「渦中の人物」
昭和二十年、大正に直して五十年の頃のことである。先の大戦、といっても太平洋戦争と第二次世界大戦の両方が存在するが、その諸戦役の結果世界で唯一の一等国家となった大日本帝国の、帝国大学である研究会議が行われた。俗に言う、「戦勝研究会」である。軍部の関係者も出入りしていたその会議は、而して軍事学によるものではなく、太平洋戦争と第二次世界大戦の両方で行われた出来事を集めて、これがこうだったのではないか、という因果関係を調べ上げ、戦史を編纂してだから大日本帝国が勝てたのだ、という研究を行うためであった。
だが、皆が皆不思議がったのは、「何故勝てたのか」であった。何せ、調べ上げれば調べ上げるほど、何故この状況で大日本帝国が戦闘に勝利し得たのか、と疑問に思う場面が多すぎたのだ。まあ結果として、大日本帝国は太平洋戦争に完全と言ってもいい勝利を収めたわけだが、その経緯が不可解に過ぎたわけで、故に研究会が発足したわけだ。
一応、旧国際軍事裁判所にして現在は桑港県と称されるサンフランシスコに現在は占領軍政府顧問として赴いているある人物が要所で働いたことによって勝利し得たことまでは把握できたのだが、では今度は何故その人物がその行動を行った結果大日本帝国が勝利したのか、といったように段階を踏んで研究と調査を行えば行うほど、ドツボにはまっていくからだった。
先の見えない迷路に閉じ込められた研究者は、しきりに頭に「?」を浮かべながら、その「人物」に取材をして、その「人物」も快く答えてくれたのだが、何故その「人物」がその行動を行うのか、そして行った理由などを、彼自身は事細かに説明してくれたのだが、同じ日本語を使っていても、なお解らなかったからだ。
そして、青息吐息で研究者が足かけ七年から十年は掛けて編纂したその研究論文は、一般公開されたわけだが、誰にも理解できなかった。まあ、研究者ですら事実関係と研究結果を記述していても、誰も完全には理解できなかったのだから当然と言えば当然なのだが。
そして、当の渦中の「人物」はと言えばだが……。




