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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第一章 王子殿下のお話し相手
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十七 誤解されました

 ミレの肩書き判明です。


 ミレは口の中に入っているものをもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。

 ちょうど通りかかった侍女に声をかけて水をもらう。コクコクと飲む。


 誰だろう。


 がっしりした体格、ひとの良さそうな淡い茶色の眼、短く揃えた瞳と同じ色の髪。

 じっと眺めても覚えがない。

 そんなミレに焦れたのか、彼はコホンと咳払いして名乗った。


「リュドー・サウエル・ヒュリーです。アルト会に所属してます。師はシーズディリ・ジビエ博士です。以前一度、算数術の定期学会でご挨拶しました。そのあと、何度か手紙を差し上げ、お宅訪問したのですが、いつも門前払いを食ってしまい、なかなかお目にかかれなくて……」

「父は若い男性を私と会わせたがりませんから」


 ふと口にした言葉を、疑問に思う。

 それならばなぜ、王子殿下の話し相手など引き受けたのか。

 ミレの困惑をよそに、リュドーは「心外だ」と呟き、思いっきり顔をしかめた。


「別に俺は下心なんてないです。ただ――」


 ガシッ、と二の腕を掴まれた。眼が据わっている。


「ここで会ったが百年目。今日こそフェリウルの方程式をどうやって解いたのか聞かせていただきましょう」

「あれは誰でも解けます」

「それは一般解の方でしょう。俺が言っているのは特異解の方です」

 

 ミレは困ったなあ、と思った。

 王宮にいる間は、読書と研究――具体的には筆記用具の使用を禁止されている。

 どちらも没頭すると寝食を忘れてしまい、周囲のなにもかもが眼に入らなくなることがままあるためだ。


「父との約束で、しばらく筆記用具を持つことを禁じられているんです」

「では口頭で」


 リュドーは食い下がってくる。

 ミレは説得を諦めた。


「じゃあ、少しだけ」

「やった! ああ、ここじゃうるさくてなんですから、中庭へ出ましょう」


 パアッと表情を明るくして、リュドーはミレの腕を取り、中庭へ続くバルコニーへと引っ張っていった。

 バルコニーの階段を下ってすぐにベンチがあり、そこに座らせられる。


「さあ、二人きりです。ここなら静かだし、誰の邪魔も入りません」

「そんなの僕が許さない」


 物陰からスッと現れたシャレムが、リュドーの背後に立って彼の首筋にナイフの刃をあてている。

 不意を衝かれたためか、リュドーは怯えることもできずにポカンとしている。


「ご主人さまを口説こうなんて、いい度胸してるよね。死ね」


 ニコッと笑い、シャレムはナイフをスパッと横に引こうとした。

 寸前、


「待て」

 

 ミレの制止にシャレムが不平気味に口を尖らす。


「なんで止めるの」

「いいから離れて。おいで、お腹すいたでしょ」

「うん」


 シャレムはおとなしく従い、傍にきて、ミレがとりわけた料理を立ったままモグモグと食べる。あっという間に平らげて、ごちそうさまをした。

 リュドーは顎下の冷汗を拭いながら、ドサッとベンチに座り込んだ。


「誰です、そいつ」

「私の犬です」

「はあ……そうですか。ええと、強そうな犬ですね」


 死に目に遭ったわりには呑気な反応だなあ、とミレはおかしな具合に感心した。

 そして、リュドーは懲りるということを知らない男で、シャレムのことは脇に置き、ミレにフェリウルの方程式の一般解では表現できないその解を迫った。

 その熱意に負け、ミレは応じた。

 ベンチに腰かけ、式を諳んじる。

 リュドーは、頭は悪くないが固いようで、納得できないとすぐに待ったをかけて抗弁をしてきた。

 そんなことが繰り返され、しだいにミレも熱が入り、二人の距離は徐々に狭まって、しまいには額に額を突きつけて討論を交わしていた。

 そこへ、冷やかな一声が浴びせられた。


「ずいぶん楽しそうじゃないか」


 見上げると、バルコニーの階段手摺に凭れかかり、アーティスがいた。


 次話、夜会編終了です。

 ミレとアーティスの巻。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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