レンへの聴取──1
「ユニさんさんて、普段どう過ごしてたんですか?」
「え? 私?」
会合が終わってから、すぐ。俺達は、リゲル城を目指して出発した。
俺、師匠、ユメル、マニ、ユニさんさん。あと、レン。
この六人だ。
レンの拘束については、俺が担いでリゲル城まで行くという関係上、体の自由は解放してしまうということで──そうなると、目隠しをしても自分で剥がせるということになるだろう。つまり、《夢幻》を使われる余地が出来てしまう。
だから、リゲル城まで、はたまたエリザベスさんのところまでは、また、師匠が《読心》を使うことにした。《読心》の人心操作で何も出来ないようにしてから、俺達は魔物達の森を出発したということだ。それでも万が一を考えて、目隠しはしたままだけれど。
ちなみに、ユメルの《伝心》との相性問題については、検証の結果、《読心》の対象からユメルが数メートルも離れれば、干渉しないみたいだった。四ツ目が魔物達の森に来た時もそれと同様、俺とユメルはぴったり隣にいたから、四ツ目も《読心》を使えなかったということらしい。逆に、ユメルの《伝心》も、師匠には届けることは出来なかった。親密度はクリアしているはずだろうから、それが出来ないのも《読心》との相性なのだろう。《読心》で心を読むのだって、今もユメルだけには効かないそうだし。
まぁ《読心》と《伝心》、師匠とユメルの活動相性はともかく──ユメルがレンから距離をとれば、この《夢幻》遣いを《読心》で拘束することは出来るというわけだ。
で、今俺達は、師匠、俺、ユニさん、そしてユメルとマニの順番で歩いていた。師匠が最前列。その次に、ルーク爪を右ポケットに入れた、レンを担ぐ俺。で、ユニさん。そして最後尾に、レンから距離をとる必要のあるユメルと、ユメルについてきたマニ。
リゲル城を目指す、その道程だった。
そこで、ユニさんにアンレスタ城での生活のことを聞いてみた。ふと気になったというだけの質問だったけれど、そういえばマニの方も、アンレスタ城ではどんな生活をしているか知らなかったし──師匠も師匠で、リゲル国の王族としてどんな生活をしているか俺は知らない。だからこの際、そこら辺も知りたいなと、聞いてみたのだった。
ちなみに、少し、複雑な気分だった。
これは多分。
他の人の生活について想像する余裕が出来たからこそ、出てきた質問なのだろうから。
自分のこととはいえ──今まで俺は、それらを気にする余裕がなかったのだと思う。
でも、バンのことを乗り越えて。
レオ王の最期を見た者として。
それではいけない気がしたのだ。
このままでは、いけない気がした。
多分、これが大人になるということなのだろう。
やっと。
その階段に、脚をかけたような。
そんな気分で、俺は今歩いている。
なお。
魔物達の森でいつも過ごしているユメルのことは、大抵のことなら既に俺は知っている。俺だって魔物達の森から離れることは基本ないのだから、ユメルと俺は、いつも一緒にいると言っても過言ではないのだ。ならば、知る機会はいくらでもあるだろう。
それはもはや、お互いの生活がどこからでも垣間見えるような関係だった。
それに、ユメルはたしか、魔物達の森に来る前の生活も、家の中でほとんどの時間を過ごしたそうだから──それなら、多分俺とそう変わらない感じの生活だっただろう。マニがどうやってユメルと知り合ったのか、その馴れ初めは気になるところだけれど、まぁでも、それくらいだった。ユメルの生活で知りたいところは。
「……ええと。私は、王の妻として……色々、仕事をしたりとか……」ユニさんは、そんな質問をされるとはつゆと思ってなかったのだろう、はたから見てもわかるほど狼狽しながら、話してくれた。「……アンレスタ国の王族としての仕事のほとんどはレオの仕事だったんだけど……それって、私が手伝おうとすると、レオが必ず断るのね。それで、理由を聞いてみたら、緊張に弱い私を着遣ってのことだったみたいなの」
「…………」まぁ、そうだろう。ユニさんの緊張ゲージが振り切れたら、あんな状態になるのだし。「……そうすると」
「ええ。私の仕事のほとんども、レオが肩代わりしていたの。だから、最低限の仕事だけやってれば、あとは……それでも王妃として、やらなきゃいけないことは……ええと、マニのこととか……」
「ああ。それは確かに。大事な仕事ですね」後ろにいるユニさんを振り返るようにしながら、俺は言う。「マニって、昔はどんな感じだったんですか? 今より、子供の頃」
「あー! 今も子供って言ってない、それ?」そこで、マニが最後尾から大声を出した。最後尾とはいっても、ユメルと並んで歩いているから、ユニさんのすぐ後ろだけれど。「私、母上の仕事だって、手伝ったことあるし! 全然、子供じゃないし!」
「……そうね。マニにも手伝ってもらったこと、あるわ。城庭の草むしりとか……」
「ええー⁉ もっとあるでしょ、母上!」
それはなんとも、牧歌的なお手伝いだった。ユニさんも緊張が解けてきたのだろう、微笑むようにして笑っている。
うん。狙ってのものじゃないけれど、緊張が減っているのならば良かった。ただでさえ、これからエリザベスさんとの面会があるのだから、今は笑っておいてほしい。
「仕事って、なにがあるんですか?」王族の仕事。なにをするのだろう。
「そりゃ、色々あるだろ」そこで、今度は師匠が口を挟んできた。「ちなみに、うちのリゲル国の方は、大臣の任命に始まり、ソラの時みたいな裁判の判決言い渡し、あとは国の兵隊の給料のこととかだな。あとは最近はほとんどないけど、他の国との戦争の号令とか。まぁ、王が一人だけでやってるわけじゃないけど」
「……ええ。アンレスタ国も、あまり変わりはない体制でした」ユニさんも師匠の言葉に、頷く。
なるほど。
リゲル国もアンレスタ国も、同じような体制で国を管理しているらしかった。魔物達の森を挟んでいるとはいえ、同じような場所にある国同士、そこは似るものなのだろう。
「ちなみに、リゲル国は王政な。知ってるか? 王政。まぁ、国によって細かい部分は違ったりするが……一番上に王様ってのがいて、そいつが国の政治をする。で、リゲル国の場合は、その下に大臣がいる。右がエリザベスで、左はレン。レンは過去形だけど。保守派がエリザベスで、革新派がレンな。そんで、その二人の更に下に、大臣直属の『行政執行機関』と、大臣直属の『司法統治紛争解決室』ってのある。更に更にその下に兵隊長がいて、その下に一般兵って感じ。まぁ他にも組織はあるっちゃるけど、出来たばっかだったり小規模だったりで──だから、歴史のある大きい組織はこんなところだ。あくまで、リゲル国の話な」
「──へぇー。初めて知りました」
そういえば、エリザベスさんもそんなようなことを言っていた気がする。
ユニさんはなにも口を挟まず、師匠の話を聞いていた。同じ王族同士、苦労の分かる話でもあるのだろう。
ええと。
王が政治をする。となると、二人の大臣はなにをするんだろうか。
「大臣の仕事は、主に立法だな。国の法律……まぁ、ルールを作るんだ。リゲル国の人間ならば守らなければならないという、縛り、ルール」師匠はこちらを見ながら後ろ歩きで、道を進んでいく。「だから、王様が好き勝手な政治を出来ないよう、王を縛るルールを作るのも大臣の役目だったりする」
「へぇ。エリザベスさんって、そんなことをしてるんですか」
「おう。王政ではあるけど、大臣が歯止めになってもいる……それを踏まえれば、リゲル国は王政ってよりは、立憲君主制ってわけだ。ま、その辺、いいとこ取りというか、曖昧というか……あんま、ちゃんと決めてるわけじゃないんだよな。立憲君主制っていっても、そこまで王の権力は縛られちゃいないし。それに、民主的に政治を決めてるわけでもない。国の仕組みとはいえ、がっちがちに細部を決めると柔軟性が無くなるってことだろうな──完璧に法で決め切っちまうと、後で撤回しにくいと。リゲル城を動かしてきた昔の人間は、そう考えたらしい」
「はぁ……でもそれ、後で問題になったりしないんですか?」国なんて、何万、何億という大勢の人間が集まってできているものなのだから、曖昧な部分があると、なにかしら問題が起こりそうなものだけれど。「その辺、支障はないんですか?」
「あー。ま、一長一短なのは否定しねぇよ。多かれ少なかれ、仕組みの隙をついて動こうとする人間だって、世の中にはいるからな。重箱の隅をつつくみたいに、詭弁を弄して暗躍する奴が……でも、歴史を紐解けば、割とこれでなんとかなってたりするもんさ。意外と、緩めにしてる国はあったりするぜ。国によっては首都も、厳密な定義ではあやふやだったりするし……で、なんでそうしてるかっていうと、それはつまり、デメリットよりメリットの方が大きかったってことだ──だから、いいんだろ。法はともかく、国のトップの仕組みなんてのは、な」
「なるほど」
曖昧に、決め切らない。国の動きとして正しいかはともかく、なにかしら齟齬が発生したときには──そっちの方が、確かに都合がいいのだろう。それは理解出来た。
「王が暴走しないよう、大臣がいる。だからあながち、王の下に大臣がいるってのも間違った認識なんだろうけどな。うちのトールの野郎だって、エリザベスの助言に結構頼ってるだろうし。まぁ、一応、国の顔としての王ではあるから、名目上は王の方が立場は上なんだけどよ」
「へぇ。面白いですね」これをいい機会だと思ったのだろう、師匠の説明は続く。俺も、知らなかったリゲル国の仕組みを知れるのだ、覚えておくことにした。「助言って……大臣は、政治もするんですか?」
「んー。まぁどっちもかな。あくまで王が政治をするという形にはなってるが……でも、王様だって、自分の国が滅茶苦茶になるのは避けたいと思うもんだろ? だから、大臣にまで上り詰めてくるような優秀な人間の意見なら、王も無視するわけにはいかないんだよ。そも、大臣の意見を無視なんて、王とはいえ体裁わるすぎだしな」
「……となると、でも、大臣の立場がかなり、強くないですか?」考えながら、俺はレンを背負いなおした。人間一人担いでの歩行だ、体力がなくなるというほどではないけれど、疲れは、する。「大臣が法律も作って、その上、政治もするってなったら……いや、詳しくは分からないですけど、エリザベスさんほどの人間がそこにいたら、王はすることなくなっちゃいませんか? どころか、大臣の権限が強くなりすぎな気がするんですけれど」
「そうか? 右と左……片方の大臣が暴走しだしたら、もう片方の大臣と王が連携するだろ? そうすると、数的には二対一になるから、あとは暴走大臣を、数の力で不信任にしたり再任命したりで、意外となんとかなるもんだよ」
「ああ。確かに。それはそうですね」
確かに。もしそうならば、王という立場は確かに強い。行政をする理由が、『王族だから』で通せるのだから、それほど便利な話もないだろう。もし大臣二人が結託して王と敵対しても、王をやめさせるほどの強権は発揮できないだろうし──でも、王が暴走しないように、法律を作れるのは大臣である、と。
パワーバランスというか……なんというか。昔の頭のいい人間は、上手いことを考えるものだった。国の人間の内情というものは、俺の立場からは想像するしかないけれど、師匠が言うのだから、それで実際にリゲル国はまわっているのだろう。その辺り、リゲル国は上手くバランスをとっているらしい。俺の理解の外にある難しい話だった。そもそもの話をするなら、そんな悪意のある人間を大臣に任命するなという話ではあるけれど。
でも、大臣になってから、事情が変わる人間もいる。レンが、その格好の一例だ。大臣という立場の人間が暗躍すると、あれほどの惨状を生み出せるのだと、俺はリゲル兵の虐殺で学んだのだ。
エリザベスさんは、それの後始末でここ数日、眠りをとることもない生活をしている。
それが仕事とはいえ──頭の下がる思いだった。
「……ええと。あとは……ああ。大臣直属の、組織があるんですよね? そこは、なにをしてるんですか?」エリザベスさんのことを思い出しながら、質問を考える。この機会を逃すと、もう聞くタイミングがないかもしれないし。「大臣直属ってことは、右と左、二つずつあるってことですよね?」
「行政執行機関と、司法統治紛争解決室な。この二つはな……」師匠も考えるように、上を向く。なにかと、複雑な違いがあるのだろう。「まず。行政執行機関。これは王の政治の意向を聞いて、それに沿って降りてきた大臣の命令を、その通りに執行する組織のことだ。つまり、間接的にだが、王の意思を反映する組織ってこと。国の公の仕事ってことな」
「……となると、やらなきゃいけないこと、かなり多いんじゃ?」
「その通り。税の徴収に公共の場の維持、管理。安全を維持するための国の警備もここだし、道を整備するのだって、国のための仕事だからここがやらなきゃならん。その技術を持った人間は大体ここにしかいないってのもあるし、加えて、王の政治を実現するために奮闘する必要もあるし──まぁ、大変な仕事だよ」
「…………」
気の遠くなる話だった。
そもそも、プロキオ村という小さな片田舎しか知らなかったのだから、そんなもの、想像も出来ない世界の話なのは当たり前なのだけれど。今はなんとか、覚えようと食らいついているに過ぎないし──行政執行機関、ね。
聞いた感じ、その行政執行機関の中にも、更に仕事によって種類が分かれそうな感じだった。
これ以上は、今すぐ覚えるのは無理か。
「……ええと。じゃあ、司法統治……紛争解決室の方は、何をする場所なんですか?」
「そっちは、主に裁判だな。大臣が作った法律を覚えて、それに違反した人間が何の違反だったか、それを決めるところ。さっきの行政執行機関の中の警備が捕まえた人間を、ここの人間が裁くってことだ。ソラだって、ここで裁かれたはずだぜ。それで、トールに罪を言い渡されるんだ」
「……てことは、トール王は、司法統治には関わってないってことなんですか」
「そうだな。司法統治紛争解決室から上がってきた罪状を、言い渡すだけ。それがトールの野郎の仕事だよ。まぁそれも、昔からの伝統だからって続けてるだけで、王のやるべき仕事かって言われたら微妙なところだったりするけどな」
「…………」
「あと、大臣直属って言っても、そこまで大臣側に寄ってる組織ってわけじゃないぞ。右と左で、司法統治紛争解決室は二つあるから──片方が罪状を軽く判断しても、もう片方が重く判断したら、そこで論争が起こるんだよ。で、右と左で妥協点を探る感じ。だから、右大臣直属だからって右大臣の意思を反映したり、どちらかの都合で罪状をイジったりは出来ないようになってる。そうしたら、また罪状の判断のし直しだからな。そういう意味じゃ、司法統治紛争解決室も一つの独立組織って言えるかもしれん。左と右合わせて、王と大臣に匹敵する──な」
「…………」
「お前の裁判に関しては、ユメルの場合は魔女っつう理由があったが、ソラの場合、アーロンが裏で動いて死刑にさせようとしてただろ? それってつまり、司法統治紛争解決室の中にアーロンに絆された人間がいるっつうことだ。金でも握らされたか──司法統治紛争解決室っていや、そいつのことも、エリザベスと組んで特定するつもりだったんだけどな。まだちょっと、時間が足りない感じだわ。右にも左にもいるかもしれねぇから、ちょっと慎重にならざるを得ないし」
「…………」
俺以外は、理解できたのだろうか。
チラリと後ろを見ると。
ユニさんは上を向いて、思案顔。
マニは割と理解できる部分が多かったようで、フンフンと楽しそう。
ユメルはそんなマニを見ながら、頭の中で仕組みを組み立てているようだった。
え。
もしかして、俺だけがついていけてない……?
ユニさんは確かに、王妃として、国の動きに近いところにいた。レオ王がほとんど肩代わりしていたとはいえ、その経験がある。
マニは、そんなユニさんの手伝いもしたことがあるらしい。その中で、仕組みが似たような仕事を見たことがあるのだろう。
ユメルはなんだったら、マニの面倒を見ながら、この師匠の話について考えているようだった。
え、俺だけ? 俺だけが置いてけぼりなのか?
「……くっくっく。ソラ、お前だけ、属性が薄いんじゃねぇの? 王族に王族に王族の娘に魔女に、そんでお前だぜ?」
「……っく!」
うすうす感じてたことを、言いやがった! この人! 師匠!
俺の属性。
プロキオ村の人間。
以上!
「うっすいなぁ。うすうす感じてたっていうダジャレも、うっすいなぁ。それでもあたし達の仲間かよ?」
「…………! そんなつもりで言ったわけじゃないですよ! たまたまです!」
「あのさぁ。もし、言葉が違う国の人間がここにいたらどうすんだよ。ダジャレなんて伝わんねぇぞ、絶対。どうやってコミュニケーションとるんだよお前」
「だから……! たまたまですって! やめてください! 俺をダジャレの使い手みたいにするの!」
「えー。でもソラ、私は上手いと思うよ?」
「お兄さん。いいと思いますよ」
「……ちょ、待って。マニもユメルも、今の今まで喋らずに聞いてたよな? なんで今そんなこと言うんだ?」
まずい。全面攻撃にあっている。
「……いや、それはいいんですよ。どうでも。えっと、だから……」なにか、ないか。この話を遮る裏ワザ。「……ああ。そうだ。そうなると、王族の人はどういう立ち位置になるんですか? 王が政治、大臣が立法、他の組織が司法……となると、師匠はどういう立ち位置に?」
「あー。露骨に話逸らしてるよ」
「……ソラだけに、ですか?」
「あ。分かった? さすがユメル」
ふふふ、と、二人は笑い合う。
そんな、ユメルとマニの微笑ましいやりとりを後ろで聞きながら、それでも話を逸らすという鉄の意思を持って、俺は師匠を見た。
いや、これもダジャレみたいになったけれど……。
師匠はそんな俺を見て、すこぶる皮肉そうな顔をしていた。
なんだ、言いたいことがあるなら、師匠、言えばいいじゃないですか。
けれど、そんな内心すら《読心》で読んだ上で、師匠は何も言わなかった。なんだか、スリにでもあった気分だった。
「あたしみたいな王様以外の王族は、基本国のことには干渉しねぇよ。ユニは王妃だったから例外としても、あたしは孫娘だし」師匠は話を戻した。「特にやらなきゃいけない仕事はない」
「……だから、師匠は自由に動けるんですね。得心いきました」
師匠に王族としての仕事があるかどうかという話は、俺の死刑執行の時のエリザベスさんの反応的に、多分ありそうな気もするけれど──まぁ、折衷現象解決のためだ。エリザベスさんには犠牲になってもらおう。ついさっき、エリザベスさんに感謝したばかりだというのに、そんなことを思った。
これが、個人の理想なのだろう。
主張の殺し合い。こんなところにも、それはあるようだった。
だから意識しなくとも、人間は皆、そのルールの中で生きているのだ。
ごめん、エリザベスさん。
「ちなみに、兵隊も色々、役割によって分かれるんだぜ」師匠は次は、兵隊の話に移ったようだった。「治安維持のために国中に散らばる国兵。そんでリゲル城を守るための城兵。それから王や王族、大臣に始まる、国の要人を守るための側近兵。あと、それ以外の仕事に臨機応変に対応する雑兵が多数。その上に兵をまとめる兵隊長がいる感じで、大抵はこの四つだな。一番多いのが雑兵。割合の大部分だ」
「……ということは、リゲル兵虐殺の時は……」
「ああ。城兵と、レンの側近兵、それにレン派の雑兵に多数の死者が出た。雑兵とはいっても、戦闘のエキスパートだからな……数も一番多いし、なにかと駆り出されるのが多いのも雑兵だ。割に合わねぇと思う奴もいるだろうな」
「……どういう基準で、そういうの決めるんですか?」
「本人の意思をまず聞いて──そんで、兵隊としての成績が優秀な奴から側近兵、城兵、国兵って取ってく感じ。残った奴が雑兵だな。だからまぁ、他と比べりゃ給料も低い」
「……なるほど」
「戦闘が出来ても、国の歴史や式典、その他の様式なんかがお粗末なら国兵にもなれない。だから、多くは雑兵として働くもんさ。戦闘も出来て頭もいい奴ばかりなら、そりゃ話は簡単だけどよ」
「……エリザベスさんも、確か、側近兵がいたんですよね」
「ああ。ベンな。あいつは最もエリザベスに近かった兵の一人だ。もちろん、上の役職になればなるほど、側近兵は増える。まぁあたしのは便宜上だけで、ついてこないように命令してるけど」
側近兵の意味……。
まぁ、これも、師匠の自他共に認める戦闘力の高さ故だろうけれど。
側近兵、か。
どんな人だったのだろうか。ユメルは、エリザベスさんの側近兵のベンという男に会ったみたいだけれど。
と、そこで、ユニさんが話に入ってきた。
「私にも……同じような側近兵がいたんだけれど……あの夜は、いなくなっていたわ。それで、不審に思って、調べようかと思ったんだけどね……レオは時間がなさそうだったから」
あの夜。
アンレスタ兵が全員、《死隊》にされたあの夜か。
「だから、もしかしたらマニも同じように孤立しているのかもしれない、と思って……そう思ったら、居ても立っても居られなくなって……でも側近兵のことも調べなきゃだしで……迷ってたの。そうして、あなたに会った」
「…………」
もしかして、ユニさんがあの勝手口の近くの一階にいたのって、それが真相なのか。
マニがいる三階にいなかったのは、そういう理由があったらしい。この人はこの人で、動くべき時に動いていたのだ。
ならば、あそこで鉢合わるのも必然と言えた。
「……だから、今更だけど。ありがとう。ソラ。私はあなたに、あそこで出会えてよかった」
「…………」
急に、ユニさんに感謝を言われ。
心臓が。止まるかと。思った。
「……いえ、別に。大丈夫ですよ」咄嗟に、口だけでユニさんに答える。「俺だけじゃなく、ユメルもいましたし……俺だけの手柄じゃないです」
「ええ。そうね。ユメルも、ありがとう」
ぺこりと、ユメルの方にもユニさんは頭を下げる。
ユメルも反応に困ったように、頭を下げ返した。
「ユメル、あなた、綺麗な青髪ね……」ユニさんは続ける。「ソラも、見目いい黒髪だわ」
「…………」
これは。
多分、ユニさんの意識が、一定のラインまで行けたと。そういうことなんじゃないだろうか。
これまでの会話を経て、ようやく──ユニさんの信頼を勝ち取ることが出来たと。
そういうこと、じゃないのか。
ならば、こんな会話の機会を設けたのにも、意味があったということだ。
それは、俺の精神の変化を肯定しているようで。
なんだか、気持ちが暖まるような。
そんな感じがした。
「……ま。そういうことで。もうすぐ、リゲル城だな」
俺の変化をも、師匠は《読心》で見届けたのだろうけれど。
それについては、何も触れず。
師匠は言って、前を向く。俺も、師匠の前の景色を見るようにした。
遠くの方に、城が見える。
リゲル城は、すぐそこまで来ていた。