二十 待ちました
子供でも、面子があります
十三
さきほどからずっと、ユアンは落ち着きがない。
書物はただ開いているのみで、読書に集中しているそぶりは欠片もなく、利発そうな眼はしきりに置時計の針と扉を往復している。
新人の話し相手、ミレが来ないのだ。
ユアンがそわそわしながら、どこか上の空でブツブツと言う。
「まだか」
「まだにございますね」
「遅い」
「遅いですねぇ」
「なにかあったのではないだろうか」
「寝坊じゃないですか」
「気分がすぐれないのかも」
「或いは食べすぎて動けないとか」
「もしかしたら、夕べの夜会で面倒事に巻き込まれたのかもしれない」
「そうなったところで、あの狂犬が黙っちゃいませんって」
茶化し半分、ヴィトリーは肩を竦めて手をひろげた。
ユアンはただ真面目にミレを案じている。
主人の健気な様子を前に、ヴィトリーは自分の本当の懸念を口にできずにいた。
……もし、今日このままミレの訪問がなければ、十中八九、アーティスのおてつきになった可能性が高い。
だがそんなことになれば、ミレに恋心を抱き、アーティスを心の底から崇拝しているユアンがどんなに傷つくだろうと思うと、ヴィトリーは気鬱になった。
「それとも、誰か他の男の誘いに乗ったとか」
「それはないでしょう」
「犬と遊び呆けているとか」
「それはありえますね」
ユアンは気が気じゃない顔で、手元の毛布を引っ張ったり、書物を開いたり閉じたりしている。
ヴィトリーは気の進まないまま、言った。
「それほど気になるのでしたら、迎えをやりましょうか」
だが予想に反して、ユアンは首を横に振った。
「いや、いい。もう少し待ってみる」
「左様でございますか」
「だって……迎えなどやったら、まるで私が、ミ、ミレ殿を、ま、待ちきれないみたいで、か、恰好悪いじゃないか」
「はあ……そんなものでしょうか」
ヴィトリーの気のない返事が癇に障ったのか、ユアンは頬を赤く染めて、そっぽを向いてしまった。 どうやら怒らせてしまったようだ。
ヴィトリーは腹を抱えて笑いたい衝動を堪えた。
なんともかわいらしいなあ、と思う。
昨日は結局、ユアンはミレの父キャスに挨拶も満足にできなかった。それだけではない。アーティスがミレを夜会に誘い、あっさりさらわれてしまったため、ユアンはガックリと落ち込んでいた。
そこで「まずはミレ殿の名前を呼べるようになりましょう」とヴィトリーが発破をかけ、どうにか昨夜のうちに、ミレの名前を口にできるようになったのだ。
恋はひとを変える。
良くも悪くも、それは間違えようのない事実だ。
相手が相手なだけに、この恋がどうなるか先は知れないけれど、他はともかく、自分はユアンを応援しよう、とヴィトリーは心に決めた。
それから小一時間ほど経ち、ユアンがとうとう待ちきれなくなったそのとき、廊下にいくつかの足音がして、控えめなノックがあった。
変身後のミレは次話にお預けです。笑。
思いのほか長くなったので、二分割。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




