表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第一章 王子殿下のお話し相手
19/101

十八 隠れました

 隠れたら、逆効果です。

 

 薄い微笑の中に、責めるような眼が光っていて、ミレを射貫いている。


「……連れである私と話すのは嫌で、その男と話すのは嫌じゃないと、そういうわけ?」


 アーティスは穏やかに言葉を継ぎながら、一段一段、ゆっくり、カツン、カツン、とバルコニーを降りてきた。

 そして眼を細め、シャレムに辛辣な一瞥を向ける。


「役立たずな犬だ。大切な主人にむやみに男を近づけるんじゃない」


 一喝されるも嬉々として、シャレムは指の間に長い柄のナイフを閃かせた。


「うん、僕も同感。ね、ご主人さま、やっぱりそいつ、殺そう」

「だめ」

「ケチ」

「お座り」


 ミレの命令には逆らわず、シャレムは灰色の髪をサラッと揺らして、膝を折る。

 アーティスは無言でミレとリュドーの前に立った。

 

 なぜか、怖い。

 

 舞踏会場から届く薄明かりに映えるアーティスの顔は、非常に厳しい。

 ミレは臆して、近くにいたリュドーの背にコソッと隠れ、片眼だけでアーティスの様子を覗き見た。

 なにが気に食わないのか、ますます険悪な形相で、アーティスがミレを睨む。


「……なぜ隠れるんだね?」

「……」

「ふふ。君は本当に私を怒らせるのがうまい。私を袖にして他の男と密会なんて、よくもまあ、虚仮(こけ)にしてくれたものだ。それで? 暗がりで睦まじく顔を寄せ合って、なにをしていたのかな……?」


 鋭く、冷たい声。

 紛れもない怒気に、ミレは怯えた。

 

 どうしてこんなに怒っているのだろう。


 わけがわからないまま、ぎゅっと身体を硬くしながら、なんとか答える。


「なにもしてません」

「キスしていたのでは?」

「違います」

「本当に?」

「数式を解いていただけです」

「は?」


 アーティスの眼が点になる。訝しげに眉をひそめた。

 リュドーは不穏な空気に場を取り持つ必要を感じたのか、懸命に釈明する。


「すみません、博士は俺が誘ったんです。あの、まさかアーティス王子殿下のお連れとは知らず、勝手をして申し訳ありませんでした。なんらかの処罰が必要とあれば俺が受けますので、どうか博士はお許しください」

「君は?」

「リュドー・サウエル・ヒュリーです」

「わかった。もういい、行きたまえ」

「でも」

「私の言葉が、聞こえなかったのかね?」

 

 相手が相手だ。

 リュドーもそれ以上は逆らわず、詫びるような目礼をミレにしたのち、スゴスゴと去っていった。


「さて」

 

 ミレは後退した。夜の中に姿をくらましたい。いっそ走って逃げようか。

 理由は不明だが、アーティスがとても不機嫌なことはビリビリと伝わってくる。

 石畳に躓いた。よろめく。

 すかさず、アーティスの腕に抱きとめられ、そのままグイッと引き寄せられた。


「私を見なさい」

「……」

「見ないと、押し倒すよ」

「だったら、押し返します」


 アーティスがクッと口角を持ち上げる。不遜な笑みだ。


「いいね。私は抵抗される方が燃えるんだ。じゃあこうしよう。君を裸に剥いてしまおう。そうすれば、もう逃げられない」

 

 ミレは観念した。眼をアーティスのそれに合わせる。


「いい子だ」


 沈黙。

 眼を逸らしたいが、逸らせない。

 逸らしたが最後、なにをされるかわからない危うい雰囲気だ。

 不意に、ポツリとアーティスが呟いた。


「……どうして君は、私を嫌う」

 

 ミレは思うまま言った。


「あなたは怖いんです」


 すると、アーティスは爽やかに笑った。

 しかし、眼は笑っていない。


「怖くない」

「怖いです」

「怖くない」

「怖いです」

「怖くないだろう!」

 

 声を荒げられてミレはビクッとした。耳を押さえて縮こまる。

 アーティスはすぐに悔やむような表情を浮かべて「悪かった」と謝り、ふいっと横を向いた。忌々しそうに言う。


「……君の姿が見えなくなったから、捜した。酔っ払いにでも絡まれて、休憩部屋にでも無理矢理連れ込まれたのではないかと、焦って心配してあちこち駆けずりまわってみれば、君は他の男と楽しそうに談笑中で……私はとんだマヌケだな」


 苛立たしそうな舌打ち。

 次の瞬間、ミレはアーティスに抱きしめられた。


「だが、無事でよかった……」


 意外にも優しい抱擁だ。

 どうも本気で身を案じてくれたらしい。

 ミレは心労をかけたことをすまなく思い、抵抗をやめておとなしくアーティスの腕に身を委ね、じっとしていた。

 アーティスの長い指が、くしゃりとミレの髪を梳く。


「もう夜も更けた。そろそろ失礼するとしよう」

「はい」

「ところで」

「はい」

「博士、とは君のことかな?」


 アーティスの笑みが深まる。追及の視線が執拗にまとわりつく。


「どうやら君は、私が知らない顔をまだいくつも持っているようだ……暴くのが楽しみだよ。ふふふふふ……」


 関わり合いたくない。

 関わり合いたくないのに。

 どうも逃がしてはもらえないようだ、とミレは心の裡で悲鳴を上げた。




 夜会編終了です。

 踊らないまま。笑。踊れないしね、ミレ。

 次話、ようやく彼女が登場。

 

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ