魔獣②
チドは魔獣の件で早く会議が終わらないかと気が気でなかった。
本来ならばさっさと会合を終わらせて悠一達と合流し魔獣を倒すことを考えていた。しかしながらすぐに終わらなかった原因があった。
「だーかーらー。いい加減国の為に増税をだな…」
「その件は貴族会議にて行ってください。今儂等がすべきことは如何に迅速に魔獣の対処を考えることですが?」
ギルド会議でまさかの貴族が参入してしまったのだ。しかも相手はヴェネス王国の貴族ではなくエトワール側の貴族である。何故貴族が参入したか。それは元々エトワール側の冒険者ギルドの一部が人手不足故に代理で来たのがこの貴族と言うわけだ。
「ウチとの貿易を継続するためにも増税しなきゃ何にもできないの。貿易が途絶えたら困るのはソッチでしょ?どうすんの?」
あくどい笑みを浮かべながらひたすらヴェネスに課す増税を行えと戯言を吐く。そもそもこの会議は魔獣を対処すべく各ギルド長が対策を練る会議なのだが。
「お頭。シャークさんから伝達が……」
「シャークからだと?内容はなんだ」
「魔獣の件で緊急事態があったようです。内容は此方に」
通達係の者がエドンティス組頭時雨臣に一通の紙を渡した。口頭で伝えないのは眼前の貴族を気にしてか。
「……会議は中止だ。すぐに出る準備を」
「ちょっと!せめてコッチの話を終わらせてからだな」
「命が惜しければ早めの帰宅をお勧めする。それとも死にたいのですか?」
ぐっと言葉を詰まらせる貴族を横目に自分も準備を済ませる。
この会議で最も歴のある年長者は臣だ。国王から信頼を得ている彼の言葉に従った方が無難だ。
「して、チドよ。お主の所に最近加入したばかりの冒険者がいると聞いた。その者は順調か?」
「はい。ウチは近距離戦を得意とする者がいなかったので非常に助かっています」
「左様か。しかし随分と甘ちゃんだと聞くが?」
言葉の裏で未熟だと指摘されたのは嫌でも分かる。優しさや真面目だけではやっていけないと、いつ死んでも可笑しくないと視線が物語る。
「我々は偉大な先人の行いの上に立っている。先人に恥じぬ行いと秩序を保つために今を正さなければならない……例え道半ばで死んでもな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シャークに担がれたまま連れられたのは簡易治療所であった。
シャークの命により部下たちがすぐ作ったらしく、まともな回復魔法を覚えている者が一人しかいないため大忙しとのこと。
「シャークさん!なんでこうも簡単に怪我人を連れてくるのですか!
ペティだって暇じゃないんです!」
「ペティ、お前の余所者嫌いは理解しているが今は協力者だ。まともな回復魔法を覚えているのはお前しかいないし、他の連中は体勢を立て直すのに必死だ。だからこそお前の力が必要だ」
「うぐぐ……ちゃんと手当付けてくださいよ」
「頑張り次第だな」
ペティと言われた少年?らしき人物から治療を受けることに。
数ある冒険者でも覚える人が少ない回復魔法を扱えるなんて凄いことだ。
「あのシャークさんが他人を担いでここまで連れてくるなんておかしいです。きっと魔獣との戦いで頭を強打したに違いないです。お前はお前で何で生きているのか理解しがたいです」
「助けられたといいますか……彼のお陰で半端な覚悟で魔獣に挑めば死ぬと分かったので死なないためにも頑張ると決めたんです」
「お前の頭の中は未熟でいっぱいですね。さっさと回復してどっか行きやがれです」
数分で足の怪我が治ったのですぐに戦いの準備をしなければ。
「有難うございますペティさん」
「お前に感謝されて喜ぶほどペティは子供じゃないです。これでも成人済みの大人です」
まさか成人済みとは、なんて口に出したらそれこそ失礼だ。
「もう治療が終わったのか」
「はい。すぐにでも魔獣を何とかしないと……」
「今さっき臣さんから伝達がきた。ギルド長全員がこの拠点まで来てくれるそうだ。
お前の所のギルド長もくるだろう」
「エトワール側は何か言っていますか?」
「現状貿易用の門を閉じたそうだ。人手不足だからと俺達に丸投げ状態だから支援は望めない」
深刻な人手不足となればそれ以外方法はないのだろう。
それにギルド長達が来てくれれば何とかなりそうだ。
「ただここまで来るのに時間がかかる。それまでに臣さん達の手を煩わせるようなことはしたくねぇ」
ここではシャークが指示役を勝手出ることにしたようだ。そのため自分の部下をはじめ他のギルド冒険者
を集めて作戦会議を行うと言う。
ペティ曰く、シャークはエドンティスの幹部クラスだと言う。
「実のところ、幹部クラスが出るのは相当なことです。それでもシャークさんは後輩冒険者の為にわざわざ来てくれたんです。感謝してほしいくらいです」
「シャークさんは勿論、ペティさんもお忙しい中俺達の手当をしてくださり感謝いたします。
俺自身未熟なことは変わりないですし、今後も学ぶことが沢山あると思うので精進するつもりです」
「……お前って格闘家の癖に真面目ですね」
そんなに格闘家って礼儀知らずが多いのだろうか。少し不安である。
「悠一。お前は誘導要員として参加してもらう。出来るだけ狭い場所に誘導してからトドメを刺す。
トドメを刺すのは遠距離攻撃が得意な奴に任せるつもりだ」
出来るだけ身のこなしの軽い者が魔獣を狭い所までおびき寄せ、狭い場所で身動きが出来ない間に一斉攻撃をするらしい。
「下手に相手するな。なるべく逃げる事だけを考えろ」
いわば囮役。
死にたくなければひたすら逃げておびき寄せるしかない役割。
「わかりました」
足の怪我はペティに治してもらったお陰でなんとかなりそうだ。シャークたちから誘い込む場所を教えてもらい必要最低限の装備と荷物を持って単独で魔獣を探す。息を殺し静かに行動している国境を超えた先に魔獣はいた。槍で片目を潰されているので何度も鼻を動かして辺りの臭いを探っているのだろう。
(やるしかない)
荷物から取り出した発煙筒。これを少々改良した臭いがキツイ代物だ。現状臭いで周りを徘徊する魔獣にとってこの臭いなら追ってくるはず。
ライターの火で一気に煙出る。ソレを掲げこっちだと叫べばあとは逃げるだけ。
――グルガァッッ!!
魔獣の咆哮を背に発煙筒を持って走る。決して後ろは振り向かず、決して道を間違えず走る。
火炎ブレスを危惧して前を向いたまま木々に飛び移りながらも目的地へと誘導する。
途中躓きそうになったり木々を抜けた際にかすり傷もあるが―――
「あとはお願いしまぁぁああす!!」
必死に叫んで発煙筒を遠くへ投げた。
同時にシャークの指示で他の冒険者たちが一斉に攻撃を開始した。
「悠一!」
何とかその場から逃げた悠一の背後でチドの声が聞こえた。
「よく頑張った!本当に、無事でよかった」
チド以外のギルド長達もいた。
まだ魔獣は生きているため油断できないと伝えれば。
「左様か。ならば儂が始末しよう」
捕縛されても尚暴れる魔獣を前に刀をわずかに抜いた瞬間。ドッと鈍い音と共に魔獣の首が落とされた。
「美味い所を持って行ってしまったが、元はお主ら冒険者たちのお陰。儂等ギルド長が出る幕では無かったということだ。この件は儂が国王陛下に報告しよう。分け前は後程連絡致す」
魔獣の首は王宮に献上されるそうだ。その時見えた首の断面は綺麗で熱による焼灼止血法で出血は抑えられている。一瞬でここまでできるなんて流石は組頭としか言いようがない。
「誘導、有難うな悠一」
「いえ。これも皆さんのお陰です」
「そう遠慮すんなって。俺から臣さんにお前の活躍を言っておくから堂々としとけよ?」
「うっ…正直あの人怖いんですけど」
帰り際シャークから声をかけられた。どうやら今回の件で色々と見直したと言う。
そんな光景をチドは。
「ウチの構成員は凄いでしょう?」
「そうだな。同じ格闘家としていいもんだな」
「今後も大いなる翼を宜しくお願いします」
「おう。なんかあったらコイツだけ借りるわ」
「巨漢の間は圧が凄い!!ペティさん助けて!」
「諦めるのです。この大馬鹿者」
「ガタイの良い男二人に挟まれるよりも、俺は年上のお姉さんに相手されたいんです!」
「お前の癖はどうでもいいです」
何とか帰宅したが、何故かチドは暫くのあいだ悠一の外出に制限をかけたと言う。