十六日目──1
レオ王の自殺から一日経ち。
俺が魔物達の森に初めて来てから、十六日目の昼前。俺達は四日前と同じように、五人で焚火の周りを囲んでいた。
俺、師匠、ユメル、マニ。それから、ユニさん。
そこに、ルークの姿はない。四日前との違いは、ルークとユニさんが入れ替わった部分だ。
この五人──既に、ある程度の事実確認は昨日で済ませてある。それは、レオ王が自殺したことも含めてだし、ユニさんに関しては、今までの戦闘のこともだ。ここまで来たら、ユニさんも事情を知っておいてもらった方が話がスムーズだろう。
四ツ目のこと。《有能》のこと。
娘であるマニのこと。魔女であるユメルのこと。その二人の関係のこと。
一日経って、ユニさんはどう解釈したのか。
情報を──整理しよう。
「……まずは」やはりというべきなのか、師匠が最初に口を開く。「アンレスタ国のことからだろうな」
「……レオ王は自死しました。ですから、アンレスタ国には今誰も、王がいないということに、なります」
俺は見てきたことを、もう一度、鮮明に説明した。馬に乗って逃げるレオ王に、それを追ってアンレスタ国の北側に走る俺。そうして追いついた俺が見たのは、覚悟として、自身のお腹にナイフを突き刺したレオ王の姿だった。
まるで、狂気。
他に選択肢はなかったのだろうとはいえ、リゲル国を植民地にすることで魔女を逃がした責任を霧消させようとしたレオ王。あの時はレン左大臣の方ばかりに目が行って、あまり会話することもなかったけれど、正直言って、あれがマニの父でユニさんの夫だとは、冗談でも笑えなかった。
けれど、現実はそうなのだ。
冗談でも笑えないのに、現実は本物なのだ。
「……レオは、そんなことを企んでいたと……」
そこで昨日聞いたはずの情報を、信じられないという風にユニさんが受け取る。アンレスタ城でも感じたけれど、やはりその辺り、レオ王の独断で動いていたようだった。ユニさんもマニも、何も聞かされていない。
ただ、戦場になるアンレスタ城からは、最低限避難させようとしていたみたいだから──家族のためでも、それはあったのだろう。自分がアンレスタ国の王であり続け、家族の安寧も維持し続けるために。
それに関しては、俺にも責任の一端はある。
魔女をアンレスタ城の牢から連れ出したのは、俺なのだから。
「……いえ。ソラには責任はない、でしょうね。悪いのは、それを最善で唯一の選択肢だと判断してしまった、レオにあります。それは、一国の王としてのものだから──王として動いた時点で、レオが被るべき責任です」
ユニさんは毅然と、そう言った。
ちなみに、ユニさんは普段はこんな感じらしい。アンレスタ城で見せた本性は、ストレスのかかる時ぐらいしか顔を見せないらしかった。寝巻きのような格好のままだけれど、それが気にならないくらいに、普段はこんな風に普通に会話が出来るみたいで、それは良いことだった。とは言っても、ユニさんの普段というのはアンレスタ国国王の妻だから──デフォであんな感じと言っていたマニの言も、あながち間違いじゃないのだろう。ストレスかかりまくりだったであろうことが簡単に想像できる。
今となっては、アンレスタ国国王の妻というのも過去形だが。
昨日俺の口からこの顛末を聞いたユニさんの絶句といったら、それは凄まじいものだった。マニもマニで、子供に似合わぬ複雑な顔をしていたけれど、ユニさんはそれとは比べるまでもないほどに、人生のどん底に叩き落されたような顔をしていた。それもそうだ、一国の王族からその辺の一般人になったのだ、高低差がありすぎて認識がついていかないのだろう。それに加えて、夫に先立たれたというのも相まって、ユニさんの心中は推し量れない。
これが天涯孤独だったりしたら、ユニさんもレオ王の後を追って自死したんじゃないかってくらいには、状況は煮詰まっている──だけど、マニがいる。おそらく、マニがいるから、ユニさんはまだ生きている。
マニが、ユニさんの生きる理由になっている。
ぎりぎりだ。本当に。
俺達は今、ぎりぎりの人生を紡いでいる。
「……父上、ねぇ……なーんか忙しそうだなと思ってたんだけど、ね。うーん……」
マニはユニさんほどではないにしろ、レオ王の死を悲しんでいた。王様とか関係なく、マニにとっては一人しかいない父親なのだから、当たり前だ。
ただ、マニは、一人で魔物達の森に這入ってくるという豪胆さを持ち合わせてもいる。それが子供故の恐怖心のなさだとしても、父親が自殺したという今の状況にとっては、それはプラスに働いているようだった。一晩寝たら、頭の中は切り替わったらしく、もう次の手を考えているようだ。
ユメル関連のことでマニは、アンレスタ国の大人に不信感を持っていた。だから、マニの基準ではユメルのことが最優先で、父といえどそれには勝てないと。そういうことなのだろう。それはそれで十歳の人間が持つ感情としては振り切れているような気もするけれど、でも俺だって十歳の頃は、あいつのことばかり考えていたような記憶がある。だからまぁ、そういうものだと思う。そう思うしかない。
「……アンレスタ国はこれから、どうなるんでしょうね」
今度はユメルが、アンレスタ国の未来を懸念する声を出した。無表情のままの、いつもの平坦な声だ。
マニとユニさんは言うまでもないけれど、ユメルだってアンレスタ国の人間だ。だから、自分が生まれ育った国の展望は、一応気にはなるのだろう。自身を魔女として捕らえたアンレスタ国を心配するというのも変な話とはいえ、それは折衷現象を知らない民衆の勘違いだったのだし──いや、ユメルが魔女であるということ自体は正しいのだったか。
魔女。 アンレスタ国で、怖がられ、恐れられた魔女。
その性質。
手を繋ぐだけで、子供を作ることが出来る。
それを、俺は昨日、レオ王の自死と共に皆に伝えた。どうせ師匠には《読心》でバレていたのだろうけれど、一応、レオ王に聞いた話として、ユメルに伝えたのだ──魔女本人であるユメルは、多分、知っておかなければならない気がしたから。ユメル本人とマニ、ユニさんには秘密にしておくというのも一つの選択肢ではあったのだろうけれど、仲間なのだから、隠し通すのは話としてナイような気がしたのだ。
それで。それを聞いた、ユメルの反応は。
それはそれは、なんの感情の動きもなかった。
「ああ……なるほど。それは、確かに凄い力ですね。魔女があんな感じの扱いなのは、それが理由だったんですか」とか。
そんな反応で終わりだった。自身の手を一目見ただけで、それで終わりだった。なんだったら、マニの方がビックリしていた。そんなマニの驚天動地の反応を尻目に、どうやらユニさんはそれを知ってたらしいのだけれど、そこは一人の母親だ、子供を簡単に作れるとはいっても、そう簡単な話じゃないと判断していたみたいだった。そこは、男と女の判断の差異というか、実際に子供を産むことになる母親としての、実際の体験に基づいた意見だった。
レオ王や他の王族貴族は、魔女の生殖能力を忌避し、迫害した。
だが、ユニさんはそうではなかったらしい。それも、なんだかんだマニの母だなと思わずにはいられない部分だった──が。
そうなると、気になるのはユメルの薄い反応の方である。
自分の身体にある特殊な性質を聞いて、あそこまで空の反応なんて出来るものか? もっとこう、なにか、あるものなんじゃないのだろうか。ただ単に、あまり関係のなさそうな話題だと判断したとか?
それでも、母から受け継いだであろう魔女の血だ。
なにも、無関心でいられるとは思えないけれど──でも、魔女については、既に覚悟を決めたユメルだ。何が出てきても動じずいられるように、エリザベスさんとの舌戦で自身に誓ったらしいのだから、たとえ頭の中で思考しているのだとしても、その動揺を俺達に悟られないよう表情を作ることぐらいはしそうだった。
ならば、聞くまい。
それがユメルなりの、仲間に対する気の遣い方なのだろうから。だったら、ユメルの中で結論が出るまで待つのが俺達の役回りだろう。
だから、魔女の性質を考えるのは今じゃない。今は、アンレスタ国の展望の話だ。
「つってもなぁ。外部の人間がどうこう出来る話じゃないしな」師匠は頭をかきながら、ため息をつく。「アンレスタ国のことはアンレスタ国の人間に任せんのが一番いいだろうしな……下手にリゲル国から動きを見せたら、余計ややこしくなるかもしれん」
「そうですよね……」
これで、最初の話に戻る。アンレスタ国に王がいなくなったというものだ。
今のところは、様子をみるしかなさそうだった。
「母上がアンレスタ国に戻るのは?」そこで、マニが手を挙げて提案した。「父上の代わりに、王になれないの?」
「……そりゃ、無理だろ」師匠はにべもなく答える。「そもそも、レオ王は魔女関係の責任を負わされてただろ?それで、リゲル国の支配なんて考えてたんだから。だからそれが失敗した現状、ユニが戻っても面倒くさいことになるだけさ。なんなら、レオ王の続きをユニがやることになるかもしれん」
「父上の、続き……」
魔女を逃した責任。それを、ユニさんが払うという事態になる、と。師匠はそう言っているのだ。
それはなにも根拠のない話ではなく、実際アンレスタ国でレオ王の身に起こった話である。アンレスタ国の上にいる人間は、レオ王に、魔女を逃したその責任を押し付けた。それで、こんな惨状になっているのだから──ユニさんが戻ってもろくなことにならないというのは、多分正しい予測だろう。それを国が違うとはいえ王族である師匠が言うのだから、さもありなんである。
ユニさんも、それは分かっているようだった。無言で、俯いている。
「そんで、マニ。これはお前も同じだからな? お前もアンレスタ国の王族としては、もう生きていけないんだぞ?」
師匠が突き刺すように言う。忠告を発する時の、師匠の視線だ。
ユニさんがそうなのだから、同じドンレフ家のマニもまた、同じ穴の狢というわけだ。マニはまだ幼いとはいえ、アンレスタ兵が一夜にして消え、王すら姿を消したアンレスタ城で、そんな吞気なことを言う王族貴族はいないだろう。マニのような幼子であろうと、魔女の責任を押し付けられる存在がいるならば、名ばかりの王に擁立するはずだ。そうして、レオ王の続きをやるのである。
「……まあ、でも。私は王族ってことにはあんまり、執着してないし。ユメルと一緒ならどこでも……」そんな淡白な返事をするマニ。「というか。そもそも、今のアンレスタ国にいる王族貴族って、そんな権力あるの? 兵がいないのに、民を纏められるの?」
「それは金でどうにかするだろうよ。《死隊》になって死んだ兵の代わりも、また金を出して希望者を募ればそこそこの人数集まるだろうし。そうなりゃ、あとは誰が王になるかで上の人間が揉めるだけさ。民の意見なんてそれこそ、あんま関係ないだろ」
「へぇー。まぁ、そうか。そうなるかー」
師匠の想定済みのような返事に、ぼけー、とマニが答える。本当にアンレスタ城のことに関しては、気にしてなさそうな表情だった。
マニのアンレスタ国にいる大人に対する不信感って、この様子を見るに、相当根深いんだろうな……たとえ自分の育った国が荒れてその後どうなろうと、その言葉通り、ユメルがいればどうでもいいのかもしれない。
そこまでじゃなくても、優先度が低いのは確かそうだった。
それを言われ、そこで、ユメルの周りの空気が緩んだ。マニの吞気ともとれるその発言が、ユメルは嬉しかったようだった。そこは双方向、ユメルの方からも、マニのことは大事に思っているだろうから──マニが自身と同じく、一緒にいたいと思っているのが分かって、つい感情を出したのだろう。
表情に出ないこの変化は、マニも気付いているはずだった。
本当に、いい親友なのだ。この二人は。
逆に、ユニさんの周りの空気がどんどん重くなっていく。マニのアンレスタ国を気にも留めていないような発言に、少し、うら悲しくなっているのかもしれなかった。ユニさんも現状でアンレスタ国に帰るというのは無理な話だと分かっているのだろうけれど、それでもユニさんは、王族として過ごした国のことだから──少なくとも一日分の時間では、マニのように割り切れなかったようだ。このままいくと、あの状態になるかもしれない。
泣き虫モードだ。
「ま、そんな感じで。アンレスタ国のことは、様子見しか出来ることねぇだろうな」そんな、ユニさんの感情の変化に気付いてか気付かずか、師匠はまとめるように言う。「ドンレフ家が全員いなくなったってのも、今のアンレスタ国にはドンレフ家だけを注視する余裕はないはずだから、マニもユニも捜索されることはないだろうしな。だからユメルの時みたいな追っ手を考える必要はない。よって、アンレスタ国のことはもう他に考えることはないだろ──あとはエリザベスに報告して、あいつの意見を聞いてみるだけかな」
《読心》があるのだから多分気付いている、が、ユニさんの情動には気付かぬ振りをしながら、師匠はそうまとめた。アンレスタ国のことはそれで、結論とするようだ。
あとは、エリザベスさんに意見を聞くだけ、だ。
「エリザベスはこの二日、《死隊》の暴走の処理でてんやわんやだったろうが……流石にあいつならもうそろ、リゲル兵のことは終わらせてるだろ。昨日一日、時間を置いたのはそのためでもあるし──今回の件、あたしは今日エリザベスに報告してくるよ。多分ちょうどいいくらいだろ」
「…………」
エリザベスさん。リゲル城の、右大臣。俺達がレンと戦っている間、《死隊》によるリゲル兵虐殺で起きた城内の騒動を対処していただろう人。
その対処法とは確か、秘密裏に調査するために、師匠の王族権限で情報統制を敷くというものだった。それで一旦城内の混乱を収めて、その間に次の手を考えようというもの。
上手くいったのだろうか。
エリザベスさんの仕事だから、俺が関与出来るものではないけれど──心配だった。
「ま、エリザベスならどうにかやってるだろ。大丈夫」
師匠は吞気に、しかし確信めいた言い方でそう言う。それほどに、エリザベスさんを信頼しているのだろう。
まぁ、なら──いいか。
俺が考えても仕方ないのだから、思考するだけ無駄だろう。どうせそれしか出来ないのだから、エリザベスさんの手腕に期待するとしよう。
思考を切り替える。
アンレスタ国組のこと。
もう、アンレスタ国のことについて考えることはない──と。
ん。
そうなると、マニもユニさんも、この魔物達の森に住むことになるのだろうか。マニはともかく、ユニさんは、それ、どうなんだろう……。
「……あの、師匠? マニとユニさんは、ここに住むんですか?」
心の声でもう伝わっているだろうが、聞いてみた。
と、師匠は話の流れにぴったり合わせるように、言う。
「それはな。マニとユニは、リゲル城に行ってもらうのがいいかなと、あたしは考えている」
「ええー!」最初に反応したのはマニだ。「魔物達の森に来たんだから、私もここに住むんじゃないの?
ユメルと一緒に、住むんじゃないの⁉」
絶叫だった。
ああ、マニがアンレスタ国のことを気にしていなかったのって、ユメルとの生活が戻ってくるからか……誰だって、信じられない大人との生活よりは、親友との生活の方がいいだろう。それで、アンレスタ国のことなど向こうに置いて、ユメルよの共同生活に思いを馳せていたようだった。
「マニ……」と、ユメルはユメルで嬉しそうだったけれど、しかしすぐに自分を諫めるようにする。「……マニはアンレスタ国の王族なんですから。ここにいるよりは、まだリゲル城の方がいいでしょう」
「ええー! ユメルもそう言うの? 本当に? それ、本当に言ってる?」
絶叫だった。
まぁ、気持ちは分かる。アンレスタ城に帰る時も、やっとの思いだったし。
ただなぁ……。
魔物達の森にいるのも、それはそれで危険な状態ではあるだろう。いつ何時、どこで、魔物に襲われるか分からない。深夜の、アンレスタ城からここへの道程だって、ユメルがいたからこそ来ることが出来たのだし──師匠の匂いが染みついてない二人は、これから先、この森での生活は耐えられないはずだ。
どんな時でも、俺かユメルの片方が傍にいられるとは、限らないしなぁ……。
「じゃあリュークに抱き着く! そうして匂いをつければ、あんなトカゲみたいなの出てこないでしょ!」
妙案だというようにフンフンとマニは鼻を鳴らした。トカゲ型の魔物に襲われた時はなにも手立てがなく、蹲って泣いてしまったことを忘れているようだった。いや、忘れているわけじゃないだろうけれど、ユメルの前ならば、マニはそこまで張り切れるのか。魔物達の森に一人で来たのがいい証拠だ。
「いや、魔物はそれでいいとしてもな。ただエリザベスが五月蠅そうなんだよなぁ……」師匠はリゲル城の方角を見ながら、肩をすくめて言う。「どうせこれからエリザベスのとこ、行くし。そしたら、アンレスタ国の王族を匿ってることもバレるだろ? そうなったら絶対、リゲル城に呼んでくるように言うぜ。エリザベスはよ」
ああ。それで、話の流れが丁度いいという顔をしたのか、師匠は。
今はお昼時。時間的にもちょうどいいくらい。これからエリザベスさんのところに報告しに行くという流れで、ついでにマニとユニさんのことをエリザベスさんにも紹介しようと。そういう算段を師匠は画策しているようだった。
たしかに、エリザベスさんが隣国のアンレスタ国、その王族を放っておくとは思えない。どういう対応をするにせよ、一度面会して話をするのが最低限の対応だとエリザベスさんは言いそうだった。
「……でも私とマニは、今となっては元、王族ですよ……」俯いて無言だったユニさんが反応する。「その、リゲル国のエリザベスさん、が重宝するような存在じゃないのでは……」
「元だったとしても、影響力がないわけじゃない。エリザベスはなにかしら、上手いことしてくれる奴だよ。だから安心していい」
「…………うぅ、ふグっ」
おっと。
ユニさんの緊張ゲージが、そこで限界に達したようだった。
ぼろぼろと、涙が溢れ出てくる。
「……で、でも、となりのくに、だしぃ……いろいろ、せきにん、とらされてのたいい、だしぃ……そんな、ひとたち、なんのかちもないんじゃ、ないのぉ? だって、そんなの、なににもやくにたてないじゃない……わたし、なにをしていきていけばいいの……?」
「…………」
見知らぬ人が、三人。そんな状況で、レオ王のこともある中、自身の今後の進退を考えるのは──まぁ、ストレス、やばいだろうな……。
そこはユニさんの性格に限った話じゃなく、どんな人にも言えることだろうけれど。
あんなことがあってからじゃ、すぐに思考しろというのも無理な話だろう。回復には時間が必要だ。
もしかしたら今後、回復しないかもしれない。
「わたしにとっては、あなたたちだって、しんらいできたものじゃないかも、しれないじゃない……わたし、きのうから、わけが……」
「母上」
と。
そんな、ユニさんの独り言を止める声が。
そこであった。
誰あろう、マニである。
マニはユニさんの目を正面に見つめて、真剣な顔で言った。
「母上。この人達は信頼出来るよ。人生を預けるのに十分な人達だよ。だって、ユメルを助けてくれた。他の国の人だろうと関係ない、ユメルを助けてくれた。それだけで、私は信頼出来るよ」マニはこれだけでは足りないかと、言葉を続けた。「それに、ほら。今、母上がここに避難出来たのだって、この人達がいたおかげでしょ? アンレスタ城にいたままだったら、私達多分、死んでたよ? リュークがあんな状態に陥るほどの戦闘があったんだから……て、母上は見てないんだっけ」
マニは思い出すような仕草をとる。
そうして、そこでもう一回、ユニさんの目を、マニは見つめた。
「まぁ、でも。それでも、今こうして生きていられる。食べるものだってある。寝る場所だってある。それを提供してくれたのはこの人達でしょ? だったら、信じていいでしょ、少なくとも……とりあえずは。これから先、母上がどんな感情を持つかは自由だけれど、とりあえずは」
信じていいと思うよ、と。
マニは正面から、笑顔で言い切った。
ユニさんも、そんなマニに目をとられている。
いや、これに関しては、ユニさんのことを責めることは出来ない。マニの方にはユメルという存在がいて、それを証拠に、先に俺達との関係を作っていた。それから日数が経った今でもユメルは俺達と行動を共にしているのだから、マニにとっては、ユメルの仲間である俺達を疑う意味がないのだ。だから、ユニさんとマニではこの状況での感覚が違うのだった。
ただ、万が一の可能性を考える人はいるかもしれない。それはたしかに、理由にはなるだろう。
でも。
でも、理由はあっても意味がない。ユメルが信頼している人間なのだから、疑う意味がない。
それが、マニの行動定理だ。
それが基準なのだ。
だから、それらが今のところないユニさんは、マニほど俺達を信頼出来ないというのも、当然の話なのだ。まして、レオ王の退位があった直後なのだから、混乱するのも必然。そこの対応には、母と娘とか、大人と子供なんて概念は関係がない。人間ならば、誰でもこうなる。誰でも混乱し、取り乱す。それが当然だ。
でも。
ユニさんはそれを聞いて涙を拭き、師匠を見るようにした。
「……マニの言う通りですね。私はあなた方を信じることにします。それしか選択がないというのもありますけれど……マニがここまで言うのなら」
「……じゃ、エリザベスのところに行ってくれるな? ユニ」師匠が確認する。
「ええ。私はあなたの言うことを聞きましょう。それが未来への道になると信じて」
ユニさんは言って、師匠にペコリと頭を下げた。そこには臆病な彼女はいない。
一人の母として。
そうして、俺達の仲間として。
言葉を口に出す、ユニさんの姿だった。
「……オーケイ。あたしも、悪いようにはしないよ。なんたって隣国のお偉いさんだ。面倒事を避けたいのはどっちも一緒さ」
師匠も答える。
リゲル国の王族とアンレスタ国の王族。
片方は元だけれど──多分、初めて。
このニ国の交友が取られた瞬間だった。