第4話:召喚を歪めた者
夜が明けても、帝都はまだ灰の匂いに包まれていた。
戦闘の爪痕、焼けた石畳、焦げた風。
昨日の騒動が夢ではなかったことを、街全体が物語っていた。
黒羽真守は研究塔の屋上で、風を受けていた。
胸の紋章は静かに沈黙し、まるで眠っているようだ。
「……結局、“灰の男”は消えたまま、か」
その声に応えるように、扉が開いた。
入ってきたのはエリシア。
いつものローブの上に、薄い鎧を着けている。
「あなた、まだ眠っていなかったんですか」
「寝たら、変な記録が夢に混ざりそうで」
「夢と現実の区別くらい、まだありますよね?」
「多分」
「“多分”が増えてきましたね」
軽口を交わしながらも、エリシアの表情はどこか固い。
「何か、気になることでも?」
「……昨夜、記録神殿の封印を調べました。
あの召喚陣、やはり改竄されていました」
真守は息を呑んだ。
「つまり、俺がこの世界に来たのは――」
「誰かが意図的に、“あなた”を呼んだ。
光の勇者ではなく、“記録の勇者”を」
風が止む。
沈黙の中で、二人の視線がぶつかった。
「……心当たりは?」
「あると言えばある。“観測者”と呼ばれる存在です」
「観測者?」
「神々が消えた後も、世界の“記録”を維持していた者たち。
帝国では“神代の残響”と呼ばれています。
彼らは、神の意志を模倣しながら世界を“修正”している」
「……つまり、世界そのものの“編集者”みたいな連中か」
「そう。問題は――彼らが何を“書き換えよう”としているのか」
その瞬間、塔の下から警鐘が鳴り響いた。
赤い光が夜空を裂く。
「魔導研究区、炎上中! 侵入者発見!」
エリシアが剣を抜く。
「真守、行きますよ!」
「はいはい、こうなると思ってました」
研究塔地下。
焦げた壁の間を抜けると、そこには一人の黒衣の人物が立っていた。
顔は仮面に覆われ、瞳だけが紅く光っている。
「“観測者”か?」真守が言う。
「正確には、“観測体”。観測者の端末だ」
声は機械的で、どこか無機質。
「目的は?」
「修正だ。この世界の“記録”は歪んでいる。
本来なら、光の勇者が召喚されるはずだった」
「じゃあ、なんで俺なんだ」
「お前の記録が“上書き可能”だったからだ」
「……上書き、ね」
真守は皮肉に笑った。
「つまり俺は、都合のいい“空白の勇者”か」
「その通りだ。だが、空白は最も純粋な記録。
そこに何を刻むかで、世界の行方は変わる」
観測体が手を上げる。
光の線が空間に走り、数百枚の記録文字が浮かび上がる。
《召喚式改竄ログ:発動者コード=ELS073》
エリシアが息をのむ。
「そのコード……帝国の内部識別番号!?」
「まさか、内部に協力者が……!」セリアの声が通信から響く。
「そうだ。召喚の歪みは“人の手”によるものだ。
神々はもういない。歪みを作るのは人間だけだ」
その言葉の直後、光弾が飛んだ。
真守が身を翻し、剣で受け流す。
火花のような文字列が散る。
「戦闘データ、解析開始」
観測体の声が機械的に響く。
「うわ、俺またデータ取られてる!」
「黙って! 今度は私が行く!」
エリシアの杖が輝き、魔法陣が展開された。
「《雷裂槍》!」
雷が奔り、観測体を貫く。
だが、奴の身体は文字の粒となって霧散した。
「……データ保存完了。観測終了」
その言葉を残して、残骸は静かに崩れた。
静寂。
焦げた床の上で、真守が息を整える。
「……あいつ、何者なんだろうな」
「観測者は、記録を“守る”存在のはず。
けれど今のは、どう見ても“改竄”していた」
「つまり、“記録の守護者”が“記録の敵”に回ってるわけか」
「……皮肉ですね」
エリシアの声が少しだけ震えていた。
真守は剣を納めて、空を見上げる。
崩れた天井の向こうには、淡い朝の光が差していた。
「……行くしかないな」
「どこへ?」
「“観測者”の本拠地、《記録の裂け目》へ。
俺を呼んだ奴らが何を望んでるのか、確かめる」
「勝手に決めないでください!」
「だって、放っておいたらまた誰かが改竄されるでしょ?」
「……本当に、あなたは面倒ごとを拾うのが得意ですね」
「拾うというか、だいたい向こうから転がってくるんですよ」
エリシアが呆れながらも微笑んだ。
その笑みには、ほんの少しだけ安堵が混じっていた。
その夜。
真守は部屋のベッドで、静かに記録の紙を開いていた。
そこに新しい文字が浮かび上がる。
《観測体01、消滅。帝国内部改竄:未解明》
《新規記録項目:観測者/神代残響》
《同行者:エリシア=リュミエール/セリア=アークレスト》
《旅路開始予定:翌朝》
「……ゲームのクエストログかよ」
彼は小さく笑った。
胸の紋章が、わずかに光を放つ。
その光の奥から、微かな声が聞こえた。
《記録を、続けよ。
この世界が、思い出されるその日まで》
「……了解。神様、監督厳しいですね」
窓の外には、まだ赤い月が浮かんでいた。
夜風が、記録の紙を静かにめくる。
その一枚に、誰かが書いたような筆跡が残っていた。
《――観測開始。第二の勇者、確認。》
作者からしても皮肉感が強い感じがします。
これからどうなるのか、、、、




