十四 口答えしました
喧々囂々(けんけんごうごう)。
犬は必ずしもおとなしいとは限りません。
十
ミレの父、キャスへの面会に、なぜかユアンまでついて来ると言い出した。
「ヴィトリー、すぐに支度を!」
「はい、ただちに!」
なにも病身であり、王子であるユアンがわざわざ足を運ばずとも、父に会いたいのであれば呼んではどうかと提案したが、ユアンは頑なに首を振った。
「はじめてお目にかかるのに、そんなわけにはいかぬ。もしかしたら、将来私の義父になられるかもしれない方だろう。せめて、挨拶くらいはまともにしたい」
義父?
なにか穏便じゃない単語が飛び出たが、ミレの頭では理解不能だった。そのままシャレム共々廊下へと追い出される。
「ご主人さま」
背後からシャレムの腕が腰に巻きつく。さらわれるようにシャレムの広い胸に抱きすくめられる。
「どうしたの」
「僕、不安」
「なにが」
「あいつらに、ご主人さまを取られちゃわないかな」
シャレムの言う『あいつら』とは、おそらくアーティスとユアンのことだろう。と、察しをつけて、ミレは小さく首を竦めた。
「王宮にそれほど長居するつもりないから、大丈夫。どちらとも、いまだけのおつきあいだし。それに、私が大事なのはお父さまとシャレムだけだもの。あとは――むぐ」
そっと、シャレムの手に口を塞がれる。
「……いいよ、全部は言わなくて。聞いたら、僕、すごく苛々して殲滅させちゃうし。あ、いっそそうしようかな!? そうしたらもうご主人さまが他の奴らに喰ってかかられたり、ちやほやされたり、うっとり崇拝されたりするのを見なくてすむしねっ。どうかな!?」
「却下に決まってるでしょ」
「えー」
「えー、じゃないの」
シャレムはぶすっと頬を膨らませ、いかにも不満そうにぶつぶつこぼす。
「ご主人さまは無駄に優しい。あー、なんて無駄に優しいんだ。ひどい、ひどいよ。ご主人さまは僕のものなのに。僕はご主人さま一筋なのに。ご主人さまは時々浮気するんだから」
「浮気なんてしてない」
人聞きの悪い。
するとシャレムはふてくされたように言った。
「だって告白されていたじゃないか」
「ちょっと血迷っただけじゃないの」
「もし相手が本気だったらどうするの? 僕、噛みついてもいい?」
「だめ」
「ケチ!」
なんと言われようとだめなものはだめだ。
シャレムの「噛みついてもいい?」を訳すると「闇討ちしてもいい?」になる。
さほど親密ではない仲とはいえ、ユアンがそんな非業の死を遂げるなど、考えるのもおぞましい。
ミレが厳しい口調で叱りつけると、シャレムはすっかり拗ねてしまった。
そうこうするうちにユアンの身支度が完了し、ミレはシャレムを伴い、ユアンにはヴィトリーが付き添う形で、執事に案内され、応接間に着いた。
「失礼します」
応接間は豪華だがきらびやか過ぎず、それでいて格調高く、落ち着きのある濃緑と山吹色の内装で統一されていた。
そしてそこにいたのは、五日ぶりに会う父キャスと、もうひとり、なぜかアーティスの姿があった。
二人は談笑していたが、ミレが部屋に入っていくと、同時に振り返った。
主人と犬の一幕。
次話、父との面会。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




