十三 納得しました
主従のやりとり。
その一言が言えません。
「うわーっ、やっぱりー!」
と、ヴィトリーが頭を抱えて絶叫した。
ユアンに向かい、まくしたてる。
「そうくると思いました! 絶対にそうくると思いましたよ!」
シャレムは自分も負けまいと、ミレに擦り寄りながら、大好き宣言。
「僕もご主人さま大好きです! 好き好き好き好き好き好き、大好きですー!」
「はいはい」
「……ご主人さまに近づく奴は、サクッと殺したいくらい、許せない」
唸るように低い、氷点下の呟き声。口角は上がっても、眼が笑っていない。
そしていきなり、シャレムが腰に差していたナイフをスッと抜いたので、ミレは咄嗟に手が出た。教育的指導だ。シャレムの脳天にゲンコツをくだす。
「ふぎゃっ。痛いですー」
「むやみに攻撃しないの」
メソメソ泣くシャレムからナイフを没収するミレを横目に、ヴィトリーがユアンへ身振り手振りを交えて意見する。
「あんな殺し文句を並べられて堕ちない男がいるものですか。ええ、ええ、そりゃ誰だってコロッとまいってしまうでしょうよ。でもだめです! だめです! だめです! 私は反対です!」
「なぜだ!」
「なぜもくそもありゃしません! 一時の気の迷いでぽーっとしているうちはまだいいです。で・す・がっ。万が一にも本気になったらどーするんです!? 恋に堕ちただけでは飽き足らず、もっと面倒な、それ以上の関係を望むようなことになれば、事は重大です! 殿下は第二位の王位継承者、やんごとなき御方! 私の大切な主! 伴侶となる方はすべてにおいて素晴らしい女性でなければいかんのです!」
ヴィトリーは腕を振りまわし、部屋を往復し出した。
口から唾を飛ばして力説する。
「よろしいですか、ミレ殿は由緒正しい上級貴族で、身分もあり、家柄もよく、器量はそこそこ、教養もあり、独身で、婚約者もいない、浮いた噂のひとつもない女性ですよ!? こんな方を好きになったところで――あれっ?」
ヴィトリーが頭を掻き毟りながら、ピタッと足を止め、口を噤む。
ユアンと視線を交わす。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……いいんじゃないですか?」
「……いいと思う」
主従はこっくりと頷き合った。
俄然、ヴィトリーが拳をグッと握る。
「ばっちりじゃないですか!」
「そうだろう」
ユアンは満足げに薄い胸を反らした。
ヴィトリーは襟元をゆるめ、額にかいた汗を腕で拭った。
「いやァ、まさかの展開です」
「それで、このあとはどうすればいい?」
「告白のあとは求婚です。うまくいったら」
「結婚か」
「ご名答!」
ヴィトリーが賑やかにはやし立てる中、ユアンはミレを振り返った。
「おまえ!」
「殿下、『おまえ』では失礼です」
「そ、そうか。そうだな。で、では」
ここでユアンは言葉に詰まった。カーッ、と頬を朱に染める。
こそっとヴィトリーが耳打ちする。
「名前で呼ぶことは恋の道の第一歩です。さ、気合ですよ、殿下!」
「わ、わかっている! よし、呼ぶぞ!」
「どうぞ!!」
「ミ」
言いかけて、ユアンはボッと炎上した。
ヴィトリーがパチンと指を弾き、「く―っ、残念!」と呻いている。
そこへ、ノックがあった。
ユアンはいかにも邪魔そうに、だが渋々と入室許可を与えると、畏まった一礼ののち、執事が告げた。
「キャス・ル―エシュトレット・ガーデナー様がお見えにございます」
次話、お父さん登場。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




