海域①
「——騎士団ってどんな人達か教えて頂いてもいいですか?」
王都ヴェネス王国では世界中から冒険者を募っている。主に外部で起こる問題事や討伐依頼を中心に活動している。対して王国騎士団は国王や貴族、重要人物の護衛や国の警護等に尽力を尽くしていると言う。
「王国内部騎士団、王国外部は冒険者というわけだ」
「でも王国にいてもギルドエリアでは見かけませんね?」
「騎士団様はお忙しいから、我々冒険者など見向きもしないのさ」
ギルド内での休息中、悠一は騎士団について吟と智夜に聞いてみたのがきっかけである。
騎士団と聞いて智夜は嫌な顔をしながらこういった。
「だってかつて魔女を退けた冒険者たちに対して当時の騎士団長は、自作自演の共謀だ、本来は騎士団の功績だと散々文句ばかり言っていたからね」
「でも魔女を退けたのは紛れもなく冒険者なんでしょう?当時の冒険者たちは何故反論をしなかったのでしょうか?」
元より国の為なら騎士団も冒険者も関係無く力を尽くすのではないかと悠一は疑問を提示した。
「当時汚れ作業は冒険者と相場が決まっていた。騎士団は国を守る顔としてお高くとまっていたのもあった……今じゃエドンティスをはじめとする重鎮がいるから改善されたけどね」
――数日後。
悠一はいつも通り依頼を受けつつギルドでの雑務をこなしていった。時には同じくギルドに所属する仲間と飲みに行ったり一緒に依頼を受けるなどかなり充実した日々を送っていた。
その光景に最初こそギルドに馴染めるかと心配していたチドや吟も今は安心している様子。
時折依頼関係で怪我をした暁には鬼の形相で「またお前か」とヴァンチェッタ医師が地を這う声で言うものだから恐ろしい。
そんな慣れた日常にこそ、本当の恐ろしさが潜んでいるのは言うまでもない。
「最近のチドさん、なんだか慌ただしい気がしませんか?先ほど外に出ていきましたが」
「魔女の情報が出回ったそうだ」
「!」
チドだけではなく、他のギルドも慌ただしい気がした。
聞けば世界を脅かす魔女の情報が出たそうだ。
「貿易を生業とするシュリランテからの情報だ。あそこは情報屋が多く在籍しているから確かだと思うがな。今は各ギルド長全員が王宮に集まっている頃だろう」
魔女。
その言葉だけでも不安を抱く。
「いつでも戦えるようにしておけ。状況を見て我々事務員も参戦する」
「わかりました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――王都ヴェネス王国王宮内 謁見の間
エドンティス組頭 時雨臣を筆頭に集められた各ギルド長達を前に、国王ヴェネス・ヴァン・オードックは告げる。
「既にシュリランテから情報を聞いているとみた。魔女の件だが我が国の海域にてその姿を捉えた。
あの海域は経済での利用は勿論、四大貴族が深く関わっておる。せめて今後も安全に利用できればと思っているが……その点でどうする?時雨臣よ」
「恐れ入りますが陛下。海域にて魔女の姿を捉えたとなれば何故襲ってこないのです?
ましてその姿を見た者は何処へいらっしゃる?」
「……その者は魔女を見て発狂した。出来るだけ情報を伝えようと殴り書きのメモを手にしたまま、昨日搬送先の病院で亡くなってしまったとヴァンチェッタ医師が言った」
魔女による発狂死。
どよめく一同に臣はメモは回収できたのかと追及した。どうやらメモは無事回収できたものの、走り書きのメモには「まじょ、うみ、め、あし」しか読み解けなかったと言う。
「シュリランテ番頭ベルベット・エーデル。事情を説明せよ」
一同の中から登場した青年ことシュリランテの長である番頭ベルベット。彼は自身の祖父である会長の代わりに自慢の航海術による海域の貿易ルートを確保しつつ、他国との貿易にも力を入れている国の重要人物である。
「総員30名の中、唯一帰還できたのは救命ボートに乗った5名。内1人が発狂死を遂げ、残りの4名は重度の後遺症を残し今も精神病棟で入院しています。魔女による精神攻撃の類であるとヴァンチェッタ医師の診断です」
航海中に魔女に出くわし、25人が巨大な渦潮に巻き込まれ死亡。
まともに魔女を見た1人は発狂死。生き残った4人は精神汚染による自傷行為、記憶障害、言語障害、水恐怖症を患い精神病棟への入院を余儀なくされた。
「精神汚染に詳しい者はいるか?」
「残念ながら我がギルドにはおりません。そもそも精神異常を回復できる手段を持っているのはここから遠い地にあるロギナ帝国の大聖堂に従属する方々でしょう」
「左様か。他のギルド長達も自身のギルドの中で魔女に関する情報を持っている者や精神鑑定スキルを持つ知り合いがいれば必ず報告するように。このままでは魔女による被害が拡大してしまう。
魔女は生命の魔力を奪い自身の力にする恐ろしき生き物だ。下手に対抗せず逃げることに専念せよ」
それから暫くして、ギルド長達は互いの意見を交わしながらも解散することになった。
チドも早くギルドに帰って仲間に伝えなければならない。早足で応急を出ようと角を曲がった時だ。
「「!」」
角を曲がった瞬間、すぐ傍まで歩いている影に思わず顔を背ける。
相手はチドを見るなり嫌そうな顔をしながらこう言った。
「なんだ貴様か。相変わらず薄汚い仕事をしているのだな」
「国王陛下直々の招集だ。王の為国の為ならば懸命に従事するのが我々ギルド長の仕事でもある」
「陛下はお前等にチャンスを与えてくださっているのだ。貴様等汚れ役のギルドなど本来ならば使い捨てが当然だというのに、利用価値があると言うだけで生かされている」
輝く白銀の甲冑と青のマントを靡かせる一人の騎士。その端正な顔立ちは堂々としており、また鋭い眼光はいつになくチドを睨んでいた。
「貴様の愚行は一生忘れぬぞ」
「俺は正しいと思ったことを成し遂げるだけだ」
これ以上無駄話は必要無い。
チドは勝手に通り過ぎるが、騎士の男はニヤリと笑っては。
「そう言えば貴様の所に新しく入団した奴がいると聞いた。噂になっているぞ?
四大貴族の令嬢を口説き落とそうとしている姿が見えたとな」
「その令嬢に対して満足な護衛をしていなかったのは何処の誰だろうな。
道中逃げられただけではなく、買い物途中で逸れた騎士は誰だろうとギルド内で噂になっているが?」
「——ッ。貴様ッどこでその情報を!」
図星だったのだろう。チドを掴みかかろうと手を伸ばそうとした瞬間「待て」と落ち着いた声が遮った。
「やめなさいルードウィッヒ。騎士たる者が他者に乱暴をするなど騎士道に反する行為だ」
「エレノア副団長…!しかしこの男は騎士を穢す言葉を!」
「彼の言ったことは事実である。その件に関してはお前の代わりに団長が単身ヴェッカス家に謝罪をしに行ったのを忘れたか」
どうやら貴族の護衛役は眼前のルードウィッヒ本人であったのだ。壮年の女性こと副団長エレノアは凛とした表情を崩さずにチドを見据えては「部下が申し訳ないことをした」と謝罪した。
「しかし驚いたな。この情報を知っているのはヴェッカス家と団長、そして私だけだと言うのに」
「ウチには女にだらしない放浪癖のある男がいまして。かといって、やたらと裏情報に詳しいのでそう言った情報も手に入ります」
「それは恐ろしい。今後はその者に悟られぬよう益々情報の守備を高めねば」
「副団長!ギルド相手に謝罪などする必要はありません!ましてこの男は…!」
「口を慎め。そこまで反論するならば私ではなく団長に伝えてはどうだ」
ルードウィッヒの言葉を切り捨てるように冷たい視線が突き刺す。
過去に失態を犯したことを含めばこれ以上後が無いと悟ったのかルードウィッヒは黙った。
「魔女の件だが万が一のことを踏まえ我々騎士団も参戦するやもしれん」
「畏まりました。その際は互いに損害が出ぬよう心がけます」
「これからも大いなる翼に期待している」
ようやく外に出れた頃にはギルド長は自分だけ。何も変わらない王宮にチドはギルドへ帰宅する。
そして先ほどのルードウィッヒの発言を思い出す。
――四大貴族の令嬢を口説き落とそうとしている姿が見えたとな。
「あの時か」
魔獣討伐後に病院へ行った際、随分と遅くに出歩いていた悠一。
迷子の子供を送り届けていたという咄嗟の嘘にわざと追及しなかったが、まさか相手が四大貴族とは思いもしなかった。しかもヴェッカス家の令嬢となれば誰かはすぐにわかる。
「俺もアイツも、結局似ているからなぁ」