第3話:記録の神、目覚める夜
夜の帝都は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
月は黒く染まり、雲の隙間から鈍い光を落としている。
黒羽真守は、城の一室で一人、机に広げた羊皮紙を眺めていた。
そこには、見慣れぬ文様が浮かんでいる。
胸の紋章と同じ――“記録の神”の印。
「……昨日の戦いの記録が、勝手に書き込まれてる?」
羊皮紙は、真守の手に触れた瞬間に淡く光った。
《灰穿槍・再現成功率:96%》
《記録保存:敵性存在“灰の男” 識別名未確定》
「うわ、まるで戦闘データログだな……神様の力って意外と理系」
扉の外でノック音。
「入っていいですか?」とエリシアの声。
「もちろん。むしろ歓迎です。独りだと脳内ナレーションが暴走します」
「何ですかそれ」
彼女は呆れ顔で入ってきたが、すぐに紙の光に気づいた。
「……それ、紋章の反応ですね」
「ああ。どうも“戦いの記録”が自動で保存されてるみたいで。
でも俺、これを開くたびに少しずつ記憶が抜けてる気がするんだ」
エリシアの表情が強ばった。
「まさか、“記録の神”の力が――あなたの記憶を代償にしてる?」
「だとしたら、すごく嫌な設計だな。
“記録するたびに忘れる”とか、受験で使えないタイプの能力じゃん」
「……深刻なんですけど」
「いや、笑わないと本当に怖いんですよ」
真守は肩をすくめた。
その瞬間――窓の外で、雷鳴が響いた。
黒い月が強く光る。
帝都の空気が、ひとつ、重く沈んだ。
深夜、帝国の地下神殿。
セリアに呼び出された真守とエリシアは、地下へと続く階段を下りていた。
「こんな時間に呼び出すなんて、ただ事じゃないですね」
「……“灰の男”に関する情報が入ったのです」
松明の明かりが、石壁に揺れる。
やがて辿り着いたのは、巨大な石扉の前。
扉の中央には、真守の紋章と同じ文様が刻まれていた。
「ここは“記録の神”を祀る最古の聖域です」
セリアが静かに言う。
「かつて、この地に神々が在した時代――“記録の神”だけは最後まで消えなかった。
すべての出来事を、最後の瞬間まで“書き残す”ために」
「なるほど……つまり俺は、“ログ神”の後継者か」
「名前の軽さを何とかしてほしいです」エリシアが即ツッコミを入れた。
セリアが手を伸ばす。
「真守。あなたの紋章で、この扉を開けてください」
真守は深呼吸し、掌を扉の文様に重ねた。
光が走り、地面が震える。
低い音を立てて扉が開く――
奥から冷たい風が吹き抜けた。
そこには、無数の石板が浮かんでいた。
それぞれに、過去の戦争、災厄、英雄たちの名が刻まれている。
その最奥、黒い霧の中に――灰の男が立っていた。
「……来たか、“記録の器”よ」
「また出たな、灰色エモいマン」
「お前、相変わらず名前をつけるのが下手だな」
男が一歩踏み出す。
その背後、霧の中から声が響いた。
《記録の継承者、確認。――欠落データ、修復を開始します》
真守の頭の中に、無数の光景が流れ込む。
戦火、血、祈り。
そして、自分と同じ顔をした“誰か”が、神殿で剣を振るっている映像。
「……これ、俺……?」
「そうだ」
灰の男が呟く。
「お前は“初代記録の神”の記憶を受け継ぐ、第二の器。
そして――俺は、最初の“勇者”だ」
「勇者……?」
「神々が消えた時代、俺は“光の勇者”として召喚された。
だが、記録の神に触れたことで、世界の理そのものを知ってしまった。
その結果、俺は“灰”になった――記録にも、存在にも残らぬ亡霊として」
真守の胸が痛む。
言葉ではなく、本能で理解した。
――この男の中には、自分が“なっていたかもしれない未来”が眠っている。
「お前が再び召喚されたのは、俺を“上書き”するためだ。
だが、記録は繰り返す。神は同じ過ちを何度も保存する」
男が槍を構える。
同時に、真守の紋章が勝手に光り出した。
《記録暴走:発動》
《抑制不能。記録空間展開》
世界が反転する。
床も壁も消え、無数の文字列が空間を埋め尽くした。
光と闇の中で、真守の意識が溶けていく。
「……これ、やばいやつでは!?」
「真守!」エリシアの声が遠くに聞こえる。
《記録の統合を開始します》
光が収束し、真守の背に白い羽のような陣が広がる。
目の中に、世界のあらゆる情報が流れ込んでくる。
――過去の戦争、未来の崩壊、神々の消滅。
彼はそのすべてを見た。
そして理解した。
“神々は死んでいない”。
彼らはただ、“記録の中に保存されている”だけだ。
「……だから、この力が俺に?」
灰の男が、目を細める。
「気づいたか。“記録”は救いであり、呪いだ。
その力をどう使うか――それを決めるのが、次の勇者だ」
槍が光を放つ。
真守もまた、剣を構える。
「なら、俺は選ぶ。
――“忘れられた記録”ごと、この世界を救ってやる」
二人の光が衝突し、空間が砕けた。
静寂。
気がつけば、真守は再び神殿の床に倒れていた。
セリアとエリシアが必死に呼びかけている。
「真守! しっかりして!」
「……あー、はい、生きてます。多分」
「“多分”じゃ困ります!」
真守はゆっくりと体を起こした。
胸の紋章は、穏やかな光を放っている。
「記録の神……まだ、全部は思い出せないけど。
この力の“根っこ”が見えた気がする」
「どういうことです?」
「“記録”は、失われたものを“再現”する力。
でも、それはただの模倣じゃない。“想い”をも再現できる。
つまり――“亡くした人の祈り”も、形にできるかもしれない」
セリアは目を見開いた。
「それが本当なら……神々が消えた理由すら、記録から辿れる……!」
エリシアが静かに言う。
「でも、代償はあなたの記憶。全部を使えば、あなた自身が――」
「……そうかもしれませんね」
真守は笑って、立ち上がった。
「けど、それでもいい。
誰かが“世界を思い出す”きっかけになるなら、
俺は“記録の勇者”として、この世界を書き残しますよ」
黒い月が、静かに形を変える。
そこには、うっすらと“光の輪”が浮かんでいた。
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