」


 と気前のいいことを言うので、ガレットをどっさり盛った皿ごとくれるのかと思いきや、ひとつ食べてはまたひとつ、口に運ばれた。


「茶は?」

「欲しいです」

 

 するとアーティスは、手ずからおかわりを注いでくれた。気味悪いほど親切だ。

 機嫌も直ったのか、いまは眉間に皺も寄っていない。片腕を肘掛けについて、やや重心を凭れ、面白そうな表情で、ミレが食べるのに付き合っている。


「暇なのですか」

「暇ではない」

「そうですか」

「そうだとも」

「……」

「……」


 なにかが腑に落ちない。


「ではなぜかいがいしく私の給仕をしてくださるんですか」

「君の私に対する印象を変えたいからだ」

「どうしてですか」

「不都合が生じる」


 さっぱり意図がわからない。

 わからないが、でも。


「暇ではないのに親切な殿下は、怖くないです」

「え?」

「いつもそうだといいのに」


 言って、ミレは笑った。

 アーティスの手からポトリとガレットが落ちる。


「笑った……」


 呆気にとられた様子で呟く。

 アーティスはみるみるうちに真っ赤になった。わざとらしく咳払いをする。


「……こ、怖くない、か?」

「怖くないです」

「そうか」

「はい」

「そうか、怖くない。そうか、うん、そうだな。はは――うわっ」

 

 なにがどうしてそうなったのか、アーティスは椅子ごとひっくり返った。その際にテーブルクロスを引っ張ってしまい、ものすごい音を立てて、すべてが台無しになってしまった。

 オウムは「ギャアギャア」と騒ぎ立て、「なにごとですか」とソーヴェがすっ飛んで来た。そしてひろがる惨状に唖然と立ち尽くす。

 気まずい沈黙を破ったのは、アーティスだった。


「ミレ」

「はい」

「まもなく星桜の園遊会がある。私の名で招待したい。受けてくれるか?」


 正直、あまり気乗りしない。


 だがお茶にまみれ、砂糖をかぶり、お菓子を頭に乗せたアーティスが、とても真面目くさった顔で言うものだから、つい、「はい」と答えてしまった。

 アーティスが満足げに笑う。その場の緊張もほぐれる。

 とうとう、ミレもソーヴェも「ぷ」と噴き出して大声で笑った。


 ほわっとしてます。

 たまにはいいかな、と。笑。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ