九 従いました
ミレの犬、登場。
*一部、残酷描写があります。苦手な方はご注意ください
もう見つかってしまった。
ミレはここ数日の静かな日々が終わりを告げたことを残念に思った。
ぶっ飛んできて、縋りつくように首へガバッと抱きついたのは、シャレム。
「ひどいです、ひどいです、ひどいですー。いくら仕事でちょっと留守にしたからって、僕を置いてけぼりにして、こんな辺鄙なところに雲隠れなんてひどすぎます。ご主人さまがどちらに行かれたのかお訊ねしても、キャス様は『自分で探しなさい』の一点張りで、意地悪して教えてくださらないんですよ! おかげで丸一日あちこち駆けずりまわっちゃいました」
シャレムはメソメソ泣きながら、ミレに頬擦りしてくる。
「僕がいなくて寂しかったでしょう? 僕も寂しかったです。でも、もう大丈夫。いまから片時もお傍を離れませんっ」
いつもより若干興奮気味のシャレムを宥めるため、ミレは片手を持ち上げた。
「待て」
ピタッ、とシャレムが完全に身動きを止めた。
「おまわり。お座り。伏せ」
シャレムが身体の向きを変え、片膝、片手をつき、頭を垂れた。
「ご挨拶」
「シャレムと申します。ミレ様の犬にございます」
「よくできました」
ミレはご褒美にシャレムの頭を軽く掻き撫でて抱き寄せ、髪にキスした。
シャレムが嬉しそうに眼を細め、トロンとするのがわかる。
そこへ、
「ちょっと待て。なんだよ、その男は」
「殿下、いけません」
剣を斜に構えたヴィトリーの背後でユアンがなんとかヴィトリーを退かそうと、躍起になって押し問答している。
「退けったら」
「だめです。じっとしていてください。誰か、誰かいないか! 曲者だ!!」
ヴィトリーは寝台からユアンを引き摺り落として背に庇っていた。
いままで見たことがない顔をしている。温さなど一片もない、冷徹な騎士の表情だ。
「誰も動けないと思うけどな」
のんびりした口調でシャレムが言った。上目遣いにミレを見つめ、もっと撫でて、という意思表示で頭を寄せてくる。
「僕はご主人さまに早く会いたかっただけなのに、邪魔をするから、皆まとめて斬っちゃった」
ミレはヒュッと息を呑んだ。
ユアンの部屋の前には近衛兵が少なくとも四人いた。
血の気が引く。
「殺したの?」
「ううん、斬っただけ。ご主人さま、無益にひとが殺されるの嫌いでしょ? だから、殺してないよ。でも早く手当てしないと死ぬかも」
それからは大騒動だった。
シャレムは四人の近衛兵だけではなく、ミレのもとに辿り着くまで足止めしたものを、片っ端から斬り捨てていた。その数は二桁に達し、大方が一命を取り留めたものの、内二名は出血多量で死亡した。
当然、厳罰のためシャレムの身柄の引き渡しを迫られたが、本人は平然としていた。
ミレの肩に両手を置いて、陰惨な笑いを響かせる。
「いいんですよ、僕は。命令違反でない限り、誰をどう殺しても。それがお仕事なんですから。見ます? 僕の『首輪』」
シャレムは両手で衿を開いた。
咽喉に捺された、焼印。
国益の名のもとに生かされている、元犯罪者。
国家の犬の証し。
暗殺指令の執行者。
名も戸籍も過去も自由も剥奪された者。
ミレはそっと手を伸ばしてシャレムの襟を直した。そのまま抱き寄せられる。
「……僕のお仕事は絶対命令に従うこと。それに、ご主人さまの傍にいること。この二つを邪魔する奴は誰であろうと許しません」
万座を相手に、恐ろしく優しい声で、シャレムがそう布告した。
残酷で一途な犬、シャレムです。
ミレだけに、忠実な。
次話、兄王子編。明日も投稿します。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




