一 無視されました
まずは第二王子にご挨拶……は、できませんでしたね、はい。
一
カッセラー国南東、パティスの深い森にひらけた宮殿は、中央に王と王妃の住居棟、左右両翼に第一王子と第二王子の住居棟があり、中央は広大な庭園だ。
他に王の庭、王妃の庭、第一王子の庭、第二王子の庭、使用人棟と使用人庭園、厩舎、運動場、離宮、温室などがある。
細く薄暗い森の小道を抜けると、眼の前に突如広がる光景に誰もが息を呑む。
天を衝くかの如く聳える、壮大華麗な白い城。
優美な外観、豊かな緑と清らかな泉が織りなす景色は訪れる者の心を魅了した。
ただひとりを除いては。
王家の紋章が刻まれた馬車で宮殿へと運ばれたミレ・ルーエシュトレット・ガーデナーは、王と王妃に拝謁したあと、早速、第二王子のもとへ案内された。
「カッセラー国シゼー国王陛下がご子息、第二王子ユアン殿下でいらっしゃいます」
ユアンは中央の中庭に面したバルコニーのすぐ傍の寝台に寝転がって本を読んでいた。
金髪碧眼の子供だ。どこかひねくれた表情を浮かべている。
ここまでミレの案内を務めてくれた第二王子付き側近のヴィトリーが話しかけても、眼もくれない。
「殿下」
無視。
「殿下」
無視。
「殿下」
無視。
「殿――」
「しつこいぞ、おまえ」
視線は落としたまま、叱責する声は苛立たしげだ。
「それが取り柄ですので」
ヴィトリーが恭しく頭を下げる。
ユアンは「ふん」と鼻を鳴らし、ようやくチラリとミレを一瞥した。
すかさず、ヴィトリーがミレを紹介する。
「殿下の新しいお話し相手、ミレ・ル―エシュトレット・ガーデナー様です」
「おべっかつかいの話し相手などいらぬ」
「どうか、そうおっしゃらず」
「どうせ三日と持たない」
「そんなことはわかりませんよ。もしかしたら、とても気が合うかもしれないじゃないですか」
ユアンは子供には不似合いな、煩わしそうな大人びた表情を浮かべて、ミレをじっと見つめて言った。
「ブサイクな女だな」
「なんて失礼なことを!」
ユアンの無礼極まりない発言にヴィトリーが泡を食う。
だがミレ自身が動じなかったので、ユアンは面白くもなさそうに片眼を細め、ゴロッと寝がえりを打った。ミレとヴィトリーに背を向ける。
「そんな地味な女に用はない。出て行け」
「またそんなことをおっしゃって。せっかく遠路はるばるお越しいただいたのですよ、もっと誠意を込めて労うなり、なんなり――え。ええっ。え? え? え? ミ、ミレ殿! ど、どちらに行かれるのですかっ?」
「さあ」
ミレは踵を返したまま、小首を傾げた。
「でも出て行けと言われましたので」
と答えて、すたすたとそのまま退出した。
あとに残ったのは、唖然と口をあける、主従のみ。
続きはまた明日。
次話、兄王子登場。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。