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序盤にしては詰んでいる


悠一(ゆういち)は今までとは比べ物にならないほどの感情が一気に押し寄せて来た。

チドと吟に連れてこられたギルド【大いなる翼】はここ数年飛躍的に有名になったと聞いていたからだ。そして大いなる翼と同様に有名なのが武闘派集団エドンティス、貿易の要シュリランテとも交流があるという点だ。

この二党はヴェネス王国における重要なギルドなので交流できる時点で相当凄いことがわかる。


「俺って騙されてる?」


今まで頑張って他のギルドの面接に挑み続けては落ちての繰り返し。その日暮らしの生活を覚悟していた矢先、まさか有名なギルドに就職するなんて騙されているどころか悪夢に近しい。

まさか偶然出会った相手がギルド長なんて誰が想像つく?


「アイツは面接で人を集めるよりも一緒に戦ってみればわかると言い出してな。

遠距離や補助役はいても近接タイプがいないと悩んでいたから丁度よかった」


案内役の受付事務員の(ぎん)曰く。

チドは自分と同じ戦場に立つ相手を欲しがっていたそうだ。しかし腕の立つ冒険者は主にエドンティスの面接を志望するという。そのせいで人手が足りないと判断した彼は大衆向けのクエストボードにいる個人勢に目を付けたそうだ。


「面接で採用してもいざ実践で使えなかったら意味が無い」


厳しいが事実そうだ。

冒険者である以上危険を伴う依頼は多い。故に生半可な覚悟で挑めば命を落としかねない。


「強引そうに見えるが割と仲間想いなんだ。悪く思わないでくれ」


そんなチドだが溜まりに溜まった仕事のせいで今はいない。なんでもギルド長会議に出席しなければならず暫くは多忙だとか。その間は吟が面倒を見てくれることになったので傍にいることにした。


「ヴェネスに来るまで何をしていた?」


「ずっと修行していました。少しでも誰かの役に立ちたくて」


「ご家族は……いや、下手にプライベートの干渉は良くないな」


「家族は冒険者になることを了承しています」


「……そうか」


最初こそキツそうな性格だと思ったがそうでもなかった。時折自分の様子を伺うこともあったし、何よりギルドに関して色々と教えてくれたのだ。恐らく根は良い人なのだろう。

しかし彼の職場でもある事務業務を見せて貰ったが滅茶苦茶忙しそうだった。


「討伐依頼とはまた別物って感じですね」


「役所に渡す始末書や経費の精算があるから尚更な。嗚呼そうだ、代わりにこの書類を役所に届けてくれないか?届けた後はゆっくり休憩しても構わない」


「わかりました」


書類の束を受け取るもかなりの量だ。吟から託された書類の為にも役所へ向かおう。

役所はギルドから片道10分程度の距離だ。チドと出会ったクエストボードから程近い場所にあり、この役所があるおかげで冒険者たちが安心して依頼をこなすことができる。


「すみません。大いなる翼の吟さんの代わりに書類を届けに来ました」


「畏まりました。少々お待ちください」


受付嬢の元へ行き書類の束を渡す。無事申請が通れば悠一の仕事は終わりだ。

鳴りやまぬ電話の音や多くの冒険者たちの声と役員たちの書類確認の動作。冒険者だけではなくこういった一般職の人達にも敬意を払わなければ。


「おい!どうなってんだよ!!」


申請の確認待ちをしている途中、場にそぐわぬ怒声が聞こえた。

声の主はどう見ても冒険者だ。怒声された相手は役員で中年の男性だった。


「なんでこの申請が通らない!」


「ですから、あなた方の実力ではその依頼は受理されません」


どうやら実力に見合わない依頼を受けようとして却下された様子。

稀にいるのだ。金額だけで判断し高難易度の依頼を受けようとする者が。

臆することなく淡々と言い返す職員に腹を立てた冒険者の一人が殴りかかろうとするので居ても立ってもいられなかった悠一は割って入ることにした。


「皆さんのことを思っての判断だと思いますよ?」


寸前で止めた拳に一瞬呆気にとられた冒険者だが虫の居所が悪いため今度は悠一にヘイトを向ける。


「うるせぇ!」


ここで暴れたら周りに迷惑だ。しかし向こうが武器を手に取ろうとした瞬間。


「——やめんか」


「!」


ドッと背筋が凍るほどの殺意。

思わず役員の男性を庇うようにして戦闘態勢に入るが、先ほどの冒険者の姿は無かった。

否、冒険者は何かしらで吹き飛ばされ誰もいない壁に激突していたのだ。


「やれ、血盛んな冒険者がいるものだ。

ここは儂がなんとかしよう……すまんな皆の者」


「お手を汚すようなことをして申し訳ございません、臣さん」


「構わんさ。いつも申請の際駄目な所をハッキリ言ってくれるお主がいてこその役所だからなバートン・ロネスク役所長」


背後で淡々と話す男はなんとこの役場の所長であった。対して役所長バートンに向けて笑う男はこれまた珍しい恰好をしていた。確か異国の服装である和装というものだったか。


「キミも助けてくれた有り難う御座います。ですがこれらは頻繁にあることでして。

安全のため無理に首を突っ込まぬようお願い致します」


「はっはっは!相変わらず固い男だ!しかしまぁ……見慣れぬ顔だが?」


「自分は悠一と申します。えっと……今は大いなる翼で仮入団させてもらってます」


「ほぉ?誰に許可を得た」


「え?チドさんと吟さ―――」


ヒュッ

一瞬。されど一瞬のことだ。黒い刀身が悠一の首を捉えた瞬間すぐさま後ろに下がった。

入り口の逆光で見えにくいが相手の目は確かな殺意が含まれていた。


「反射神経は良い方だがお人よしな部分もあると見た。

だがあの二人が許可を出すには見えんがな」


「臣さん。役場を血まみれにしないで頂きたい」


「すまんなバートン。これも秩序のため」


一体何なのだこの男。

刀身を鞘へ戻し先ほどと同じく笑う。それが恐怖でしかないが本人は気にもしていないのだろう。


時雨臣(しぐれおみ)だ。今度も宜しく頼む」


(いま……今後もって言わなかった?)


大いなる翼について反応を示したので関係者か?

彼も書類をバートンに渡し、先ほどの冒険者の首根っこを掴んで帰ってしまった。


「知りませんか?彼はエドンティスの組頭です。いわばギルド長ですよ」


「いや情報量多すぎぃ!」


まさか役所で出会うなんて思わなかった。

それにギルド長の立場ならチド同様ギルド長会議に出席しているはずでは?それとも会議は終わったのだろうか。


(死ぬかと思った)


あれからバートンの指示で職員全員が淡々と役所内を清掃しいつも通りの役所へと早戻り。

肝心の申請の件だが無事通ったようなので帰宅することにした。疲れ果てた悠一を見た吟は慣れないことをしたのだろうと労いの言葉と共にギルドの専用宿舎を案内した。


「今日は休むといい。明日も宜しく頼む」


エドンティスの組頭となれば嫌でも関りを持つことになる。あの殺気は本物で気を抜けばすぐに切り殺されるだろう。加えて秩序の為とは言っていたがどういう意味だろうか。

ただでさえ時雨臣の件は二人に言えない。何かしらの亀裂が生じて今後のギルド活動に影響が出ると考えたからだ。


「明日は平穏でありますように」


冒険者である以上平穏なんて無いのに。

虚しさと微かな平穏の為に悠一は眠りにつくのであった。


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