第貳話、「本当の奇襲(後)」
旧太陽暦、あるいは最早今は亡き西暦なら月日は同じ1933年3月12日。カリフォルニア州ロングビーチで地鳴りが発生してから数日もしない頃である。本来ならば少なく見積もっても呉から桑港まで月単位で時間がかかるであろうに、あろうことか大日本帝国の連合艦隊は突如としてカリフォルニア州に出現していた。いわゆる「菊水作戦」である。
本作戦の骨子は至極単純である、つまりは、カリフォルニア州を開戦劈頭で占領して、合衆国を大混乱に陥れてしまおう、というものであった。
では何故カリフォルニア州なのかと言えば、もちろん日系人や日本人の移民が大勢居たから協力を期待できる、という、ある種手前勝手な考えではあったのだが、同時にそうでなかったとしてもカリフォルニアを初めとした西海岸の資源は極めて魅力であった。
そして、大日本帝国の攻撃は当然、カリフォルニア州だけに降り注いだわけではなかった。同日かどうかはともかく、開戦劈頭の一両日中に攻撃対象となった地域は、主要目標だけでも十指に余る上に、その全てが多種多様な、つまりは戦力分散の愚を犯さないために練り上げられた、一大攻勢であった。その、「菊水作戦」こと「天一号」から、パナマ運河破壊作戦である「破虹作戦」こと「天十三号」までの、通称「天号作戦」は、いわばアメリカ合衆国に対する、時空を越えた復讐と言えた……。
そして、よがあけた!
太平洋艦隊の司令長官、当時は、確か誰だったか……。まあ、どうせ彼の者は処刑されるから名前は書く必要もあるまい、は、事態を知って震撼した。否、震撼や驚愕などという生易しい言葉では言い表せない程の衝撃を受けた。何せ、一夜にして合衆国が受けた被害はあまりにも多すぎた。何せ、カリフォルニア州のサンフランシスコやロサンゼルスは既に陥落し、パナマ運河は三つの閘門が全て爆砕、ハワイ基地も既に大日本帝国の軍旗が掲げられ、折角得たフィリピンもまた、現地住民に工作していたことにより総督が血祭りに上げられ、マニラの要塞群はその全てがあろうことか無血開城という有様であった。それぞれ、天一号ことカリフォルニア州占領、天十三号ことパナマ運河破壊、天八号ことハワイ諸島占領、天五号ことフィリピン占領である。そして、天号は十三号まであるわけで、つまりは大なり小なり、否、大なり大なり十三もの拠点が一度に潰されたわけだ。それは彼の者でなくとも衝撃を受けるだろう。そして、彼自身の身も、もう既に危うかった。と、いうのも、彼の存在している太平洋艦隊司令部も既に攻防戦の最中であり、数刻もしないうちに彼は虜囚となる……。
だが、そんなくらいで合衆国への受難が終わるわけが無かった。むしろこれは、合衆国滅亡までの始まりに過ぎなかった。結果的に1930年代に発明できたのが奇蹟とすら言われる核兵器を、無秩序に合衆国東海岸に、乱発したことにより終結したその戦役は、今始まったばかりであり、更に言えば第二次世界大戦によって誰も合衆国を助けるヒマが無くなることも視野に入れたそれは、まさしく絶滅戦争であった。
当時指導していた大日本帝国内閣総理大臣曰く、「復讐」らしいが、その復讐が何に対する復讐であったのか、それを知る者は本人以外誰も居なかった……。




