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折衷世界4 弟兄折衷 ミカ   作者: 西江くら
レンへの聴取
7/32

レンへの聴取──2

 前に来た時のように、面倒な道を通る必要はない。今回は師匠が同伴なのだ、堂々と正面からリゲル城に入ることが出来た。前だって、レンについていっただけだけれど、師匠が一緒だと安心感が違った。

 それで、これも前と同じ──おそらくエリザベスさんが常駐しているであろうあの二階の部屋に、六人で向かう。

 城の中の人達の奇異の目線は、主にレンに刺さっていた。元左大臣が俺のような子供に担がれているのだから、何事かと不安に思われているのだ。ルーク爪はポケットで隠れているから、城に持ち入るべきでないだろうその凶器にはお咎めはなかったけれど、代わりに背中には多くの視線を感じた。

 いや、それもそれで、全員に刺さっていた目線だった。

 王族。王族。その娘。魔女。左大臣──である。

 どんなパーティーだ。

 その中で、マニやユニさん、それにユメルのことは、リゲル城の人達にはまだ知られていないはずだったけれど──醸し出している雰囲気が、もうなにか、違うのだろう。師匠が連れているというだけでも悪目立ちしているような気がするのに、さらに目を集めていた。

 というか。

 師匠と共に歩いている俺達のことは、他の人間にどう説明するのだろうか。

 子供が三人、女性が一人だ。

 レンはリゲル国への反逆者として、師匠が連れる人間としては理解しやすい方だろうけれど──他の四人に関しては、リゲル城の人間にどう説明するのか。異世界関連のことを説明出来ないのはいつものことだから、その情報で納得させることは出来ないとして──王族が子供を三人も連れて歩いているのに値する理由とは。 

 師匠の王族パワーで、有耶無耶にするのだろうか。

 それが一番、ありそうな気がした。

 振り返ってみると、リゲル城内の人間も──《死隊》によるリゲル兵虐殺があったというのに落ち着いた雰囲気だった。心配していた城内の混乱が、エリザベスさんの言っていた、王族の権限を利用した一旦の対策で鎮静化しているのだ。エリザベスさんの手腕が光ったということだけれど──それには勿論、師匠の王族権限が強かったことも要因に上がるだろう。

 やはり、王族というのはそういうものらしかった。

 師匠が失ったはずの右腕のことも、誤魔化すとかなんとか言っていたし──どうせ師匠がなにかしら理屈をつけて説明するのだろうから、リゲル城の人間への俺達の説明なんて、俺が考えなくてもいいことなのだ、多分。

 多分。

 と。そんなことを、考えながら。

 師匠パワーで、城門も城内も、スルーパスのように歩いていく。なんだかんだ、リゲル城内にいる師匠というのは、あまり見たことがない気がした。師匠はリゲル城にいることの方が普通なのだろうけれど、俺は魔物達の森にいるのが基本だし、そもそも死刑にされるはずだったのだから、来ないといけない用事がない限りは、リゲル城に来るという発想がなかったのだ。だから、リゲル国の王族としてリゲル城にいる師匠を見るのは、緊急事態だった前二つの事例を除くと、俺の死刑を止めてくれたあの時まで遡るようだ。

 今となっては、懐かしい。

 悠久の昔のように感じられるあの出来事も、日数だけなら十五日前のことである。いかに、あそこからの生活が密度の詰まったものだったかと。

 リゲル城に入って、最初に思った感想はそんな感じだった。


「……あら」


 と。

 エリザベスさんは、やはりそこにいた。

 前と同じ椅子に座り、ガリガリと万年筆のようなもので書類に文字を書いている。リゲル兵虐殺からおそらく寝ていないのだろう、いつもより生気が減っているような感じがした。隈は出来ていないけれど、このままの生活が続けばそのまま死んでしまいそうな危うさが、今のエリザベスさんにはあった。


「よう」まるで友達にでも会うかのように師匠は気さくにそう言い、後ろ手で俺の担いでいるレンを示す。「一応、ひと段落着いたから……これ、報告な」

「……ひと段落というと」言ってエリザベスさんは、師匠に示された俺の方を見た。瞬間、目、というか瞳孔を見開く。「……その人、レン左大臣ですか。捕らえたんですか?」

「おう。で、それ以外にも、ほら。あたしの腕もなんやかんやで直った」

「…………まぁ、いいでしょう。なにがあったか、聞きましょう」


 おそらくあれから眠っていないというのに、声が多少濁っているだけで、理路整然とエリザベスさんは師匠に答えるのだった。

 レンが消えた分、大臣の仕事だって一人でこなしているんじゃないだろうか、この人。それだというのに、普段から少し覇気がとれただけで、それ以外は何も変わらないように見える。

 大臣になるような優秀な人間──それだった。


「で、なにがあったかっつうと──」


 師匠の説明が、十五分くらい。

 昨日のリゲル兵虐殺から、起こったこと。

 アンレスタ城のこと、《夢幻》のこと、アンレスタ国の王族のこと、《死隊》のこと、爆弾のこと、ルークのこと、バンのこと、四ツ目のこと、《合身》のこと、《読心》のこと、レンのこと、レオ王のこと。

 一まとめに、流れるように説明されると、まるであれが紙芝居だったかのような感覚に陥った。最初から台本は決まっていたかのような、そんな感覚──もし脚本家がいるのならば、四ツ目しかしないのだろうが。

 はたから聞いていても、気持ち悪い。

 で。

 全部、包み隠さず、師匠が説明してから。

 エリザベスさんは、考えるように目を閉じた。


「…………」まさかそのまま寝るわけもなく、数分経ってから、目を開ける。「……まず。レンをどうにかしなければ、でしょうね。リュークさんの《読心》で拘束し続けるのは、確かに負担が大きい」

「ん。意外と、そんなに疲れないけどな。あたしもあれから慣れてきたし」

「そうだとしても、常にリュークさんがレンの近くにいなければならないというのは、実質的な戦力の減少でしょう。他の方法で拘束してリュークさんが自由になるなら、それはそっちの方が断然いい」

「……それは、そう」


 師匠は言って、俺の方を見る。どうやら、俺がいつまでもレンを担いでいるというのにも、能率の悪さを見出しているようだった。まぁこれも、エリザベスさんの言う通りだ。他の方法で拘束できるならば、そっちの方がいい。

 俺だって、体力が無限にあるわけじゃないんだから。

 それを聞いてエリザベスさんは席を立ち、俺達を素通りして部屋を出る。初めて見るであろうマニやユニさんは一瞥した程度で、今は触れることはなかった。彼女の言葉通り、優先度の高いレンから話を潰していくと、そういうことだ。

 おそらく、エリザベスさんの頭の中ではもう、マニとユニさんの正体はバレているのだろう。師匠の話を聞けば、エリザベスさんなら消去法で断定出来るはずだ。で、そこまで思考がいっても、エリザベスさんは後回しにするという判断をしたのだ。なら、俺達は従うしかない。

 これから俺達はレンの事情聴取をするはずなのだけれど、そこにアンレスタ国組もついて来てもらった方がいいというのも、エリザベスさんの意向らしい。


「……こっちです」エリザベスさんはいつもよりは低い足音で、俺達を案内するように前を歩いていく。六人全員でそれについていき、そうして、歩くこと二十分。見覚えのある場所に案内された。「……ここならば、レンを拘束するのも容易いでしょう」

「……ここは」


 そこは、始まりの場所でもあり、俺がデュランに捕まった時にも入れられていた、あの牢獄だった。リゲル城内に悠然と、その存在感を示すように構えている。明るい時間帯にゆっくりみるのは、これが初めてだ。

 懐かしくもあるけれど。そこまで、思い出に昇華するのも良くない気がする。

 この牢のことは、そんな複雑な、割り切れない感じだった。

 そういえば。

 デュランはここで、《伝心》の無差別攻撃によって気絶していたはずなのだけれど──師匠が向かった時には、もう姿を消していたらしい。それから行方知れずだ。

 どこに行ったのか。デュランの仲間だった四人の蛮族は、一人はこの牢屋に捕まり、三人が《死隊》にされたはずだ。けれど、デュランはこの牢にいなかった。《伝心》による気絶から回復して、どこかに移動したのだろう。どこに行ったのか。

 今、デュランは一人のはず。まぁでも、他の四人のことはそもそも初めから仲間だとは思っていないようだったし、それはあまり関係ない、のだろう。仲間がいなくなって一人になったからって、寂しさで戦えなくなるような奴でもないだろうし──だから、デュランのことも、調べなくてはならない。

 あの時、俺に見せた執着。

 あれが、一回のニアミスで消えるとは、到底思えないから。

 そんな、ユメル以外は実際に会ったことのない男を思い出しながら、エリザベスさんの後についていく。

 エリザベスさんは牢の看守に一言二言会話をして、それから、最も奥の牢に向かって歩いていった。その道中の牢からは、うめき声やら怨嗟やら、捕まっている人間の気配がちゃんと伝わってきていたけれど、エリザベスさんは気にしていないようだった。師匠も、一つも表情を変えずに歩いている。後ろの、ユニさんとマニとユメルはあまり、いい顔をしていなかった。見慣れている組と見慣れていない組の差が露骨に出た感じだ。

 俺はというと、どちらかといえば、慣れている方だろう。

 別に、俺だって見慣れたかったわけではないけれど、それでも、牢屋というものにつくづく、縁がある人生なのだ。後ろの三人から見れば、俺も割と、エリザベスさんや師匠寄りの反応なのだろう。

 このままいけば、前の二人のように、無表情でこの光景を見られるようになるのかもしれなかった。それがいいことなのかは、知らない。


「……この、一番奥の牢。ここに、レン元左大臣を拘束しましょう。ちょうど空いているようだったので、有効活用します」エリザベスさんは言って、俺の方を見た。俺がやれということなのだろう。「もちろん、目隠しもした状態で、です」

「……はい」


 師匠にも無言で命令され、俺は牢の中に入る。そこにある、使い古されたであろう拘束具を見て、もしかしたら、ここ、俺が捕まっていたあの牢なんじゃないかと思った。一番奥というのも、条件に合致していることだし。

 ただ、流石に細かい部分はもう覚えていない。一回目に入った時は()()()のことで頭がいっぱいだったし、デュランに捕まった時はマニのことが最優先だった。二回目は夜だったこともある。どんな感じの牢だったか、全然覚えていなかった。

 だから、そんな思考はよそに置いておいて、レンを拘束するのに集中する。これが終わるまでは、師匠は《読心》を切らさないようにしてくれるだろうから、万が一、目を見ても大丈夫だけれど──用心を重ねて。


「よっと……」


 まず、レンを背から降ろす。そうして足に鉄球のついた足枷をつけ、その後両手に手枷をはめる。ここにある桎梏(しっこく)を最大限活用した、犯罪人の拘束だ。《読心》で心を掌握されているレンは、気絶しているかのように、自身の身体を自身で支えないから、レンの体重はすべて俺が受け止めながらの作業だった。座らせた状態とはいえ、自重を自分で支えることのない、意識のない人間をどうこうするのはかなり難しいらしい。爆弾を食らった直後の師匠を振り返りながら、そう思った。

 それで、拘束が完了する。

 師匠は《読心》をいいタイミングで切っていたようで、ほどなくしてレンの息が戻ってきたようだった。その前に牢屋から俺も出て、エリザベスさんが鍵をかける。いつの間にか、あの看守から鍵を受け取っていたらしい。

 牢から出て、俺はレンを向き直る。レンの、息を吸い込むような声が聞こえた。

 

「……ここ、は。ここ……」よだれが口の中を塞ぎ、咄嗟に声が出せなかったのだろう、レンは小声で呟いた。「……ここは」

「レン元左大臣」わざとだろう、エリザベスさんはレンの反応を強い言葉で遮る。「あなたは今、リゲル城の牢屋にいます。そして、これから質問に答えてもらいます。あなたが企てた今までの策、それから、これからするはずだった策も。全て話してもらいます」

「……エリザベス、右大臣か──なるほど……」


 魔物達の森からの意識が飛んでいるはずなのだけれど、レンはすぐに状況を理解したようだった。手と足、それに目に枷がついているのにも動じず、エリザベスさんの方向を見るようにする。目隠しの奥では、どんな目をしているのだろうか。

 というか、本当にこの人は、肝が据わっている。

 魔物達の森でも思ったけれど、こんな拘束を受けておいて、冷や汗一つかいていない。なにをされても、なにも抵抗できないような状態になっているというのに、レンは少しも動揺していない。

 どころか、俺達に協力しようというのだから。

 怪しまずにはいられない。

 レンは、いくつか咳払いをしてから、エリザベスさんに言う。


「……フン。だが、ワタシの意思はもう話したはずだぞ。リューク=アラカルトも、そこにいるんだろう?」レンは鼻を鳴らして、そう言う。「もう、既に話したはずだ。ワタシはお主らに協力する。ワタシが持っている情報も話そう。それでいいんだろう?」

「……勘違いしないでください」レンの言葉に、エリザベスさんは心底不快そうに目元を歪ませた。「今からするのは、あくまでこちらの一方的な聴取です。対等な関係とは程遠い、一方的なもの──あなたに抗弁の余地はありません。たとえあなたが嘘を口から吐こうとも、こちらにはリュークさんの《読心》がありますから、心の中まで見通し、全てを見抜くのです。『協力』なんてあなたが言う権利はないですし、そんな『立場』でもあなたはありません。あなたが左大臣だったのは昔のこと、元のことだと忘れないでください」


 エリザベスさんは、睡眠をとれていないというところとは関係なく、腹が立っているようだった。言葉の端々に、棘が生えている。

 まぁ、それもそうだ。アンレスタ国の植民地化の話の時から既に、レンはエリザベスさんを嵌めようとしていたのだから、レンに言い訳の余地はないのだ。それも、あのアーロンの手先として動いていたというのだから、リゲル国が誇る大臣の看板にまで、傷がついたようなものである。そうなると、同じ立場のエリザベスさんには、個人的な恨みもあるのだろう。

 師匠が今のところ、なにも喋っていないのはそういう理由もありそうだった。今ここは、エリザベスさんの領域なのだ。場所的にも時間的にも。師匠も俺も、アンレスタ国組の三人も、この場で出しゃばるような真似は出来ない。

 エリザベスさんはジロリと、眠気を感じさせない射貫くような視線でレンを見る。


「まず。事実確認から。レン元左大臣、あなたはリゲル兵虐殺に加担していましたね? 《夢幻》とやらでリュークさんをリゲル国から遠ざけ、リゲル兵を配備するよう手紙を書かせて、私に届けさせた。そうして、隣国の植民地化の話をして妥協点を探らせ、リゲル城の防衛を国がするように私に働きかけ、リゲル兵の精鋭を一カ所に集めた。あなたの仕業ですね?」

「……実際に殺したのはアーロンの《死隊》だ。計画の一旦を担っていたのは確かだが、リゲル兵虐殺の責はアーロンにある」

「……そういった、曖昧な返答をこれからも続けた場合、あなたの寿命はどんどん短くなると思ってもらえれば」エリザベスさんは、声を低くして言う。「あなたにとっては不幸なことに、私にはあまり時間の余裕がありません。その点、心中に留めておいてください」

「……分かった」


 レンは素直に、そう答えた。

 寿命がどんどん短くなる。というのは、具体的にはなにをするのだろうか。いや、エリザベスさんにとっては曖昧な返答は少ない方が助かるというのは分かるのだけれど、具体的になにをして、その脅しをレンに意識させるのだろうか。拷問とか──するのだろうか。

 ただ、具体的な話をされる前に、レンの方が折れた。エリザベスさんの言葉が冗談でないことを感じ取ったのだろう──けれど、アーロンに与していた人間としては、驚くほどに素直な態度だった。まるで最初から俺達の仲間だったみたいに、素直極まる態度。他に出来ることがないのだから、とレンは魔物達の森で言っていたけれど──それでも、余計に、何か裏があるんじゃないと思わずにはいられない。そこらも師匠の《読心》で分かるとはいえ、俺も目を話さず聞くべきだった。

 エリザベスさんの質問が続く。


「次。お隣のアンレスタ国、そこの王に甘い話を持ち掛け、兵隊を《死隊》にしたうえでリュークさんを殺すように襲わせ、あまつさえ王族殺しまでいきかねない戦況を使ったのも、あなた、ですね?」

「……まぁ、そうだ」レンは数瞬、間をおいて肯定した。何を、考えたか。「アーロンが、アンレスタ国の地図を持っていてな。それも、いろいろと役に立ったものだよ」

「……地図、ですか」と、エリザベスさんはユメルを視界の端で捉えた。ユメルも、視線をエリザベスさんに返す。

 

 アンレスタ国の地図。俺がデュランに囚われ、ユメルが単身リゲル城に向かった時に、いつの間にか紛失していたもの。話を聞く限り、ユメルを殴るついでにアーロンが奪ったというのが俺達の予想だったけれど──それで合っていたようだった。レンの返答、あの地図が、今も、アーロンの手にあるということ。


「……今回の隣国の騒動、レオ王──の暴走に、役立てたということですよね、それは」

「そうだ。アーロンはあの地図を駆使して、巧みにレオ王に取り入った。ワタシは実際に見たわけではないが、レオに聞く限り、影から現れるような自然さでアンレスタ城内にいたらしいぞ。誰も、アーロンの侵入を感知できなかったらしい」

「…………」


 エリザベスさんの目が細くなる。聞いていて、俺も、いい気分ではなかった。今すぐここから離れたくなるような衝動が襲ってきている。

 つまりは、ユメルが紛失したアンレスタ国の地図が、アーロンのアンレスタ国侵入の役に立ってしまったということで──だから、アンレスタ兵の《死隊》化が、俺達の責任だと考えることも出来るからだ。 

 もとは、師匠が書いたものだ、あれは。ユメル救出の時に、師匠がアンレスタ兵をシメて、制作したもの。それをユメルが持ち出して、巡り巡って、アーロンの手に渡った。そして、アンレスタ兵の《死隊》化を引き起こした、と。そういう流れ。アンレスタ国の地図の所有者は、何度も変わっている。最後の現時点は、アーロンだ。

 つまりは、十二日目の夕方、幻の東西戦争への対応の直前に危惧したことが実際に起こってしまったということである──レンはその地図の出処がどこか知らないから、何も考えることなく情報を並べられるのだろうけれど、そこにある物語は、深々と俺達に刺さっていた。

 俺達が作った物なのだから──じゃあ、俺達の責任もあるんじゃないのか、それ。


「……次。ここからは、リゲル兵虐殺よりも前についての質問です。まず、回帰教の現当主、アーロンとはいつ知り合ったのですか?」そんな事情がこちらにあることを悟られないよう、エリザベスさんは次の質問に移った。話し合いにおける、右大臣の力量が出ていた気がした。


 ついで、見てみると──師匠もユメルも、後ろの二人も、表情は変わっていなかった。この場でレンに態度を変えたことを見抜かれないために、表情から意識して聴取に参加していたのだろう、何も、反応を返さなかった。アンレスタ国組の二人に関しては、単に情報を忘れているだけの可能性も勿論あったけれど──師匠とユメルは当事者だというのに、なんの反応も出さない。

 責任、殺し合いの責任。 

 それを感じないほど、馬鹿でもない二人のはず。だから。だから──もう、呑み込んでいるのだろう。自分が戦うことによる、影響を。


「……いつ、というと、確か……ワタシが大臣になってから、少し経ったくらいだ」レンは咳ばらいをしながら、答える。「つまり、二、三年前のこと。最初は書面でのやり取りだったが、初めて対面したのは一年前辺りだ」

「……二、三年も前から、あなたはアーロンとの繋がりがあったと。大臣の仕事もしながら、アーロンとの繋がりも維持していたと。そういうことですか?」


 エリザベスさんが信じられないものを見るように、唾棄(だき)するような声を出した。レンとアーロンの接触期間が、予想より長かったのだろう。

 二、三年前か。

 五年前という符号とは、今回は一致しなかったようだった。五年前だと、エリザベスさんだってまだ大臣になっていなかったようだし、まぁおそらく、それぐらいが時期なのだろう、多分。

 二、三年。それが長いか短いかは、判断の困るところだった。俺の感覚だと、レンのアーロンに対するあそこまでの狂信を積み立てるには短いような気もするけれど──でも、他人を尊敬するというのに時間は関係ないというのもあるだろうし。だから、俺が考えるべきことは今のことだけなのだろう。レンがアーロンに通じていた、それだけが俺の考えるべきことだ。


「ああ。そういうことだ」エリザベスさんの脅しに素直に従い、簡潔にまとめるレン。「ワタシは今でも、初対面の時に見たアーロンの手綱捌きが瞼の裏から離れないね。もちろん、人間の手綱だ──分かるか? あやつは珍しく、大衆を相手に出来る種類の人間だよ。時代が違えば、そして国が違えば、王ともなり得るだろう人間さ」

「……人間の手綱というのは、話に聞く、《死隊》を使ってのことでしょう?」エリザベスさんは訝しむように質す。「死人を操って、それで得意気になっているところを見て──そんなアーロンに、あなたは心酔したのですか?」

「いや、そうではない。《死隊》だってずば抜けた能力には違いないが、そうではない」こんな状況だというのに、レンの言葉は滑らかに続く。「アーロンは回帰教の当主として、信者共と会話をしていたのだよ。信者共が列をなしてアーロンの言葉を貰おうと、日がな一日来るんだ。そしてアーロンと握手でもすれば、信者は感無量なのさ。それを王の器と見ずして、なにが王なんだ? ワタシはそう思ったね」

「…………」

「エリザベス右大臣。君は《死隊》を実際に見たことはないのだろう? フン。そんな《死隊》だって、初めて見れば腰を抜かすだろうが──だがそんなものとは比べ物にならない、アーロンの人間捌きを見るといい。《有能》や《死隊》なんて所詮、アーロンの才の一端に過ぎない。あやつの真に恐れるべき点は、そんなところにはないのだよ」

「……少し、黙りなさい」


 エリザベスさんは言って、こめかみに触れるようにした。後ろにいる俺達にも伝わるくらいに、エリザベスさんのネガティブな情動が伝わってくる。

 レンの異常なまでのアーロンへの心酔。

 この状況で、立て板に水的にそれを言える、レン自体の豪胆さ。

 頭が痛いのだろう。分かる、誰だって、こんな奴と会話をしたいとは思わない。俺だって、アンレスタ城でレン相手に一人で会話をしたけれど、敵を目の前にして、それでも背を向けたいと思わされた。

 リゲル兵虐殺に加担したなんて、そんな過去をあげるまでもなく。

 こいつは、イカレている。

 なんでこの状況で、すらすらとこんなことを言えるんだ。


「……じゃ、あたしが聞くわ」と。エリザベスさんが黙ったのを見て、今度は師匠が名乗りを上げた。レンの心を《読心》で読みながらの、質問タイムだ。「お前、《有能》についてどこまで知ってるんだ? アーロンから、どこまで聞いた?」


 その質問は、つまり、四ツ目のことにも繋がる質問だった。

 レンは四ツ目のことを知らなかった。ならば、《有能》についての知識はアーロンから聞いたということになる。けれど、四ツ目の存在を知らないままで、《有能》という超常的な能力を使うというのは──やはりどこか、違和感のあるものなんじゃないだろうか? 人間には元々、そんな能力はないのだから、アーロンが《死隊》を使えるというのも、レンに《夢幻》が与えられたというのにも、違和感は残るものだろう。

 アーロンがどういう言葉をもって、その辺を説明したか──それを師匠は聞いているのだ。それに、他の《有能》のこともレンから聞き出せるかもしれない。 


「……《有能》、ね。アーロンも、この力をそう呼んでいた」レンは目隠しの向こうで、目を見開いたようだった。「時系列順で言うならば……まず《死隊》を目の前で見せられたな。目の前で死んだ──いや殺した人間を、アーロンが操った。そうして、その死体からアーロンの声が聞こえた時には、背筋が凍ったね。あの時ばかりは、流石のワタシも後悔しそうになった。ワタシに向けられた《有能》でないというのに、死ぬことすら覚悟したものだ」

「……それで?」師匠は見下すようにレンを見て、先を促す。

「それで、その力が《有能》だというものだと知り──ワタシにも()()()()()と、アーロンはそう言った。それから、《夢幻》という名前とその発動条件、それに《夢幻》でやってほしい仕事なんかを聞いた。そうして今に至る」

「……それだけ、か?」

「ああ。これだけさ。他にはなにもない。アーロンが《死隊》を使うのを目の前で見たのも、それが最後だ。それからは、仕事場に《死隊》が派遣されてくるだけで、アーロンがどこに拠点を構えているかもワタシは知らん」

「…………」


 師匠はそこで、エリザベスさんと同じように、言葉を区切って考えるようにした。何も言わないということは、そこに嘘はなかったということだ。俺も、頭を使う。

 この質疑応答で分かったこと。

 それは、大きく分けて三つある。

 まず、《有能》に関すること。

 レンは、四ツ目を知らない。それに、俺達が持っている情報以上のものは持っていない。

 本当に、トカゲの尻尾切りのような順当さで、レンは最低限の情報しか与えられていない。四ツ目のことも知らない。《有能》のことも、《死隊》と、自身が使う《夢幻》のことしか聞いていない。一応、これまでの展開で師匠の《読心》には気付いているだろうし、会話を分解することで、ユメルの《伝心》の存在にも至っているかもしれないけれど。

 ただ、それだけだ。《転移》のことだって、他の《有能》のことだって、レンは何も知らない。

 《有能》のことは、なにも、レンは知らない。それが一つ目。

 二つ目の、分かったこと。

 アーロンの居場所も、知らないということ。

 アンレスタ城でもこいつ自身が言っていた通り、アーロンの方からの一方通行的な連絡しかしていないらしいのだ。それも、《死隊》を通しての連絡である──手紙や人を使うより、遥かに手軽で露見しにくい。アーロンは、自身が俺達に追われていることをはっきりと自覚し、対策をとっているのだろう。四ツ目の協力もそこにはあるだろうから、必然、アーロンの居場所を探るのは至難だと言っていい。

 レンからアーロンの居場所の情報を引き出すのは不可能のようだった。

 で。

 三つ目。

 わかったことの、三つ目。

 こいつは、そんな曖昧な説明で、人を害するために《有能》を振るったのだということ。

 俺達のように、四ツ目に《有能》を説明されたわけじゃない。ユメルのように記憶に刻まれていたわけでもない。ただ単に、アーロンに命じられたから、だ。それだけの理由で、《有能》を使った。 

 こいつは──どこまでいっても。

 

「──フン。いやいやいや。それは、別にいいんじゃないかね?」


 俺の思考の動きを読んだのか、それとも自分の発言を振り返っての言い訳なのか。

 レンはそこで、俺達の方に向かった。


「ワタシは、《死隊》を目の前で見たのだよ? 実際に、殺したはずの死体が動くのを見たのだ。ならば、それは、信じるしかないんじゃないのかね?」当たり前のことを繰り返すように、レンが言う。「細かい説明がアーロンから無かろうが、アーロンが死体を操れることに変わりはないだろう。違うかね?」

「…………」

「同じように、ワタシに与えられたという《夢幻》も、条件を満たせば使えるということを聞き、実際に使ってみて──実際に使えたのだから、それで話は終わりじゃないかね? ワタシも《有能》という力を使える。アーロンも使える。それで、おしまいじゃないかね?」

「……原理を、知ろうとはしないのか?」俺は、我慢できずに、声に出してしまった。いや、これはいつか聞こうと思っていたことだ。丁度いい機会である。「なんで、あんたにそんな力が与えられたのか──なんで、そんなことが出来るのか。なんで、アーロンはそんなことを知っているのか。そこらを、一瞬でも疑問に思わなかったのか?」


 死体を操る。

 幻を操る。

 そんなことが出来るというのに、そこの裏にある超常の根拠を知ろうとはしなかったのだろうか。

 余程の鈍感じゃない限りは、誰だって感じられるはずだ。

 その裏にある、ドス黒い悪意を。


「なら、お主は原理を知っているのかね?」それでも、レンは止まらなかった。「お主は、《有能》の原理を知っているのか。《有能》がどういう力で、何を由来としているのか。ちゃんと知っているのか?」

「…………」

 

 言われ、考える。

 《有能》は、四ツ目の力だ。

 四ツ目が神として生きるための、重要な力。


「そう言う以上は、なにかワタシの知らない情報をお主は持っているのだろうが、でも、それは無意味だよ。どうせ、それを知っているからって出来ることは変わらないのだから」

「……どういう意味だよ」

「そのままの意味さ」拘束されているというのに、あたかも対等に会話しているような態度を、レンはとる。「なんでワタシなのか。なんでそんなことが出来るのか。なんでアーロンはそんなことを知っているのか──フン。そんなこと、どうでもいいのだよ。この力がワタシの中にあり、それを使ってアーロンの役に立てるならば、それで。疑問に思うワタシの感情など、アーロンの野望のためならばどうでもいいのだ。そうすることで、ワタシは野望に加担する役割を得るのだ。ならば、出来ることに変わりはない。結局、ワタシがやることに変わりはないのだよ」

「…………」

「お主は、違うのか? 《有能》の原理とやらを知っているのだとしても──それを、どう活用しているのか。そこまで差があるのかね、ワタシとの間に」

「…………」


 吞まれるな。

 レンの言葉は、こちらの精神を乱すために言っている可能性もある。

 状況に、呑まれるな。

 考えろ。

 だが。

 反射的に、反対意見を持ちたくなるけれど。

 ただ、レンの言っていることも、一理はある。

 だって──俺達が知っている《有能》の原理だって、四ツ目の言っていたことを暫定的に信じているだけのものだろうから。だから、それが真実だという証拠は、実はどこにもないのだ。

 今のところ、四ツ目の言っていることが、本当か、本当っぽいというだけ。そこに、なにかに裏付けられた根拠があるわけじゃない。

 言われてみれば俺達の方だって、目の前の事象に、もっともらしい説明をつけているだけなのだ。それがあたかも真実の前提だと考えているけれど、そこに明確な証拠はない。

 四ツ目の言葉が、どうやら、本当っぽいというだけ。

 俺達の《有能》への認識は、それだけなのだ。

 ならば、それをどう活用しているかというレンの質問にも、俺は答えることが出来なくなる。今のところ俺が持っている前提が、もしかしたら間違えている可能性があるのだ──活用しているか、なんて意味がなくなってしまう。

 俺達と、レンに。

 差は、ないと?

 そういうことか?


「……それは違うでしょう」


 と。

 そこで、ユニさんがここに来て初めて、口を挟んだ。

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