表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第一章 王子殿下のお話し相手
22/101

二十一 見違えました

 ミレ、変身の巻

「どなたですか」

「ミレです」

「お待ちを」


 ヴィトリーが扉を開ける前にユアンを見ると、慌てたように居住いを正している。男の見栄というやつだ。


「よし。中に入れてもよい」

「では」

 

 ヴィトリーは恭しい手つきで扉を開けた。

 そしてそこに見出した姿に面食らい、思わず、パタンと扉を閉じてしまった。

 途端に、怪訝そうな口調でユアンに問われる。


「どうしたのだ。ミ、ミレ殿じゃなかったのか」

「いや、それがですね」


 答えに窮し、ヴィトリーは額に手をやった。


 なにかいま、異様なものを見た気がする。


 心臓の動悸が激しい。もしかしたら、突発性の眩暈に襲われたのかもしれない。

 気を取り直して、もう一度、扉を開けた。


「……」


 今度は動けなくなった。


「……」

 

 そのまま茫然と棒立ちになっていると、痺れを切らしたユアンが部屋の中から甲高い声で呼ばわった。


「ミレ殿か!?」

「ミレです」

「入室を許す。入って来い」

「はい」


 ヴィトリーの横を、花の香りを漂わせた華奢な人影がすり抜けた。すぐあとを、氷の眼を光らせた、いかにも不機嫌な犬が続く。

 直後、背後でものすごい音がした。

 ヴィトリーはハッと意識を取り戻して、振り返った。ユアンが寝台から逆さまに転げ落ちている。


「殿下っ」


 すぐさま駆け寄り、助け起こす。


「殿下、お怪我は!?」

「大事ない」

「ああっ、でっかいコブが!! すぐに氷嚢をお持ちいたしま―― 」

「ええい、騒ぐな! 私は大丈夫だっ。それよりも」


 ユアンが侮蔑と嫌悪に瞳を怒らせて、ヴィトリーの肩越しを睨んだ。


「おまえは誰だ。ミレ殿の名を(かた)るとは、なにが目的だ」

「お待ちを、殿下」

「不届き者め。王子である私を(たばか)るとは、断じて許さぬ」

「お待ちを、殿下。ミレ殿です」

「ミレ殿? どこにいる」


 ユアンはきょろきょろした。

 

 気持ちはわかる。

 

 内心、激しく同意を示したヴィトリーだが、まさか自分の立場でひっくり返るわけにもいかない。

 いまだ信じ難く、まして説得し難かったが、慎重に、ここはきっぱりと告げた。


「眼の前に」

「眼の前?」

「はい、こちらの方がそうです」


 しかしユアンは信じない。


「ばかを言うな。ミレ殿はこれほどきれいでも、かわいくも、儚くもないっ」

「あわわわわわわ、そ、そんなことをはっきり言っちゃあいけませんって!」

「ふん。ミレ殿のよいところは外見ではない。たとえ美人じゃなくともよいのだ。私がよいと認めたのだ。たとえ容姿がどうでも――ふがっ」

 

 ヴィトリーは実力行使でユアンの口を手で塞いだ。無礼を承知ながら頭を掴み、ユアンの首を正面にガシッと固定する。


「本当ですってば。ミレ殿ですよ。さっきは私も驚きのあまり卒倒しかけましたが――よくご覧になってください」

「まだ言うか。そんなわけが――」


 ユアンはヴィトリーの腕を振りほどき、否定しながらも凝視した。

 眼の前にいるのは、天上に咲く花の如く、美しい少女。

 髪を高く結い上げ、白いかんざしを挿し、白緑のドレスを纏っている。エメラルドの耳飾り、ゆるく開いた胸には細い銀鎖と耳飾りと対の宝石。

 ほのかに色香を漂わせた愛くるしい顔を見つめるうちに、ユアンの顔が緊張し、歪み、喉がコクリと鳴った。


「まさか……」

「失言にご注意を、殿下」


 ヴィトリーの助言に、ユアンが素早く唇を噛む。

 ユアンは恐る恐る訊ねた。


「ほ、本当に、ミ……ミレ、殿、なの、か?」

「はい」

 

 ヴィトリーはぎょっとした。

 ユアンの表情が得も言われぬほど優しく綻び、熱を帯びた眼でミレに見惚れている。


「なんてかわいらしいのだろう……」

 

 うっとりと呟くユアンは幸せそうで、聞いているヴィトリーの方が恥ずかしいくらい、甘い声だ。


「こんなに美しいものは、はじめて見た……少しだけ、触れてもよいだろうか」

 

 ミレが頷き、身を屈めた。

 ユアンの小さな手がミレのほつれた髪に伸びる。

 だが届かなかった。

 ミレの背後にいたシャレムが片眼をギラリと輝かせ、ひょい、とミレの身体を自分の肩に担ぎあげたのだ。


「気安く、ご主人さまに触るな」

「こら」


 ミレに叱られても、シャレムはどこ吹く風で、真っ向からユアンを睨み、堂々と威嚇してくる。


「言っておくけど、ご主人さまに手ェだしたら、殺すよ?」


 暗殺者の笑み。

 炸裂する殺気を浴びて、ヴィトリーはヒヤリとした。本能的にユアンを庇い、前に出ていた。

 ところが、


「かまわない」

 

 ユアンが物騒な言葉を口にした。


「いっ。な、なんてことをおっしゃるんですか、殿下!」

「ふぅん、いいンだ? 殺されても」


 シャレムは嬉しそうである。長い利き指が一本、そろりと袖に潜る。

 ヴィトリーはその所作に竦み上がって叫んだ。


「ちっともよかぁないですよ! 殿下、正気に戻ってくださいって!!」

「私は正気だ。もしも私がミレ殿の意思に反した行動に出た場合は、どうとでもすればよい。だがミレ殿がいいと言ったときには、邪魔をしないでくれ」


 まったく物怖じせずにシャレムを言い負かしたユアンに、ヴィトリーは舌を巻いた。頭の回転の速さといい、度胸といい、とても十やそこらの子供ではない。

 案の定、シャレムも二の句が告げられず、得意の得物を投じることもせず、半眼で押し黙ってしまった。


「シャレム、いい子」

 

 囁いて、ちゅ、とミレがシャレムの髪にキスし、機嫌を宥める。


「下ろして」

「……だから僕はご主人さまがきれいになるのは嫌だったんだ……虫が、余計な虫が、有象無象が、ああ、殺したい、殺したい、殺したい……」

 

 ぶつくさぼやきながら、シャレムがミレを床に下ろす。あとは腕を組み、明後日の方角を睨んで、どす黒い欲望を撒き散らしまくっている。


「こちらに来るのが遅くなりまして、申し訳ありません」


 ミレはすまなそうに謝った。


「よいのだ。来てくれて……嬉しい。ミレ殿に会えて、私は嬉しい」


 ユアンは気持ちよく許している。高揚した表情は、少年らしく快活そのものだ。

 やれやれ、とヴィトリーは嘆息した。ミレの変わりように、つくづく感心し、ひとり呟く。


「女は化ける、とはよく言ったものだよ」


 白緑びゃくろくは透明感のある青緑。

 エメラルド・グリーンを光に透かしたような、きれいな色です。 

 ミレはなんとなく、緑な感じ。

 予定より、一、二話オーバーしそうです。というか、します。

 お付き合いいただければうれしいです。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ