二十四 対立しました
男の嫉妬は見苦しいです。
「違います」
「なにが違う?」
アーティスの眼が火のように燃える。下手な言い逃れなど許さない、そんなまなざしだ。
シャレムを脇へ退かされ、ミレは壁際に追い詰められた。アーティスの両腕に挟まれた恰好となる。
「私が誘った夜会にはなおざりな化粧しかせず、私が選んで贈った衣装も突っ返したくせに、今日はまるで別人のようだ。白状したまえ。誰からの貢物だ? リュドーという男か? それとも別の? 言わなければ、問答無用で脱がせるぞ」
本気だ。
いまにもドレスをビリビリに引き裂かれそうだ。
ミレはなぜ自分がこんな凶悪なひとに睨まれ、凄まれ、脅かされなければいけないのか、さっぱりわからなかった。
「これは、侍女の趣味です」
「は?」
「私の侍女が里帰りから戻りました。今日から私の身の回りの世話は彼女がしてくれます。この支度もそうです。全部、侍女が整えてくれました」
アーティスの眼が丸くなる。
「では、いままではどうしていたと?」
「自分で適当に見繕っていました」
「適当すぎるだろう!」
「気にしません」
「気にしたまえ! 君がそんなふうだから、ガーデナー家の令嬢は変わり者だの、美意識に欠けるだの、ブサイクだの、あれでは嫁の貰い手がないだの、好き勝手に噂されるんだ!」
本人を眼の前に暴露することでもないだろうに、アーティスは気が立っているためか、口が止まらない。
「君の良さや面白さなど、つきあってみなければわからないものを」
「別に、わかってもらわなくてもいいです」
「君が悪く言われるのは、私が嫌だ」
「なぜですか」
「知るものか」
「そうですか」
「少しは食い下がりたまえ! まったく、可愛げのない。むきになる私の方がアホウみたいではないか」
そしていきなり、キスされた。
顔が近くて嫌だなあ、とアーティスの逞しい胸を押し退けようとした矢先のことだった。
アーティスの顔が傾いて近づき、身体ごと覆いかぶさってきた。きつく唇を塞がれて、息を奪われてしまう。柔らかい舌がするりと口腔内に入ってきて、巻くように絡めとられ、先端を吸われた。ビクリとする。まずい。こんなキスにはあまり免疫がないので、一瞬で意識をもっていかれそうになる。
「……ンッ……」
抵抗すると、意外にあっさり解放された。
遅ればせながら、シャレムが硬直した状態から、はたと我に返って叫ぶ。
「ご主人様に不埒な真似をするな!」
「キスをひとつ頂戴しただけだろう。まあ、犬風情には真似できまい」
「噛んでやる」
「うるさい。吠えるな。いいだろう、別に。減るものじゃなし。私を驚かせた罰だ」
どんな罰だ。
それに、減る。なにかが確実に。
ミレは手の甲で唇をぐい、と拭った。無言の反意を込めて。
シャレムがアーティスに牙を剥いて襲いかかろうとしたので、ミレはすかさず「おすわり」を命じた。
さすがに王族に手を出しては、シャレムもただでは済むまい。そしてシャレムがミレの犬である以上、監督責任は自分にあるのだ。
アーティスはシャレムを一瞥し、「ふん」と鼻を鳴らして、またミレを睨んだ。
「だいたい、極端すぎるだろう。急にこれほど愛らしくなっては、眼の毒だ。注目の的だ。噂の種だ。独身の貴族連中は放ってはおくまい。早急に対策が必要だ」
ミレは首を傾げた。
「なんの対策ですか」
「迷惑防止だ」
「じゃあ、もう近づかないでくれますか」
「どうして私を見て言うんだ!」
「あっははははははははははは」
「笑うな、犬!」
アーティスは怒り狂って喚いた。
感情に任せて荒れるアーティスの様子が物珍しいのか、ユアンもヴィトリーも、呆気にとられた顔で口を閉じている。
「ご主人さまは渡さないよ」
「犬は引っ込んでいてもらおうか」
「さっきのキスといい、全然相手にされてないよね」
「対象外の貴様よりはましだ」
「でも僕はいつでもどこでも寝るときも一緒」
「なっ……っ、まさか、同衾しているのか!?」
「ご主人さまは寝台で僕は床。たまに布団に入れてくれるけど」
アーティスはすらりと鞘から剣を引き抜いた。
「死んでもらおう」
シャレムはナイフをすっと構えた。
「そっちこそ」
ミレは騒々しく小突き合うアーティスとシャレムをぼーっと眺めた。
いつまで続ける気だろうか、と呆れ半分、諦め半分の心地で。
アーティスの懸念が的中したのは、ユアンの部屋を退出した、その直後。
ミレは「主人の使いです」と色とりどりの大きな花束を抱えた従僕の集団に囲まれて、恐怖の花攻めに遭った。
それがミレのモテまくる日々のはじまりだった。
次話より第二章開始。
迷惑な日々のはじまりです。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




