表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

第一話 正義、届かぬ夜に

制服姿の少女が暗闇の中、男に追い詰められる。


「やめて!誰か…たすけ…」

少女の震えた声が、夜の静寂に吸い込まれる。暗闇の中、男の吐息が間近に迫る。


引き裂かれる服。

少女は必死に叫び、泣き、逃げようとするが、すぐに捕まってしまう。


翌日、警察テープの張られた現場に少女の遺体があった。


報道「本日、女子高校生が遺体で発見されました。

   警察によると、容疑者の男は目撃証言などから逮捕されましたが

   精神状態が不安定なため、精神鑑定が行われる見込みです」


裁判官「主文、被告人は心神喪失状態であったと判断され…不起訴とする」


報道。「容疑者・東条慎太郎(23)、責任能力なしと判断。不起訴」


裁判所を出た東条、笑いながらスマホで仲間に通話。

その法廷から出た東条を、泣き崩れる母親・由紀子が睨みつける。

生活安全課の刑事、本田主哉(ほんだしゅうや)は、遠くからそれを見つめていた。



晴れた日曜の午後。

家族連れで賑わう住宅街の公園。

公園の中にはドローンを操縦する双子の女子高生。

小学生たちに「すげー!」「カッケー!」と囲まれている。

その一角に、たこ焼き屋台。煙が上がり、香ばしい匂いが漂う。

陽気な声でたこ焼きを売るのは鉢巻の中年男性。

本名を知るものはいないが、まわりからはたこ焼き屋のマサと呼ばれている。


そんな公園に入ってくる主哉。

スーツのまま、ネクタイを少し緩め、マサの屋台に向かってまっすぐ歩いてくる。


マサ「へい、いらっしゃい!今日のアタリ焼き出来てるぜ」

主哉「…アタリって、何が入ってるんだ」

マサ「運命だよ。イイことがあるかもしれんし、腹壊すかもしれん」

主哉「いいから、普通のやつをくれ」


(たこ焼きを受け取って屋台横のベンチに移動する主哉。箸で一個つまみながら)


主哉「本当は…俺達がこんな、リアルでの繋がりを持っちゃいけないんだがな」

マサ「ん?何の話だい」

主哉「警察官が、頻繁に同じたこ焼き屋に通ってるってのは、不自然だって話だ」

マサ「別に、リストラされた中年サラリーマンが就活もしないでサボってるようにしか見えねえよ」


(苦笑いをする主哉)

挿絵(By みてみん)

主哉「…しかしお前さんのたこ焼き、ちょっと中毒性あるな。薬でも仕込んでないだろうな」

マサ「(吹き出しながら)うちの秘伝はな、粉にあるんだよ。あとは焼き加減とたっぷりの愛情だ」

主哉「…愛情にしては、殺意のある温度だな」

マサ「それ、旦那が猫舌なだけだ」


(近くでドローンが旋回、小学生たちが騒いでいる)


小学生たち「すっげー!何このドローン!映画みたーい!」

凛(双子姉)「(ドヤ顔)これはね、障害物自動回避型。量産タイプだけどカスタム済みなんだよ」

咲(妹)「(スマホをいじりながら)今んとこバッテリーの持ちは3時間。

    上空での静止性能は…7.5秒ズレるね」


(主哉とマサ、ちらっとその様子を見る)


マサ「…世も末だな」

主哉「…ある意味、末期だな」

マサ「けど…面白い奴らだ。俺ら全員、誰が誰か知らないまま組んでるってのが」

主哉「そのほうが都合がいい…素性を知れば守るべきものが増える」

マサ「…守ったら躊躇が生まれる、か?」

主哉「…そうだな」


(新聞を広げるマサ。その角に、犯人不起訴の記事)


マサ「例の事件、不起訴になったのか」

主哉「ああ、相手の弁護士と医者がやり手でな。

   絵に書いたようなボンボンだ、どんだけ金を積んだんだか知らねえが、

   母親の顔…憔悴しきって、見てられなかったぜ…」

マサ「…やりきれねぇな…...本当に」


(たこ焼きの最後の一個まで食べた主哉。ゴミを捨てて立ち去る。

 その背を見送るマサ)


マサ「…けったいな刑事だな、まったく」


(空に一台のドローンが飛んでいく)

ーーーーー


悪いことをすればお巡りさんが捕まえるーーそれが世の中の道理だ。


けどな、中にはその道理をくぐり抜けて、笑ってる奴らもいる。


やられた方は、泣き寝入りするしかないのか?


…いや、そうとも限らねぇ。


今も昔も裁かれぬ悪、許されぬ恨みをーー天に代わって始末する連中がいる。


本気で許さねぇ奴がいるなら、あいつらに頼んでみな。


だが忘れるなよ?


どんなに相手が地獄に落ちるべき外道でも、殺せばこっちも外道だ。


頼んだ奴も、殺った奴も、同じ穴のムジナってことさ。


…それでも涙が止まらねぇってんなら、仕方ない。


お前の流した涙、怒り、恨み。


それが金に染み込んでるならーーその重さであいつらは動く。


金額の問題じゃねぇ。


問われるのは…その“恨み”の重さだ。


ーーーーー

主哉はどちらかといえば窓際族の部類に入る。

このまま平穏な日々が続けばあと数年で定年退職。

時代が時代なら昼行灯と呼ばれていたに違いない。

だから無理に取り締まって自分から仕事を増やすようなことは極力さけていた。


今夜もいつもの夜間の見回り。


(はーっ、そろそろおでんに日本酒が飲みたい季節になってきたな)


主哉はそう思った。

しかし、自分がいかに役立たずで通していても勤務中に酒はまずいか。

せめておでんでも買って、温まりながら見回りしよう。

そう思って寄ったコンビニの駐車場にたむろする不良たち。


不良たち「おっ、本田のおっさんじゃねえか。こんな時間までご苦労さん」

主哉「お前らがちゃんと家に帰っていれば、俺はこんな事しなくてもいいんだよ。

   寒くなってきたし、帰って風呂でも入れよ。

   あと酒もタバコも俺以外の前でやんなよ、警察の世話になっちまうぞ」

不良たち「おっさんだって警察じゃないのかよ」

主哉「俺はいいんだよ。お前ら補導したって面倒くさい書類仕事が増えるだけで良いことがねぇ。

   だったら何もしないほうがお互いにとってもいいことだらけだろ」


「相変わらずだな、旦那」

コンビニの影から現れたライダースーツの男がホットコーヒー片手に主哉に近づいてくる。

「お巡りさんに迷惑かけるんじゃねぇぞ、坊主たち」


主哉「おう、戻ってたのか」


男の名はタケシ、主哉の古い知り合いである。


タケシ「先週な。古巣の空気が恋しくなってよ」

不良少年A「おっさん、このカッケーバイクの人と知り合いなの?」

主哉「昔ちょっとな。こいつ元傭兵なんだぜ」

不良少年A「まじかよ、かっけぇ」

タケシ「戦場で何百人殺したか分からんが、忘れた奴の顔だけが夢に出る。

    …なんてな、冗談だよ」

不良少年B「冗談かよ、一瞬びっくりしたぜ。

     それよりおっさん、あのバイクのシートのイラスト、イカしてんな」

タケシ「ああ、あれはなアポストールってんだ。

    右手に聖剣、左手に魔剣を持ち、

    正義の為に悪に落ち、

    悪に落ちてもなお正義の為に刃を振るう、

    悲しき漆黒の悪天使ってな」

不良たち「悪に落ちたら悪じゃねぇのかよ。悪天使ってわけわかんね」

タケシ「お前らがもう少し大人になればわかるかもな。

    その為にはきちんと学校行って勉強しろよ」

(そう言ってタケシはバイクにまたがる)

タケシ「それじゃ旦那、しばらくはこの町にいるつもりだから、

    なんかあったら声かけてくれ」

ーーーーー

東条は笑いながら夜の繁華街を歩き、再販の気配すら感じさせる。

その姿を見つけ、尾行してしまう由紀子。怯えながらも憎悪に満ちた目。

手にはスーパーで買ったと思しき野菜と一緒に、ナイフの入った紙袋。


由紀子は事件の後、SNSで東条の行動を探り、復讐の機会を探っていた。


あの時の由紀子の目から、いつかそんなことをしでかすんじゃないかと

察していた主哉も、頻繁に…ではないが彼女のことを気にかけてはいた。


物陰に隠れてその様子を見てい主哉が、背後から声を掛ける。


主哉「…その手では、切れるものも切れませんよ。

   それに、そんな事をしても娘さん喜ばないと思います」


(由紀子は、ハッとして振り向く。涙ぐんだ顔。

 手から袋が落ち、ナイフがカランと転がった)


由紀子「このままじゃ私のほうがおかしくなりそうなんです…。

    あの子は、何もしてないのに…。

    あいつは何も罰を受けていない…。

    誰があの子の無念を晴らしてくれるっていうのよ…」


主哉「罰ってのはな、他人が勝手に与えちゃいけないことになってる。

   でも、気持ちは分かります。俺も、そういう場面を何度も見てきた」


(視線を落とす由紀子)


主哉「少しだけ、話を聞かせてくれませんか?

   お嬢さんの仏壇にも手を合わせたい」


(仏壇に花が手向けられ、娘の遺影が飾られている。

 主哉は静かに手を合わせた後、湯呑みのお茶を口に運んだ)


由紀子「あの子、小さい頃から歌が好きでね。

    卒業式でもピアノ伴奏やったんですよ。

    もうすぐ音大の推薦試験だったのに…」


(少しの沈黙が流れる、そして)


主哉「…こんな言い方しかできなくてすみません。

   でも、その胸の中、少しだけ神様にも聞いてもらいませんか」


(怪訝そうな顔の由紀子)


主哉「怨みの神社ってご存知ですか。

   このまちの外れにある古い神社なんですがね。

   本当に、正当な怨みであれば、そこの神様が罰を与えてくれるそうです」


(じっと主哉を見つめる由紀子)


主哉「恨みを抱えたまま一人でいるのは、辛いです。

   でも、誰かに聞いてもらうだけでも、少し楽になることもありますよ。

   神様になら、全部さらけ出しても大丈夫じゃないですか?」


翌日、由紀子は主哉の言っていた神社を訪れた。

ーーーーー

薄暗く、苔むした占見野神社。

狛犬も欠けており、境内は荒れている。

その先にあった石碑は雨風にさらされ、かなり朽ちてはいたが

「五六銭を投げし者、神威により裁かれるべし」という碑文が見て取れた。


ちょうど神主が絵馬や藁人形を集め、お焚き上げの準備をしているところだった。


絵馬には「○○を殺して下さい」「あいつを地獄に」など生々しい怨嗟の言葉。


神主が由紀子を見て言葉をかける。

「びっくりしたでしょ。こんなのばかりなんですよ、この神社」


手に持つ最後の絵馬を置き、祝詞をあげると火を放った。

パチパチと音を立てながら火の粉となっていく絵馬や藁人形。


「すごいですよね、これほどの恨みが世の中には溢れかえっているんです。

 ……昔は『絆の神様』として信仰されていたんですよ、この神社。

 でもね、絆を踏みにじる者には神罰が落ちるとも言われていました。

 だからいつからか“恨みの神社”なんて呼ばれるようになったんですよ」


神主は続けてこう言った、

「無実を救うのが法律、有罪を裁くのがシステム。で、システムから漏れた奴らは神様の罰に任せましょう」


由紀子は財布の中からなけなしの1万円札を取ると賽銭箱へと納めた。

そして「私と娘との絆を奪ったやつに、どうか罰をお願いします…神様…」


その願いが聞き届けられたかのように、神社の何処かで風鈴が「チリーン」と一度鳴った。

ーーーーー

スマホの画面が光り、通知が流れる


(神の社:五六銭が収められた。依頼者は娘を殺された母、由紀子。

     神の目と耳によって真実を見極めよ)


隼人「了解だよ」


『神の目、百眼』隼人は情報収集能力特化の天才ハッカーである。


隼人は自身のPC数台を並列に使い、

まずは東条慎太郎のクレジットカードの使用履歴やキャッシュカードの入出金記録、

過去の通院履歴や犯罪歴など、次々とサーバーに侵入しては必要なデータを抜き取っていく。

これらの情報を整理し、データを神の耳に送った。

次には携帯会社のサーバーから事件前後のGPSの履歴を入手し、行動範囲内にある防犯カメラを片っ端からハックして当日の実際の行動を明るみにしていく。

そしてクラウド経由でスマホの中に侵入し、写真や動画など片っ端からファイルを解析。


作業開始から数時間、隼人は「やっぱ真っ黒、こいつ三人目じゃん」と呟いた。


『神の耳、百識』黒江はクラブを運営する繁華街の古参である。

自身が「働き蜂」と称する情報提供者を幾人も囲っており

夜の街のことで彼女の耳に入らぬことはないと言われる情報屋でもある。


隼人から届いたデータと自分の持つ情報に整合性を見ていく。


そして…


(神の社:神の耳から確認事項、ターゲットは一人でいいのよね?)


(神の社:神の目からコール。グループトーク申請)


主哉「で、なんか分かったのか?」

隼人「真っ黒だったよ。前科もあり、確定だね。

   かなりの猟奇的思考の持ち主だよ。今四人目のターゲット探してる」

黒江「それなんだけど、ターゲットは本当に一人でいいのよね」

神主「どういうことです?」

黒江「あの事件の日、犯行前の時間には仲間と3人でいたみたいなんだけど」

隼人「それ僕も気になってた。防犯カメラの映像に3人で歩く姿が写ってた」

神主「その仲間二人の身元は分かっていますか?」

黒江「ターゲットの高校からの悪友みたい。東条と違って浪人せずに現役合格、今は大学生」

隼人「了解ちょっとまって、今その二人も探ってみるよ」

マサ「頼むぜ、疑わしきは罰せないってのが掟だからな」


スマホの画面の奥からキーボードを叩く音が聞こえる。

そして数分後…


隼人「今、クラウド経由で仲間二人のスマホに侵入してるんだけどさ

   仲間の一人のスマホの中に当日の犯行中の動画が残ってる。

   殺害の瞬間までは流石に写ってないけど、行為中の映像と、三人の顔まではっきり」

主哉「どうする元締め。俺は二人も同罪だと思うぜ」

黒江「でも依頼は一人なんでしょ?」

神主「神に意を問いてみた結果、神託がありました。

   対象は東条慎太郎他、仲間二人。ここに神威を発動します」

マサ「いや元締め、待ってくれ。さすがに俺と主哉で三人はきつい」

主哉「そういや、ツヨシのやつが戻ってきてるんだ。

   あいつに助っ人頼もう」

隼人「スマホの動画は僕の方で削除しとくよ、母親の目に入れさせるわけにはいかないし。

   他に画像とかも残ってないかどうか身辺探ってみる。

   娘さんを二度目の死に追いやるわけにもいかないからね。

   ネットに流出してないかどうかも確認してみる」

主哉「一応そのデータ、匿名で警察にも送っといてくれ。

   表の世界でもきっちり罪を負わせてやらんとな。死で終わりにはさせねぇ」

神主「決まりましたね、各人神威の準備を」

「「「「「了解」」」」」

ーーーーー

「どうしたんだ旦那、突然の呼び出しなんて」

バイクにまたがったまま、ヘルメットのフェイスガードを上げるタケシ。

主哉はおもむろに「仕事の手が足りない、助っ人を頼みてぇ」と呟く。

「別に俺は構わないが、いいのかい?突然こんな素性の知れない男をいれても」

「今更だろ。いくら身元不明でも、かつてのメンバーだ。

 もしもおまえが悪人なんだとしたら、今頃神の裁きで地獄に落ちてるだろうよ」

「この世界が、半分地獄のようなもんだけどな」


(メンバーに復帰したタケシのスマホに『神の社』アプリがインストールされた)


「そのアプリな、先代が開発した、新しい時代に動く俺達の、新しい時代に対する武器だそうだ。

 絶対にスマホから消すんじゃねぇぞ」


(スマホから声が聞こえる)


凛「ハイハーイ、新しいお仲間さんはじめまして。

  私は神の目・天眼だよ。いま上空からその周辺を現場監視中」

咲「はじめまして、真眼です。

  私の自立ドローン10機が、天眼と一緒に通行人を見張ってるよ」

隼人「百眼です、周辺の防犯カメラは全てハッキング済み。

   でもドラレコは妨害できないからね、それだけは気をつけて」

黒江「久しぶりだねタケシ。また一緒に仕事するなんて思ってなかったよ。

   今は仕事中、百識って名乗ってるの。名前で呼んじゃだめだよ」

主哉「俺の事は仕事中は影打(かげうち)って呼んでくれ。

   で、お前の名前は闇糸(やみいと)だ、忘れんなよ」

マサ「俺は鋭針(えいしん)だ。もっかたこ焼き屋台営業中だからよ。

   できればこっちに一人誘導してくれ」

隼人「三人は現在、いい感じでヨッパライ中。

   鏡花って店なんだけど。百識、なんとかして店から追い出せる?」

黒江「鏡花ね、了解。私の働き蜂一匹飛ばしてなんとかしてみる。

   後、誘導するのにも何匹か飛ばすね」

凛「闇糸さん。あなたの技、影打から聞いてるよ。

  仕事に使えそうな場所、近くに解体工事中の廃ビルがあるから誘導するね」

タケシ「これが新しい時代に合わせた仕事の仕方か。

    昔とだいぶ変わっちまったな。

    ま、足を引っ張らないように頑張るとしますか」


女子高生に連れられて店から出てくる三人。

彼女は百識の買う働き蜂の一匹で、童顔低身長を武器に情報を集めるロリ担当工作員だ。

そこに追加で放たれた二匹の働き蜂、清楚メガネお嬢様と金髪ギャルが合流。


うまく三人をバラけさせて、それぞれの場所へ誘導していく。


鋭針ー

「こっちに美味しい屋台があるんだよ」と

金髪ギャルに連れられてやってきた仲間の一人。

「いまおすすめの美味しいの買ってくるからチョット待ってて

 その後であなたのお部屋行こ」

男をベンチに座らせると、自分は屋台の方へと走り出す。

その光景を視界に捉えたマサ。

千枚通しの口金を緩めると、たこ焼き鉄板のコンロで針部を炙り、

スナップを効かせた右手でそれをを飛ばす。

持ち手を離れた針部は見事男の首を貫いた。

「どうしたんだいマサさん」

「いや〜、ハエがいたんで……追っ払ったら、千枚通しの先っぽ飛んでいっちまいやした。

 後で探しに行きますよ」

「何やってんだよマサさん」

常連客達の笑い声で屋台が包まれる。


直後、スマホの通知画面に、神の矛:鋭針 仕事完了の文字。


闇糸ー


「私、経験ないんですけど、初めてはあなたのようなイケメンがいいです」

そんな清楚系お嬢様の声につられて裏路地へと連れ込まれる仲間の一人。

お嬢様は廃ビルの前まで来ると、姿をくらました。

「あれ〜、かくれんぼでもしてるのかな」

立入禁止と書かれたシートをめくり、解体現場の中へ入り込む男。

その姿を廃ビルの3階から見下ろしていたタケシは、

ベルトの中に仕込んでいたワイヤーを引き抜くと、

先端に輪を作って男の前に垂らし始めた。

「どーこでーすかー、つかまえちゃいますよー」

首に輪がかかった次の瞬間、建物から突き出した鉄骨の上にワイヤーを掛けると

反対側を手にしてそこから飛び降りた。

悲鳴を上げるまもなく釣り上げられる男の体。

地面にタケシが着地した時、男の足が微かに痙攣していた


スマホの通知画面に、神の矛:闇糸 仕事完了の文字。


影打ー


人気のない公園の中を逃げ惑う少女。

「やめて!誰か…たすけ…」

少女の服が引き裂かれる。

少女は必死に叫び、泣き、逃げようとするがすぐに捕まってしまう。

「さあ、いいことをしようか」

その現場に静かに近づく主哉。

「お巡りさん助け…」

うるせえ、と東条に殴られる少女。

「いや、違うんですよ、お巡りさん。これは俺の彼女で」

ため息混じりに静かに呟く、主哉。

「……そうやって、あの子も殺したんだな」


(かすかな沈黙が流れる)


「人間には越えちゃならねぇ一線がある。

 それを越えるとな、同じことをしても満たされないで、さらに快楽を求めるようになる。

 お前が殺したあの子で3人目だそうじゃねぇか。

 その上、ほとぼりも冷めないうちに4人目か」

主哉が警棒の柄を捻ると、そこに隠された仕込み刃が現れる。

「いや、違うんだ。俺は何もやってな…」

その短い刃は確実に、男の心臓を貫いた。

「言い訳は地獄で神様にするんだな」


翌朝、水路で浮いていた死体が発見され、

「急性アルコール中毒で転倒死」の報道が流れた。

ーーーーー

依頼者のポストに無記名封筒。

中には4,400円と墨で書かれた一枚の紙。

『神の威は下った。

 人の法では裁けぬ悪に、神の法を持って平等なる裁きを』


その指は微かに震えていたが、由紀子は深く一礼し、そっと手を合わせた。

ーーーーー

たこ焼きを食べながら主哉はマサに呟いた。

「今更ながらに思うと、五六銭ごろくせんって皮肉が効いてるなって」

皮肉?と聞き返すマサに主哉は

「五六銭ってよ、コ・ロ・セって読めねぇか?」

「殺せ、か。昔の人にも随分と洒落のわかる奴がいたもんだな」

そう言って新聞を開く。

そのページの片隅に、一人の医者の突然死の記事。

だが実はその医者は、東条の精神鑑定に虚偽の報告をした人物だった。

「医者が一人死んだらしいぜ。公演中に突然の心筋梗塞、事件性はなしだってよ」

「事件性はなしね…。そういえば昔、毒針で暗殺やってたって噂あったな」


自身の店のカウンターで鼻歌を歌いながらご機嫌にグラスを磨く黒江。

その片隅に何気なく置かれた針山。

かつて神の矛、毒蜂と呼ばれた彼女の腕は、いまだ健在である。

挿絵(By みてみん)

ーーーーー

裁けぬ悪を、天に代わって。

だがこれは、決して正義などではない。ただの人殺しだ。


ただ──止まらぬ涙がある限り、恨討人(うらうちびと)は現れる。


──次の“神威”を下すために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ