白銀の彼女
「悠一はどこまでこの国のことを知っているんだい?」
「えぇっと……あまりわかってないかも」
特に依頼も無ければ誰かのお手伝いも無い、何もない一日。
何か暇つぶしできないかと思ったら共用廊下で智夜に出会った。
冒頭の言葉に悠一は苦笑いを浮かべた。
「ヴェネスの冒険者になる以上、お恥ずかしい限りです。
差し支えなければいくつか教えて頂きたいのですが……」
「恥ずかしくはないさ。国外から来た者ならなおのこと。
知ろうとするその意思は勤勉である証拠だ」
使わない談話室に行き彼から抗議を受けることにした。
「さて、まずは国のことから話そう」
――ヴェネス王国は数百年も続く由緒ある歴史を持つ。
現国王はヴェネス・ヴァン・オードック。その息子がヴェネス・ヴァン・アレンという。
「確かこの国は魔女による戦争があったとチドさんから聞きました。それっていつかわかりますか?」
「そうだねぇ。聞くところによるとそんなに昔じゃないと思うよ?
そうそう。悠一って今何歳?」
ニコニコと揶揄うような笑みを浮かべ煙管を吸う。
独特な人だなぁと思いつつも「今年で19です」と返す。
「19!?ヴェネスだと18で成人だが成人して間もないだなんて。
若いっていいねぇ……私からすれば赤子みたいだ」
しみじみと言うが何の会話しているのやら。
「ヴェネスの歴史は置いといて次は国外について話そうか」
ヴェネス王国以外でも冒険者は存在する。
特に同盟国とされるエトワール王国はヴェネス王国とは長い関係を持つとされる。
「少し場所は遠いけど、オードック陛下は向こうの国王と仲が良いんだ。
もしどちらかが緊急事態になった際は互いの冒険者を送ることもできるから人手不足の解消にもなる。あとあの国は酒が美味いし美女も沢山いるよ」
「最後は私情ですよね?」
「いいじゃないか。
あとは……そうそう、ワッセンカ王国は注意した方がいいかも」
ワッセンカ王国は砂漠地帯にある王国で弱肉強食を徹底しており、また文明発展にも力を入れている。
「あそこも冒険者を束ねるギルドがあるけど過激派ばかりでオードック陛下も困っているんだ。
かといって下手に関われば戦争待った無しだし私達も関わらないようにしているよ。
二つの国はヴェネスから近いから尚更平穏を保たないと」
「お国事情って難しいですね」
「我々は国から依頼されたことをこなす冒険者だ。お国事情は王国騎士団に投げればいいさ」
この国に騎士団なんていたっけ?首を傾げる悠一に智夜は言う。
「一応いるよ。一応ね」
「もしかして冒険者と騎士団って関係上良くない感じですか?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あれから智夜との会話を終え、丁度昼時となったので外食することにした。
智夜に至っては吟に見つかって仕事しろと連行されてしまった。
「冒険者として色々と勉強しないとなぁ」
知らないことが多すぎては今後の活動に影響が出る。
格闘家としてできるだけ味方の為に前線に出なければならないし、今後前線以外にも補助に回るかもしれないのだ。
「……はぁ」
まずは出来ることからやろう。
そうだ、吟から新しくできたパン屋があったことを聞いた。帰りついでに買って帰ろうと煉瓦の街並みを歩いていたら。
――ドンッ
「「!」」
曲がり角から走って来たであろう女性とぶつかった。
倒れぬよう受け止めれば、女性は悠一を見てこう言った。
「ねぇ貴方!逃げるの手伝って!」
いきなり何を言い出すのだこの女性は。
よく見れば目立つ白銀の髪にアメジストの瞳、服装からして裕福層の人物だと伺える。
「いいから!」
半ば強引に女性は悠一の手を取った。
そのまま裏路地を走り続けている途中、背後から甲冑を来た兵士が追いかけて来た。
「説明してくれ!何で逃げているんだ!」
「あとで話すわ!」
女性は体に魔力を纏わせ兵士に向かって冷気魔法を放った。
凍り付いた地面に足を取られている間何とか逃げ切ることに成功した。
(魔法で何とかなるなら俺いらないんじゃ……)
「もう!いい加減にしてって話!」
女性はくるりと悠一に向き直った。
整った顔立ちと目立つ髪色では薄暗い裏路地だと異質に見えた。
「見たところここの住民じゃなさそうね?
私はロウェナ。ヴェネス王国の中で最も地位の高い大貴族がひとり。
いずれは家督を継ぎ王国のためにより良い平和と安寧の為に尽くすと決めた女よ!」
「だ、大貴族…?」
「貴方大貴族も知らないの?ありえないわ!」
自身を大貴族の一人と名乗るロウェナ。
勿論ヴェネスの歴史を知らない悠一からすれば貴族というのはどこも一緒なのではと考えていた。
「いーい?大貴族って言うのは貴族よりも上の立場。言ってみれば部下を纏める上司みたいな存在よ。
上に立つ者としてあらゆる学問は勿論、武術や政治を極めないと駄目な家系ってこと!」
「それって大変なんじゃないのか?」
「確かにそうだけど……大貴族の跡継ぎとしてはしっかりしなきゃいけないの」
王国の端にある噴水広場まで行けばロウェナはある一点を見つめた。
つられて見れば仲の良い親子がアイスを食べていた。
「もしかしてお腹空いた?」
「違うわよ。大貴族たるもの、常に市民の安全を確認するのも仕事のひと―――」
…ぐぅ。
「!」
「キミに出会うほんの少し前におやつでも買おうか悩んでいたんだ。俺の為と思って一緒に食べようよ」
「し、仕方ないわね!言っておくけどお金は私が出すわ。大貴族たるもの市民の為に財を使うこともあるから!」
ロウェナと一緒にアイスを買ってそのままベンチで一緒に食べた。アイスを手に嬉しそうにする彼女を見て悠一はなんだか和むなぁと思った。
「でも何で兵士に追いかけられていたんだ?」
「……お父様が過保護なだけ。跡継ぎだからとあまり外に出してくれなくて、でも私は外に出て町の様子を知りたかったの。国の為に働く市民の生活を知らずに政治を学ぶなんて意味が無いと思ったの」
「知ろうとすることは良いことだ。でも時に危険を伴うから、次はちゃんとお父様に相談したら?」
「そうする」
両手で一生懸命アイスを頬張る彼女の頬にアイスが付いたままだ。
思わず指で掬えば彼女は顔を赤らめては。
「破廉恥よ!」
「えぇー…」
それからロウェナは家に戻ると言った。流石に女性一人ではと思ったが大丈夫らしい。
「こう見えて飛行魔法を心がけているのよ!これさえあればいつでも家に帰れるってわけ!」
「便利な魔法だなぁ」
「風魔法の応用よ。でも魔力の持続性を考えたらそんなに使えないけど。
貴方って保有属性は何かしら?」
「俺は……」
「あ!私ったら人様のプライベートに干渉しちゃってるわ!
下手に属性を知られたら嫌な人もいるわね……ごめんなさい」
「いいんだ。ちゃんと安全を考慮して帰るんだよ」
「言われなくても大貴族たる私がヘマをするわけないわ!貴方も気を付けてね」
ふわり、と軽やかに飛んだロウェナと別れの挨拶をする。
アイス美味しかったわと名残惜しそうにする彼女にまたね、とは言えなかった。
それでも彼女は。
「また会いましょう悠一!私のこと忘れないでね!」
微笑みながら彼女は空を飛んだのであった。