十二 告白されました
恋に堕ちました。
それから、なにか珍しいものでも見る眼つきでミレをじっと凝視し、言った。
「……おまえは、私を憐れまないのだな」
意味がわからず、ミレは首を捻った。
ユアンは寝台の背凭れに寄りかかり、深い溜め息を吐く。天井に注ぐ視線はどこか悲しげだ。
「皆、私が少し体調を崩すだけで、医者を呼べと騒ぎ立て、おいたわしいだの、お気の毒にだの、やたらと憐憫の情を向けてくる。私は……それが、鬱陶しくてかなわない。そのたびに役立たずだと責められているような気さえする」
「殿下、それは」
ヴィトリーが言いかけたことを、ユアンが片手を上げて制する。
「本当は、私は第二王子なのだから、将来国政を担う兄上を支え、お役に立てるよう、お傍で立派に努めを果たさなければいけないのに……この脆弱な身体では、頼りになど、していただけないだろうな」
とうとうユアンは俯いた。
そのままだんまりを決め込む。
ミレはなにを落ち込むことがあるのだろう、と不思議に思い、訊ねてみた。
「……身体が丈夫じゃないと、いけませんか」
「満足に動きまわることもできないようでは、兄上の足手まといになる」
「では、動かなければいいのです」
「だから、それではただの役立たずだろうと言っている!」
ユアンは癇癪を起して、拳で寝具をドスッとぶった。
「他のことで役に立てばいいのではないでしょうか。別に傍にいなくても、陰ながら力になるのではだめなのですか」
「……え?」
ユアンがゆっくりと顔を持ち上げてミレの眼を捉えた。
鳩が豆鉄砲を食らったように、呆気にとられている。
「……だめ、ではなかろうが。でも」
動揺し、戸惑うユアンに、ミレは手を差し出した。
「見せてください」
「なにを」
「その紙束です」
「え? あ、ああ。これか」
手渡されたものをミレは一枚一枚、丁寧に捲った。
驚いた。木炭のスケッチだ。どれもシャレムとミレが描かれている。
「すごくお上手なのですね」
褒めると、ユアンは嬉しそうに笑い、照れて鼻の頭を掻いた。
「絵は好きだ。おまえの犬がおまえを庇って戦う様子があんまり恰好よかったから、描かずにはいられなかったのだ」
「そうですか」
「……も、もし、気に入ったものがあれば、きちんと仕上げてやる」
せっかくの好意だ。ありがたく受けよう。
ミレはシャレムに見せた。
「どれがいい?」
「僕、これがいい」
シャレムは迷わずに選び、ミレは頷いて、それをユアンに見せた。
するとユアンは面白そうに微笑した。
「……さっき風に持っていかれて、おまえの犬が拾ってきた一枚だ」
ミレはシャレムの頭を撫でた。
「拾ってきたかいがあったね」
それからユアンをじっと見つめて、ミレは率直に心中をひろげた。
「私は殿下のお傍に上がってまだ数日ですが、殿下が読書家で、勉強家で、真面目で、親切な方だと知っています。それに、殿下は私を必要としてくれました。こうして……絵も描いてくださいます。いいひとです。殿下のような方が味方となり、支えて下さったら、とても心強いと思います」
むしろあの兄殿下にはもったいないのでは、と思ったがそれは口にしなかった。さすがに無礼かもしれない。
ユアンが息を呑む。
なぜかヴィトリーまで緊張した面持ちで、ゴクリと唾を嚥下した。
水を打ったような静寂。
ユアンはミレを見つめ、ミレはユアンを見つめ、ヴィトリーはユアンとミレをハラハラした顔で交互に見つめ、シャレムはとぼけた表情を浮かべている。
いきなり、ユアンが身を乗り出して、ミレの手首を掴んだ。
「……そんなことを言われたのは、はじめてだ」
「そうですか」
熱を含んだ、激しい瞳に射貫かれる。
こんな眼で見られることに慣れていないミレは、その真剣さに圧倒されて、ちょっと怖気づいた。
「……った」
「なんですか」
「……に、なった」
「聞こえません。なんですか」
「おまえを好きになったと言っている!!」
ようやく溺愛への道、第一歩、でしょうか。笑。
まずは弟王子から。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




