十九 戻りました
ようやく、主要メンバー最後のひとり、登場です。
十二
昼食を終え、ミレがシャレムを連れてユアンのもとへ行く途中、中庭の見える列柱回廊を曲がったところで、呼ばれた気がした。
振り返る。
誰かが、猛烈な勢いで走ってくる。
いや、誰かではない。
あれは――。
赤い髪に、黄色のドレス。帽子のリボンをたなびかせている。
豪快な走りっぷりは、見間違えようもない。侍女のビスカだ。
「ひーめーさーまーあああああああああっ! ぎゃああああーっ!!」
耳がキーンとする。
ミレのもとに馳せ参上したビスカは、はじめ満面笑顔、すぐに顔色をなくし、頭を抱えて絶叫した。
「いやあああああっ。なんですか、なんですか、なんなんですか、その無様な身なりはー!? 髪はぐしゃぐしゃ、適当なドレスに適当な靴、飾りものひとつなく、まさかのすっぴんー!!」
ビスカはキッ、と怨念の籠った眼でシャレムを睨んだ。手を腰にあて、ずい、とシャレムに迫る。
さしものシャレムも縮こまり、コソッとミレの背に隠れた。
「シャーレームーぅううう。あんた、サボったわねぇぇぇええ。あれっほど、姫さまのことをお願いしたのに、全っ然、なってないじゃないのっ!! え!? ちーっとも、かわいくないじゃないっ。あれだけ口を酸っぱくして、かわいく、きれいに毎日支度しなさいと念を押したにもかかわらず、このみっともない恰好! 言いわけがあるなら言ってごらん。内容によってはただじゃおかないわ」
シャレムはポリポリと頬を人差し指で掻きながら、釈明する。
「……ご主人さまがこれでいいって言うし。これはこれで悪い虫がつかなくていいし。このままでも、自然な感じでかわいいじゃないか」
「殴る」
にこ、と笑い、ビスカの鉄拳がシャレムの顔面ど真ん中に叩き込まれた。
ひっくり返ったシャレムを冷たく睥睨し、ビスカはバキバキと指の骨を鳴らして、凶悪な声で言った。
「……女はかわいく、美しく装ってなんぼだと、何遍言えばわかるのよ、このクソバカ犬。いっぺん死ね。すみませぇん、姫さまぁ。やっぱりあーんな役立たずに身のまわりのお世話を頼んだ私が浅はかでしたぁ。次からは、ちゃーんと、私の代わりを用意しまぁす」
ミレは撃沈するシャレムを引き起こし、「どうどう」とビスカを宥めた。
「……ビスカの代わりなんて、いないし、いらない。シャレムを責めないであげて。本当に、私がこれでいいって言ったの」
「姫さま……」
「ほーら、僕は悪くな――ぎゃっ」
開き直ろうとしたシャレムの頭にもう一発怒気を孕んだ拳をぶちかまして、ビスカは眼を潤ませた。
「私の代わりはいらないなんて、なんて嬉しいことを言ってくださるのでしょう。ビスカ、感激! もう、一生姫さまについていきますからぁ!」
「それ、迷惑。いいっ」
懲りもせず、余計な口を挟んだシャレムはビスカにドカッと向う脛を蹴られた。
ミレは「痛そうだなあ」とシャレムを横目に見やりながら、ビスカに訊ねた。
「それで、今回の旅はどうだったの」
「ばっちりです」
グッ、とビスカは親指を立て、パチリと片眼を瞑った。
ミレは口に手をあて、ふ、と笑った。
ビスカは時々、思い立っては旅に出る。なんでも、「かわいいものが私を呼んでいる」そうで、軍資金を父キャスより調達し、近隣諸国を周遊しては、ドレスやらレースやら布やら宝石やらをたっぷりと買い込み、帰参する。
そのすべては、ミレのためだ。
「私のかわいいかわいい姫さまのためですもの、値切りに値切って張った押し、腕によりをかけて、選びぬいてまいりましたわ。早速、お目にかけましょう。さ、ただちにお召し替えを」
「でも、殿下のもとに行かなきゃ」
「いい女は男を待たせるものです」
「そんなばかな。うひっ」
シャレムが悶絶して蹲る。ビスカに足の甲を力いっぱい踏まれたのだ。
ビスカは問答無用でミレをクルリと反転させ、「さあさあ」と背を押した。
もと来た道を戻りながら、ミレはビスカにまだ「お帰りなさい」と告げていないことに気づいた。そう伝えると、ビスカは嬉しそうに目尻を下げて答えた。
「ビスカ・グランケット、ただいま戻りました。今日から職場復帰いたしまぁす。お世話はすべて、このビスカにおまかせくださいませねっ」
シャレムをどつき、足蹴にする女、ビスカの登場です。笑。
次話、ユアンが久々に出番。
あと一、二話で第一章終幕です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




