十一 取ってきました
ミレ&犬&ユアン。
シャレムはミレが大好きです。
九
どうしてもついて来ると言って聞かないシャレムを連れて、ユアンを訪ねる。
「こんにちは」
「……どうぞ」
ミレを出迎えたヴィトリーの態度は刺々しく、シャレムを見る眼にはあからさまな敵意が含まれていた。
それも仕方のないことだ、とミレはじくじくする胸の痛みに耐えた。
結局、シャレムが起こした騒動はうやむやにされた。さすがにすまなく思い、ユアンに詫びると、ユアンはあっさりと「謝罪はいらぬ」と言いきった。
「兵は己の務めを全うして死んだ。殉職だ。昇級し、慰謝料も出る。名誉も与えられる。命を落としたことは残念だが、力負けした以上、精進が足りなかったというよりほかはない。兄上はそうおっしゃっていた。私もそう思う。それよりも」
ユアンはミレの傍に突っ立つシャレムにきらきらした眼を向けた。
「おまえ、すごいな!」
ユアンが興奮して胸を膨らませる。
「あんなに大勢に囲まれて、一斉に飛びかかられたのに、あっという間に全部倒した! すごかった!! なぜあんなことができるのだ!?」
昨日、事件を起こした直後、武装した大勢の兵士がシャレムの身柄を拘束しようと躍起になったものの、シャレムはすべて返り討ちにした。それも、片腕でミレを守りながらだ。
いったいどれだけ強いのか。
ミレも呆れるほどである。
ちらりとシャレムの様子を窺うと、やはりユアンの言葉など聞いていない。明後日の方角を見て、退屈そうに欠伸している。
ミレはシャレムの脇腹を肘でつついた。
途端、パッ、と顔を輝かせる。
「はい、ご用ですか、ご主人さま?」
「殿下のお話を聞きなさい」
「なんで僕が?」
シャレムはミレにまつわること以外、基本無頓着だ。
いまもユアンを無視して、ミレだけに集中し、他に耳を貸す気配は微塵もない。
「お座り。おまわり。待て」
ミレの命令にシャレムが膝を折り、ユアンを向いて、口を閉じる。
「どうぞ。お話し、続けてください」
ミレはユアンを促した。
するとユアンは感嘆と憧憬のまなざしをミレに浴びせた。
「おまえもすごいな。よくもここまで手懐けているものだ」
「シャレムは私の犬ですから」
「私もこの者のように強い犬が欲しい!」
ユアンは傍に控えるヴィトリーにねだったものの、冷やかに一蹴された。
「畏れながら、殿下は私で我慢してください」
「おまえは犬ではない」
「似たようなものです」
「……そうか?」
「はい」
納得のいっていない顔で、だが、ユアンはそれ以上駄々をこねることもなく、身体の脇に置いていた紙の束を掴んでミレに押しつけた。
「見てくれ!」
「なんですか」
そのときちょうど、ノックがあった。ヴィトリーが用向きを訊ねると、扉の向こうで侍女が「お茶をお持ちしました」と答えるのが聞こえた。
ヴィトリーがいって扉を引くと、風の通りがよくなった。今日はうららかないい日和のため、寝台傍のバルコニーの硝子扉が半分ほど開いていて、そこへ、一陣の風がふわっと舞い込み、ユアンからミレに渡されそうとしていた紙束のうちの一枚をさらった。
紙は風に乗り、バルコニーから外に運ばれてしまった。
「あ―……」
ユアンがひらり、ふわりと揺れて視界から消えていくそれを眼で追う。残念そうな表情に、それが大切な一枚であるとミレは察した。シャレムを見る。
「取って来て」
命令を聞くや否や、シャレムはバルコニーの手摺から一気に空中へと身を躍らせた。
ユアンは仰天し、慌てて寝台から跳び起きて、手摺に駆け寄った。
「っ! な、なにをばかな真似を……! ここは三階だぞ!?」
「殿下! 急に動かれますと、めまいを――」
ヴィトリーが懸念する傍から、ユアンはふらりとよろめいた。すかさずヴィトリーがその細い身体を抱き止める。
「大丈夫ですか」
「……私は大丈夫だ。それよりも、あの者を助けないと……」
ユアンが激しく咳き込む。ヴィトリーが介抱し、ミレは水差しから水を注いで、硝子の杯を手渡す。
「そんなに心配しなくても、すぐに戻ります。ほら」
ミレの言葉に応えるように、シャレムはまるでなにごともなかったかのようにバルコニーから身体を引き上げて、長い足で手摺を跨ぐと、トン、と着地した。
手には一枚の紙片。
「ください」
シャレムがミレに紙片を手渡す。さいわい、破損も汚損もない。
「お座り。いい子」
ミレは褒めて、片膝をついたシャレムの額にキスした。シャレムは満足そうに顔を綻ばせる。もっとかまって、と擦り寄ってくるシャレムの頭をひとしきり撫でてから、ミレは呆気にとられた様子のユアンに紙片を差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう……」
おずおずと礼を述べて、これを受け取り、ユアンは嬉しそうに笑った。
いつまで続くか、連続投稿。
紙に描かれた内容は? 待て、次話。笑。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




