表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第一章 王子殿下のお話し相手
17/101

十六 お伴しました

 そんなばかな の巻

      十一



「踊れない?」


 舞踏会場に着いて、クロークへ寄り、帽子とステッキと小さなバッグを預ける。

 アーティスはピクリと片眉を持ち上げて、眼を丸くした。


「はい」

 

 ミレはこっくりと頷いた。


「ワルツを?」

「踊れません」

「カドリーユは?」

「踊れません」

「他は? まさか、まったくだめなのか」

「まったくだめです」

「いったいどうして」


 アーティスは額に手をやって、信じられないという顔でミレを見つめた。

 ミレは肩を竦めて答えた。


「覚える必要がありませんでした」

「そんなばかな」


 驚きと困惑に眩暈を覚えたように眉間を押さえて、アーティスがミレを睨んだ。


「君もれっきとした高貴な身分だろう。ダンスは社交の基本、得手不得手はともかく、まるで無縁とはいられまい」

「外にはあまり出ません」

「出不精か」

「はい」

「少しは否定したまえ」

「できません」

「まったく……呆れてものも言えないな」


 言っているじゃないの、とは言わずにおいた。

 余計なひとことは窮地に陥る禍の種となる。

 ミレは数々の実体験により、そのことを重々承知していたので、大きく嘆息されても、こめかみに青筋をたてたぐらいにして、おとなしく黙っていた。


「わかった。仕方あるまい、君と踊るのは諦めよう」

 

 ほっとしたのも、一瞬だ。

 アーティスの長い指にクイッと顎先を摘まれ、不敵な微笑を向けられる。


「では、今日はじっくり君の身の上話でも聞いて、お互いの親睦を深めようじゃないか」

「嫌です」

「どうして」

「どうしてもです」

「私は君に興味がある」

「私はありません」

「っははははは、まったく、君ってひとは清々しいほど媚びない女性だ。そこがなんとも魅力的だと褒めたら、君は私に優しく笑いかけてくれるかな?」


 アーティスの甘く強烈な流し眼に、だが、ミレはクラッとするどころかゾーッとした。

 気持ち悪い。全身鳥肌ものだ。

 アーティスときたら、そんなミレを眺めて涼しい微笑を浮かべている。どうも、ミレの拒絶反応をすっかり面白がっているようだ。

 

「さ、姫。絆を深めに、いざ、舞踏会へ」

「深めたくないです」

「君も懲りないひとだなあ。つれないセリフで私を煽って、ネチネチと苛められたいのかね……?」


 そんな自虐趣味はない。

 ミレは逃亡を決意した。


「いえ、私のことはかまわず、放っておいてくださって結構です。殿下はどうぞ他の方々とごゆっくり、お楽しみください。私は軽食でもいただいてきます」

「は? 待ちなさい、ひとりでどこへ――」


 ちょうど折りもよく夜会の主催者が現れて、アーティスに歓迎の意を伝えてきた。ミレは紹介に与ったのも束の間で、社交辞令を交わす間を見計らい、そそくさとアーティスの傍を離れた。


「……ふう」


 ひといきれにまぎれて部屋を移動し、ようやく一息つく。

 半ば強引に夜会に連れられて来たものの、支度に時間を取られたため、マロー家に着いたときには既に宴もたけなわだった。

 華やかな舞踏会場では、美しく装った老若男女の紳士淑女が、皆、思い思いに寛いだり、踊ったり、会話を楽しんだりしている。

 だがミレは、こういった場はどうも苦手だった。

 気の利いた挨拶などできないし、愛想笑いも不得手で、見知らぬ人間と話すことも億劫だ。

 自然の成り行きで、飲食に専念してしまう。

 シャレムはさすがに同行できなかったので、邸宅の外、おそらく会場が見える庭のどこかに待機しているだろう。

 なにか差し入れでも持っていってあげたいが、どうしようか。

 と、ミレが料理をモリモリ食べながら、いっぱい盛った取り皿を片手に真剣に悩んでいたとき、「失礼ですが」と背後から声をかけられた。

 振り返る。

 若い男性だ。訝しそうに眼を細めながらミレをジロジロ見て、突然、「あっ」と声を上げた。


「博士! シーズディリ・ミレ算理学博士じゃないですか!」


 夜会編、まだ続きます。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ