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第二話 狐花

―みんなー、ありがとー! だーいすきだよーっ!


最高潮のままステージは終わりを迎えた。

紙吹雪が舞う中、センターで両手を振る少女。

今、話題沸騰中の新人アイドル歌手、水島セナ。

ギター片手に自宅で撮った歌動画をU-tubeに上げたのがきっかけだった。

ひときわ伸びやかな声と、見る者を引き込む独特の雰囲気が、ある人物の目に留まった。


――芸能事務所の女社長。

彼女はセナにとってもう一人の母親のような存在だった。


田舎から出てきたばかりのセナに、優しく、時に厳しく、

芸能界という荒波を乗り越える力をくれた。

その想いがあったからこそ、セナは今日も全力で歌い、踊った。

社長のために、そして自分の夢のために。


大歓声に包まれたライブ終了後の楽屋。

セナはまだ息が整わないまま、笑顔でスタッフに礼を言い、タオルで汗を拭っていた。


「セナさん、最高のステージでした!」

「ありがとう。みんなのおかげだよ」


タオルで汗を拭きながら、ドリンクを手に取る。


「セナ!」


そこに飛び込んできたのは、セナのマネージャー。


「マネージャー、楽屋に入る時はノックっていつも」

「セナ……。落ち着いて聞いてくれ。……社長が、亡くなった」

「え……?」

その言葉に、ステージの余韻は一瞬でかき消えた。


報道:『芸能事務所の女性社長殺される。犯人は所属女優のファンか?逆恨みによる暴走』


ーーーーー


マサが広げた新聞の片隅に、その事件の記事が載っていた。


「……オタクの暴走じゃ、俺たちの仕事にはなりそうにねぇな」


油のはぜる音と、ソースの香り。

マサのぼやきに、主哉は黙って一つたこ焼きを口に放り込む。


「いや……この事件、簡単には終わらねえかもな」

「へぇ、珍しいね旦那がそう言うの」

「…長年の刑事の感さ」

「すげぇな、仕事サボってたこ焼き食ってるだけにしか見えねぇのにな」


マサが意外そうに主哉を見る。

主哉は返事をせず、新聞の小さな文字に目を落とした。


『警察は事務所関係者からも事情聴取を進めており、人気アイドル・水島セナの名前も……』


「どうしたんだい旦那」

「……ちょっと昔のことを思い出しただけさ」


口元に苦い笑みを浮かべる主哉。

6年前、ある事件で出会った少女。その少女こそが・・・セナだった。


ーーーーー


深夜、占見野神社。


セナが社務所の奥にある、神主の部屋を訪れる。


「お願いです……。あたしに神威を、執行させてください」

「……それはまた、随分と強い意思ですね。まずは、落ち着いて話してください」


深く息を吸い込み、絞り出すようにセナは語り始める。


「……全部、偶然だったんです。あの日、あの人たちの会話を聞いたのは」


神主は黙って頷いた。


「先輩の……あの女優さんが言ってたんです。

“社長は、私の移籍を認めようとしない”って。

“だったらいなくなってもらうしかない”って。

でも、警察の目が自分に向かないようにするために……」


セナの声がかすかに震えた。


「……彼女、ファンの男を“利用”したんです。

愛してるって言って、何度も身体を重ねて。

“あの人を殺してくれたら、結婚してあげる”って……

そして……本当に男は殺したんです。社長を」


神主の顔に、静かな怒りのような陰が差す。


「……そこまで、ですか」

「でも全部、演技だった。

彼女、マネージャーと……恋人同士だったんです」

「……」

「そのマネージャーが、彼女を責めていました。

“あんな男に身体を許すなんて、気持ち悪い”って。

でも彼女は……笑いながら言ったんです」


セナの目が潤む。


「“私は女優よ。どんな嫌なことでも、大好きなふりして笑えるの”って」


短い沈黙があった。


「……それを、あなたは聞いてしまった」

「はい……私は、その女優に憧れてました。あんなふうになりたいって。

でも、あれが本当の姿だったなんて……」


「──それで、神威としての裁きを望むと?」


「……はい。

お願いです。私の手で、あの人たちに罰を与えたい。

……これは仕事です。私情じゃありません。

“神の矛”として、最後まで責任を果たさせてください」


神主、目を閉じてしばし考えた。


「……分かりました。

神の目と耳に事実確認をさせた上で、神託を下しましょう。

あなたが“狐花”として動く覚悟があるなら──」


セナ、深く頭を下げ「……あります」と叫んだ。


「……だから、許せないんです。あの人を」


差し出した封筒には、五六銭・・・五十六万円が入っていた。

仕送りもしながら貯めた、大切な金。

神主は封筒を受け取り、静かに頷いた。


「まずは裏取りです。あなたも“神の矛”なら分かるでしょ。

…疑わしきは罰せません」


「……はい。ご連絡、お待ちしています」


去り際、セナの背中に目を細める神主。

「さて、どうしたものか……」


ーーーーー


スナック『くれない』の奥の個室。


神主、主哉、黒江が顔を揃えていた。


6年前――


セナと主哉が出会ったのは、芸能事務所と暴力団の癒着事件だった。

拳銃密売ルートに関する仕事中、目撃者としてセナを消すべき状況になった。

だが15歳の少女を殺すことはできず・・・主哉は掟にある唯一の例外を思い出す。


「仲間にしたなら、処分しなくていい。確かに……苦肉の策だったけど。

偶然しちゃったのよね、殺し…でも、神様のいたずらだったのかしら。

あの子の殺しの腕は、歌と同じくらい一級品だったのよね」と黒江。


主哉は呟く

「……他に道はなかった。あの時、彼女を救うには」


神主は言う。

「本当は私の胸の中におさめても良かったのですが。

なにせ神はどこからでも見ています。

私が良くても他の神が何と言うか。神の目はどこにでもあるのです」


「別に最初から仕事をさせる気なんてなかった。

ほとぼりが冷めたら、自由にしてやるつもりだったさ……」


セナのデビューが決まったのは、その事件のすぐ後。

彼女の監視役として黒江は、自身の働き蜂を一匹、マネージャーとして送り込んだ。

裏の顔は覆面の恨討人であり、“狐花”の偽装をした男。

セナを陰で支える、唯一無二の理解者。


「でも彼女も、もう二十一よ?」と黒江。

「そろそろ自分で決めさせたら?」


主哉は、わずかに視線を落とす。


「……俺は今でも、セナには足を洗ってもらいたいと思ってるよ。

今回の件は、特にそうだ。『私怨』だろ?

金を払って、自分で殺す──そんなのがまかり通ったら、俺たちの“神威”はただの復讐屋だ。」


それでも、神主は静かに言った。

「彼女に、今回の仕事を任せてみましょう」


神主の言葉に主哉が眉をひそめる。


「私怨にとらわれ水島セナとして復讐するか。

私怨を捨て、狐花として神威を行うか。

だからこそ、試されるのです。彼女が“狐花”であることを。

主哉、君にその見極めを頼みます」


「あまり気が乗らねぇが……でも裏取りや支援はどうする。

裏取りをするってっことは狐花の正体にも近づくってことだぜ。

それに実行犯は檻の中だぜ、それはさすがに俺でも手はでせねえよ」


「しょうがないねぇ、そっちは私に任せな」と黒江。


「……しょうがねぇ。百眼にでも相談してみるか」


ーーーーー


照明が落ち、拍手に包まれながらセナが舞台袖に引き下がる。


「セナちゃん、お疲れさま!」

「いいえ、こちらこそ。

皆さんありがとうございました!」


楽屋に戻り、扉が閉まる──瞬間、笑顔が崩れる。


無言で化粧台の前に座るセナ。汗をタオルで拭きながら、無表情。


テーブルの上に置かれた新聞に目をやる。


《芸能事務所社長、刺殺される──ファンの男による犯行か》

見出し下には、黒縁で囲まれた社長の顔写真と、「容疑者は供述を拒否」の文字。


「……全部、知ってる。あんたが、やったんでしょ」


新聞を握りしめる手が小刻みに震える。


ふと、背後の鏡越しに自分の顔が映る。


…そこにはアイドルではなく、“殺意”を宿した目の女がいた。


ーーーーー


神主の計らいで、離れに用意されたPC室。

電子の眼、神の目:百眼の隼人がノートPCに目を走らせていた。


「水島セナが“狐花”ってことでしょ? うん、知ってたよ」


開口一番に言われ、主哉は舌打ち。


「……なんで知ってやがる」


「僕に“百眼”って名前つけたのおじさんたちでしょ?

なんで僕が知らないと思ってたの?」


モニターに映る無数のカメラ映像。


「防犯カメラに、スマホや企業サーバーまで。

ネットに繋がってる限り、僕に手に入れられない情報なんて、ほとんどないよ。

おじさんたちが必死で隠そうとしてたの、むしろ笑っちゃった。

黙ってたんだよ……ほら、僕って空気読める系男子だからさ」


ーーーーー


隼人の声が、スナックの個室にこだました。

「――あの男、結構頭がキレて用心深いね」

隼人の指は端末の画面を操りながら止まらない。

明かりを落としたモニターに、無機質なファイル名が並ぶ。

「クラウドに暗号化して動画ファイルが置いてあったよ。

多分、女優に“絶対証拠は残すな”って言われてたんだろうけど

……言質を取りたかったんだろうね。隠しカメラで行為中はもちろん、

“出所したら結婚してあげる”ってセリフまで、ばっちり入ってた」


主哉が黙って腕を組む。隼人はもう一つファイルを開いた。


「あと、チャットのログが運営会社のサーバーに残ってた。

男に連絡取って、女優に会わせる段取りしてたの、マネージャーで間違いないね。

やっぱりこいつら、全部グルだった」


主哉が深く息を吐く。

「……十分すぎるほどの裏取りだな。よくやった、百眼」


「どーも。とりあえず、この件の仕事が終わったら、

手に入れた証拠関係、ゴシップ誌に送っておくよ。

きっと社会が、彼女たちのこと抹殺してくれると思うからね」


ーーーーー


静まり返った夜の住宅街。

煌々と灯るマンションの前にセナはいた。

そこに立つセナの背中を、月光が照らしている。


「周辺の防犯カメラは全てハッキング完了。

でも人間の目はごまかせないからね、通行人は気をつけて」


「ありがとう……全部、終わらせるから」


彼女は深呼吸し、ドアベルを押した。


「いらっしゃい、セナちゃん」


女優は笑顔で迎え入れた。部屋の中にはアロマキャンドルが数本、淡く香りを漂わせている。


セナはゆっくりと部屋に入る。


「先輩……どうして、あんなことをしたんですか?」


「利用できるものは利用する。それだけよ。私はそうやって、ここまで来たの」


その言葉に、セナはわずかに瞼を伏せる。


「……あなたのことが大好きでした。憧れでした。でも、もう違う」


セナはポーチから小瓶を取り出し、アロマディフューザーに数滴垂らす。


香りが一気に空気を支配した。


「これは“眠り”と“従順”を引き出す香り。

あなたの最後の舞台に相応しい香りです」


女優の瞳がぼやけ、呼吸が浅くなる。

虚ろな目のまま立ち上がる女優に、セナは言葉を重ねる。


「鏡を見て驚きました。あの時、楽屋の鏡に写った私の顔は、復讐に支配されていた。

あの時、神主に矛としての使命を果たすって言っていたのに。

まだまだですね、私も。だから尊敬します…被害者の顔で罪を犯す先輩の演技力。

……さようなら、私の憧れだった人」


そして、操られるように女優は部屋を出て、ふらふらと夜の街へ。


信号のない交差点へ差しかかり、遠くから車のライトが照らし出す。


セナは、小さく呟いた。


「わたしは、あなたのようにはならない」


――衝撃音とタイヤの軋む音が、夜の帳に吸い込まれていった。


「大丈夫です。私はもう怒りに支配なんてされない。

これで良かったですか?」


返事は聞こえなかった。


ーーーーー


冷たい風が吹き抜ける屋上に、マネージャーの女が一人。

フェンスに手をかけ、空を仰いでいた。


「……もう、終わりかもね」


背後に足音。振り返れば、影が一つ。


「警察? それとも、記者かしら?」


「いいや。……地獄への案内人さ」


主哉がゆっくりと歩み寄る。


「恋人が先に地獄で待ってるってさ。早く行ってやんな」


女は、ひとつ笑った。


風が一段と強くなる中、柵の軋む音がだけが響いた。


ーーーーー


観客の大歓声が飛び交うライブ会場。


アンコールで登場したセナは、ステージ衣装ではなかった。


Tシャツにジーンズ。肩にかけたギター。

デビュー前、U-Tubeに投稿していた“あの頃”の姿だ。


「……私の、大切な人へ歌います。聞いてください、『メッセージ』」


会場が静まり返る。ギターの柔らかなアルペジオが鳴る。


特別な力なんて 欲しいと思わなかった

でも気づいたの 胸の奥 光ってたもの

それはきっと 夢を追いかけた

私が育てた 小さな強さ

叶えた夢は 胸の宝物

でもまだ終わらない この物語

光の中も 星空の下も

私は走るよ 未来の先へ


セナの歌声に、観客が聞き入る。


その後ろで、別の場所にいる隼人が、スマホの画面を見つめながら呟いた。


「聞いた? おじさん。あれ、完全におじさんへのメッセージだよ」


「“光の中も 星の下も 未来の先へ”……ってさ。

つまり、表の仕事も、裏の仕事も、彼女はこれからも続けるってことさ。

…...たぶん、もう止められないね」


歌い終えたセナは、満足そうに目を閉じた。

舞台の光の向こうに、あの人の顔が見えた気がした。

――ありがとう、わたしはまだ走り続けます。


狐花の仮面が、月明かりに一瞬だけ光を返していた。


ーーーーー


報道「次のニュースです。先日、芸能事務所社長の殺人容疑で拘留中の容疑者が

   死亡したとの発表がありました。

   死因は心不全とされ、警察関係者からの話によると事件性はないもようです」


主哉はラーメンを啜りながら、そのニュースを見ていた。


「拘置所で心不全? おいおい…………あの女、まだ“動ける”ってこったな」


黒江はカウンターでグラスを拭きながら、ふっと笑った。

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