表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第3話:記録の神、目覚める夜


夜の帝都は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 月は黒く染まり、雲の隙間から鈍い光を落としている。


 黒羽真守は、城の一室で一人、机に広げた羊皮紙を眺めていた。

 そこには、見慣れぬ文様が浮かんでいる。

 胸の紋章と同じ――“記録の神”の印。


「……昨日の戦いの記録が、勝手に書き込まれてる?」


 羊皮紙は、真守の手に触れた瞬間に淡く光った。


《灰穿槍・再現成功率:96%》

《記録保存:敵性存在“灰の男” 識別名未確定》


「うわ、まるで戦闘データログだな……神様の力って意外と理系」


 扉の外でノック音。

「入っていいですか?」とエリシアの声。


「もちろん。むしろ歓迎です。独りだと脳内ナレーションが暴走します」

「何ですかそれ」


 彼女は呆れ顔で入ってきたが、すぐに紙の光に気づいた。

「……それ、紋章の反応ですね」

「ああ。どうも“戦いの記録”が自動で保存されてるみたいで。

 でも俺、これを開くたびに少しずつ記憶が抜けてる気がするんだ」


 エリシアの表情が強ばった。

「まさか、“記録の神”の力が――あなたの記憶を代償にしてる?」


「だとしたら、すごく嫌な設計だな。

 “記録するたびに忘れる”とか、受験で使えないタイプの能力じゃん」


「……深刻なんですけど」


「いや、笑わないと本当に怖いんですよ」


 真守は肩をすくめた。

 その瞬間――窓の外で、雷鳴が響いた。


 黒い月が強く光る。

 帝都の空気が、ひとつ、重く沈んだ。


 深夜、帝国の地下神殿。

 セリアに呼び出された真守とエリシアは、地下へと続く階段を下りていた。


「こんな時間に呼び出すなんて、ただ事じゃないですね」

「……“灰の男”に関する情報が入ったのです」


 松明の明かりが、石壁に揺れる。

 やがて辿り着いたのは、巨大な石扉の前。

 扉の中央には、真守の紋章と同じ文様が刻まれていた。


「ここは“記録の神”を祀る最古の聖域です」

 セリアが静かに言う。

「かつて、この地に神々が在した時代――“記録の神”だけは最後まで消えなかった。

 すべての出来事を、最後の瞬間まで“書き残す”ために」


「なるほど……つまり俺は、“ログ神”の後継者か」

「名前の軽さを何とかしてほしいです」エリシアが即ツッコミを入れた。


 セリアが手を伸ばす。

「真守。あなたの紋章で、この扉を開けてください」


 真守は深呼吸し、掌を扉の文様に重ねた。

 光が走り、地面が震える。


 低い音を立てて扉が開く――

 奥から冷たい風が吹き抜けた。


 そこには、無数の石板が浮かんでいた。

 それぞれに、過去の戦争、災厄、英雄たちの名が刻まれている。

 その最奥、黒い霧の中に――灰の男が立っていた。


「……来たか、“記録の器”よ」


「また出たな、灰色エモいマン」

「お前、相変わらず名前をつけるのが下手だな」


 男が一歩踏み出す。

 その背後、霧の中から声が響いた。


《記録の継承者、確認。――欠落データ、修復を開始します》


 真守の頭の中に、無数の光景が流れ込む。

 戦火、血、祈り。

 そして、自分と同じ顔をした“誰か”が、神殿で剣を振るっている映像。


「……これ、俺……?」


「そうだ」

 灰の男が呟く。

「お前は“初代記録の神”の記憶を受け継ぐ、第二の器。

 そして――俺は、最初の“勇者”だ」


「勇者……?」


「神々が消えた時代、俺は“光の勇者”として召喚された。

 だが、記録の神に触れたことで、世界の理そのものを知ってしまった。

 その結果、俺は“灰”になった――記録にも、存在にも残らぬ亡霊として」


 真守の胸が痛む。

 言葉ではなく、本能で理解した。

 ――この男の中には、自分が“なっていたかもしれない未来”が眠っている。


「お前が再び召喚されたのは、俺を“上書き”するためだ。

 だが、記録は繰り返す。神は同じ過ちを何度も保存する」


 男が槍を構える。

 同時に、真守の紋章が勝手に光り出した。


《記録暴走:発動》

《抑制不能。記録空間展開》


 世界が反転する。

 床も壁も消え、無数の文字列が空間を埋め尽くした。

 光と闇の中で、真守の意識が溶けていく。


「……これ、やばいやつでは!?」

「真守!」エリシアの声が遠くに聞こえる。


《記録の統合を開始します》


 光が収束し、真守の背に白い羽のような陣が広がる。

 目の中に、世界のあらゆる情報が流れ込んでくる。


 ――過去の戦争、未来の崩壊、神々の消滅。


 彼はそのすべてを見た。

 そして理解した。


 “神々は死んでいない”。

 彼らはただ、“記録の中に保存されている”だけだ。


「……だから、この力が俺に?」


 灰の男が、目を細める。

「気づいたか。“記録”は救いであり、呪いだ。

 その力をどう使うか――それを決めるのが、次の勇者だ」


 槍が光を放つ。

 真守もまた、剣を構える。


「なら、俺は選ぶ。

 ――“忘れられた記録”ごと、この世界を救ってやる」


 二人の光が衝突し、空間が砕けた。


 静寂。

 気がつけば、真守は再び神殿の床に倒れていた。

 セリアとエリシアが必死に呼びかけている。


「真守! しっかりして!」

「……あー、はい、生きてます。多分」

「“多分”じゃ困ります!」


 真守はゆっくりと体を起こした。

 胸の紋章は、穏やかな光を放っている。


「記録の神……まだ、全部は思い出せないけど。

 この力の“根っこ”が見えた気がする」


「どういうことです?」

「“記録”は、失われたものを“再現”する力。

 でも、それはただの模倣じゃない。“想い”をも再現できる。

 つまり――“亡くした人の祈り”も、形にできるかもしれない」


 セリアは目を見開いた。

「それが本当なら……神々が消えた理由すら、記録から辿れる……!」


 エリシアが静かに言う。

「でも、代償はあなたの記憶。全部を使えば、あなた自身が――」


「……そうかもしれませんね」

 真守は笑って、立ち上がった。


「けど、それでもいい。

 誰かが“世界を思い出す”きっかけになるなら、

 俺は“記録の勇者”として、この世界を書き残しますよ」


 黒い月が、静かに形を変える。

 そこには、うっすらと“光の輪”が浮かんでいた。


読んでくださりありがとうございます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ