二十二 口論しました
すみません、予告より、一話ずれ。
十三
なんでもないと言い張るユアンを念のため専属医師に診てもらい、軽い打撲と診断された。
「明日までは安静に」
と、ユアンは半強制的に寝かしつけられたので、ミレも退出しようとした。
「では、私も失礼します」
するとあからさまにユアンはうろたえた。
「えっ。も、もう帰ってしまうのか。いま来たばかりなのに」
「私がいてはお邪魔でしょう」
「邪魔ではない」
むきになるユアンを援護するように、ヴィトリーにはしっと引き止められる。
「そうですよ。殿下にはこのまま横になっていただくので、ミレ殿は殿下のお話し相手になって差し上げてください。そうだ、いっそ看病のお手伝いもしてもらいましょうか。うーん、我ながらなんたる名案! いかがです、殿下?」
「ミレ殿に看病してもらえるのなら、コブのひとつやふたつ、すぐに引っ込むと思う!」
「ですよねっ。愛は万能の妙薬と申しますし!」
「愛か!」
「愛ですよ!」
「違います」
ミレの突っ込みを、だが二人とも聞いていない。
「いいな、それ」
「いいですよね」
「よくないです」
華麗に無視された。
ユアンもヴィトリーもミレにはお構いなしに、大いに盛り上がっている。
興奮し、頬を桃色に熱して照れまくるユアンを寝かしつけ、ヴィトリーはミレを手招きした。寝台傍の椅子を「どうぞどうぞ」と譲られ、氷嚢を渡される。
「患部にあてればよいのですか」
「そうです。タンコブは冷やすのが一番ですから」
ミレは頷き、後頭部の腫れを氷嚢で軽く抑えるように冷やす。
はじめ居心地悪そうにしていたユアンも、次第に緊張をほぐして、身体を楽にした。
「……気持ちいい」
「よかったです」
「あのう、手間をかけさせ、すまぬ」
「いいえ」
「ミレ殿は優しいな……」
特に話題もなかったので、ミレは黙っていた。ユアンがうとうとしはじめた。瞼がくっつきそうになるのを頑張って開けている、という顔はあどけない。
つられたのか、窓辺に佇むシャレムが「ふわぁ」と欠伸した。眠いのか、眼を擦っている。
ミレはひそひそ声で「帰って寝てもいいよ」と促したのだが、シャレムは首を縦に振らない。
「ご主人さまをひとりきりになんてできない。なにかあったらどうするの? 僕が眼を離した隙に、すーぐさらわれるんだから」
「そんなことないでしょ」
「あるよ」
「ない」
「ある」
「ない」
「ある。しかも決まって、相手は奇人変人傍若無人な奴ときてる」
「最近は、ないでしょ」
「油断大敵。それに、僕が四六時中傍にいられればいいけど、そうじゃないときもあるしさ、気をつけてよ。ご主人さま、本っ当、危なっかしいんだから」
人聞きの悪い。
ミレはジロリとシャレムを睨んだ。警戒心皆無の赤ん坊じゃあるまいし、危険人物には近づかないよう、一応心がけてはいる。そうそうさらわれてなるものか。
だがシャレムは悪気のない顔で、恍惚と言った。
「だから、ご主人さまには僕がついていないと」
過保護で過激、おまけに盲目的な献身ぶりを発揮するシャレムは、父キャスの命令でミレの犬となった。はじめて会ったときから変わらぬ、主人第一主義だ。
夕べ夜会のあと、シャレムに急な呼び出しがあり、戻って来たのは明け方だった。王宮に滞在して日は浅いがシャレムは、日中はともかく、夜は頻繁に姿を消している。
疲れているんだろうな、と察しをつける。
シャレムこそ寝かしつけたい。犬だって、睡眠不足では判断力も鈍るだろう。それこそ仕事に支障が出てはいけない。余計な危険を招くことになる。
「シャ――」
ミレが肩越しに振り返り、シャレムへ部屋で寝るように言いつけようとしたそのとき、いきなり大きな物音をたてて扉が開いた。
第一章も、あと二話です。
次話、兄弟編。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




