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第2話:灰の反徒と、沈黙の皇女


 夜明けの光が、帝都ルシエルを照らしていた。

 昨日の戦闘の跡が街のあちこちに残り、煙がまだ漂っている。

 黒羽真守は、帝国城の医務室で目を覚ました。


 硬いベッド、白い天井。

 肩と腕に包帯が巻かれている。

 あの戦いの最後に、魔力を使いすぎて気絶したのを思い出した。


「……寝起きから異世界。慣れたくない生活だな」


 ぼそっと呟いた瞬間、扉が開いた。

 入ってきたのは、昨日の銀髪の魔導士――エリシア。

 相変わらず整った顔立ちだが、目の下に少しクマができている。


「おはようございます、真守さん。体の具合は?」

「うーん、筋肉痛と倦怠感と、あと……多分寝違え。

 トータルで“生きてるだけで偉い”って感じです」

「冗談を言えるなら大丈夫そうですね」


 エリシアは微笑んで、机の上に置かれた果実水を差し出す。

「昨夜の件で、帝国はあなたを“救世の勇者”として正式に認定しました」

「……僕、昨日は爆発とギャグで救ってましたけどね」

「結果的に敵を退けたのです。文句を言う人はいません」


 彼女は少し声を落とした。

「ですが――召喚の“ズレ”について、上層部が調査を始めました。

 本来召喚されるはずだった“光の勇者”ではなく、あなたが現れた理由を」

「なるほど、異世界のバグ調査か。僕のせいじゃないといいけど」


 エリシアが何かを言いかけた時、扉の外から兵士の声が響いた。


「――第一皇女殿下、入室!」


 扉が静かに開く。

 入ってきたのは、金色の髪を揺らす一人の少女だった。

 白銀のドレス、背筋の伸びた立ち姿。まるで光そのもののような存在感。


「あなたが……異界の召喚者、黒羽真守ですね」


 透き通る声が響く。

 真守は一瞬で眠気が吹き飛んだ。

 彼女の瞳には、威厳と冷静、そして――どこかの迷いがあった。


「ルシエル帝国第一皇女、セリア=ルシエルです。あなたを呼んだのは我々。

 けれど、その召喚は……本来の予定ではありませんでした」


「ええと……つまり、“召喚ミス”ですね」

「端的に言えば、そうです」


 皇女は眉をひそめた。

「“光の勇者”を呼ぶはずの儀式で、なぜ“記録の神の紋章”保持者が現れたのか。

 その背後には、何者かの干渉がある可能性が高い。

 ――あなたは、狙われています」


「召喚されて一晩で命の危険。

 これ、異世界ブラック企業の最速記録じゃないですか」


 エリシアが思わず吹き出す。

「……真守さん、深刻な話なんですから」

「いや笑っとかないとメンタル壊れますよ」


 セリアは小さくため息をついた。

「……変わった方ですね。けれど、嫌いではありません」


 昼過ぎ。

 真守はエリシアの案内で城の訓練場に立っていた。

 兵士たちが木剣で模擬戦を行う中、真守は借り物の黒い剣を手にする。


「力の制御を試しましょう」

「また爆発したらどうします?」

「……その時は、私が責任を取ります」

「死亡保険つき勇者契約ってやつですね」


 エリシアは苦笑した。


 真守は深呼吸し、剣を構えた。

 胸の紋章が淡く光り、視界に陣式が浮かぶ。


《再現:斬風》


 空気が震え、風の刃が的を切り裂く。

 見事な一撃だった。

 しかし次の瞬間、頭の奥で“記憶の欠片”が剥がれ落ちる感覚がした。


(……また、誰かの顔が消えた)


 それが妹だったのか、友人だったのか。もうわからない。

 エリシアが心配そうに覗き込む。

「大丈夫ですか?」

「……はい。まあ、慣れるしかないんで」


 彼は笑って見せた。

 けれどその笑顔の裏で、少しずつ心が削れているのを感じていた。


 その時、遠くから鐘の音が響いた。

 訓練場の上空に、黒い煙が上がる。


「――敵襲です! 灰の反徒が再び!」


 兵士の叫びに、真守は剣を握り直した。

 セリアが駆けつける。

「真守、すぐに避難を!」

「いや、ここで逃げたら“勇者(仮)”の名がすたるでしょ」

「勇者(仮)って……」


 彼は笑いながら、燃え上がる城門へと走る。


 城外――。

 黒い外套の男たちが群れをなし、魔法弾を放っていた。

 その中心に、一人の男が立つ。

 右目を仮面で覆い、灰のような髪を風に揺らす。


「記録の神の紋章……やはり、召喚されたか」


 その声に、真守は足を止めた。

「お前、誰だ?」

「名乗るほどの者ではない。……だが“かつてお前を知る者”だ」


「え、知り合い!? 僕、異世界初日なんですけど!」


 男は笑った。

「記憶を失ったか。なるほど、ならば試す価値はあるな」


 灰の魔力が渦を巻く。

 男の手に黒い槍が生まれた。


「――《灰穿槍アッシュ・ランス》!」


 空気が震える。

 真守は反射的に胸の紋章を起動させた。


《記録開始:灰穿槍》


「お前の技、ちょっと拝借」


 手の中に、灰色の光が凝縮する。

 真守は笑いながら同じ術式を展開した。


「――《再現・灰穿槍》!」


 両者の槍が衝突し、爆炎が辺りを包む。

 石畳が砕け、空気が歪む。

 だがその中で、真守の瞳は冷静だった。


「……お前、俺の記憶に何か知ってるな」

「“かつての君”を知っている。だが、今は語る時ではない」


 灰の男は後退し、霧のように消えた。


 残されたのは、静まり返った戦場と、焦げた地面だけ。


 戦闘が終わり、夕暮れ。

 セリアとエリシアが駆け寄る。


「真守! 無事なの!?」

「まあ、身体は元気。でも頭の中がスッカスカです」

「まさかまた記憶が……?」

「うん、今朝の朝食、何食べたかも忘れました」


 エリシアが思わずツッコむ。

「それは単に忘れっぽいだけでは!?」

「いや、僕にとっては大事件です」


 セリアは呆れたようにため息をつき、それでも微笑んだ。

「あなた、本当に不思議な人ですね。

 異界から来て、命を懸けて戦って……それでも笑っていられる」


 真守は少しだけ視線を落とした。

「笑ってないと、崩れそうになるんですよ。

 だからまあ、笑って誤魔化してるだけです」


 彼の胸の紋章が、淡く脈打つ。

 まるで何かを訴えるように。


「この力のこと、もっと調べないと。

 僕を呼んだ“誰か”の目的を知らない限り、帰れない」


 エリシアは小さく頷く。

「私たちも協力します。――あなたはもう、異邦人ではありません」


 セリアが手を差し出した。

 真守は少し迷ってから、その手を取る。


「じゃあ、これからよろしくお願いします。

 異世界勇者・黒羽真守(研修中)です」

「肩書がどんどん増えていきますね……」

「昇進早いタイプなんで」


 三人の笑い声が、夕暮れの城に響いた。

 しかしその夜、帝都の上空で――黒い月が静かに輝き始める。


 “記憶の神”の紋章が光るとき、

 封印された記録が一つ、目覚めようとしていた。


読んでくださりありがとうございます!!

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