海上戦①
「指揮は我等騎士団が執る。各ギルドの戦闘員は援護を頼む」
――王国騎士団副団長エレノアを筆頭に海魔討伐が開始された。
騎士団と冒険者ギルドによる共同討伐作戦は最小限の被害に抑えるべく、騎士一人、ギルド冒険者二人のペアを組んで挑む。
チドと組むのはハイネと騎士団のカルレンだ。
小柄ながら睨むような目の印象を与えるカルレンは狙撃魔法を得意としており近距離を主軸にするチドとは違う戦い方で攻めるようだ。
「団長と副団長の命令なら仕方ないわね。精々足引っ張らないでよ」
「勿論そのつもりだ」
「狙撃魔法主体なら俺は中距離の方がいいか。わりぃけどチドの旦那には前衛を頼みたい」
「ちょと。勝手に支持しないで」
「ちゃんと配置考えないと困るのはアンタだぞ?」
飄々としたハイネが気に入らないのかカルレンは露骨に嫌な顔をして一人で持ち場に向かった。
「冒険者嫌いってのも自分の首を絞めるようなもんだ。悠一は大丈夫かね」
「悠一なら何とかなりそうだが……こればかりは仕方ない」
カルレンも冒険者嫌いの一人であった。だが今回に限っては上の命令もあってまだ大人しい。
この状態では後衛側も問題が起きそうで心配だ。
「騎士団はお堅い連中ばっかで面倒だ。死んでからじゃ何も出来ないってのに」
俺には一生合わない職業だよ。
所持するポーションを確認しながらハイネも準備する。
「旦那は魔法剣士だろ?あの女騎士は狙撃だから槍にでもしようと思ってる」
「調合士とは別に武器使いってわけじゃないのか?」
「師匠が色んな武器を使えないと戦場じゃあっと言う間に死ぬって言われてな。
数少ない物資で如何に道具を増やすか、あるいは生き残るための策を考えるとか色々あるんだよ」
幾つかのポーションをチドに渡す。滅多に出回らない魔力回復の効果を持つポーションすら作成できるなんて本当にハイネは何者なのだろうか。
「二人の師匠はどんな人なんだ?」
「……悪いが土足で踏み込むのはここまでだ。さっさと海魔をどうにかしようぜ」
余計な詮索は口を慎むべきか。
後衛に回った悠一を思いながら二人は持ち場へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「シュリランテ所属のヒスティアっていいますー。
本当は前衛なんですけど、番頭がコッチにいろっていうから来ました~」
「悠一です。もしかして本来は戦士職でしょうか?」
「そーですけど?女が戦士って馴染みない感じっすかー?それとも女は前に出るなとか?」
同時刻。
後衛へ配属された悠一はペアとなったヒスティアに出会う。長身の彼女の背にはハルバードが見えた。
どうやら彼女は戦士職だが遠距離の魔法攻撃にも秀でているため後衛に配属されたとか。癖のある長髪を揺らしながら悠一に言い返すと、悠一は静かに首を横に振った。
「不快にさせて申し訳ない。ただ貴女のような近距離と遠距離に長けた方がペアとなればとても心強い」
「ふーん?てか貴方って……確かユウイチさんですっけ?番頭から伝言がありますー」
「伝言ですか?」
「海魔を無事討伐出来たら単身シュリランテに来てほしいって言ってました~。
ウチの住所知ってますよねー?」
「はぁ…。わかりました」
何故単身でシュリランテへ?
疑問はあるが今は海魔の討伐が優先だ。
「てゆーかぁ。騎士団の人遅くないですか?私達のこと舐めてますー?」
確かに待てど待てど騎士団側が来ない。
もしかしたら待ち合わせ場所を間違えたかもしれない。一度拠点に戻り確認しようとしたら。
「遅れてすまない」
「が、ガストン団長!?」
やって来たのはまさかの騎士団長ガストン。
王から一時的に謹慎が解かれ急遽参戦することにしたのだ。
「騎士団長が後衛って大丈夫なんですかー?指揮は副団長って話ですけど」
「出来る事なら己が指揮を執らねばならぬが、エレノアであれば安心して任せられる。
それに今回の戦いは何か変だ……後衛から確認をすべく敢えて此方に回った」
海魔以外にも注意すべきは魔女の存在。
もしかしたらこの戦いの最中姿を見せる可能性だってあるのだ。その場合前衛にいる騎士と冒険者が被害を受けることは明白。
(魔女の被害を受けにくい後衛なら騎士団長を守ることができる……か)
副団長エレノアは王妃からとても信頼されている女騎士だ。魔女と海魔相手に前衛で指揮を執ることはいつ死んでも可笑しくないというのに。
「エレノアは死なぬ。己より知恵が回る」
「上は堅実なのに下は冒険者嫌いの巣窟ですもんね~。なんでですー?」
「ヒスティアさん。あまりそう言う発言は……」
彼女も騎士団が嫌いなのだろう。隠すことなく不満を口にした。
今は騎士団と冒険者が手を組んで海魔を討伐するのだ。仲違いを起こしては問題が出る。
「そうだな。人の意思を変えるには誰かが先導し救済せねばならん。
ただ己とエレノアがその器ではないということ。お前達にリスクばかり背負わせた我々にも非がある」
「相変らずお堅い人ですね。なんで騎士団に所属しているんだか」
「……話を戻そう。悠一よ、この戦いについてどう思う」
まさか自分に振られるとは思わなかった。
後衛からでも見える海上では海魔は直立したまま動いていない。
「攻撃してくるのを待っている……?」
「一理ある。エレノアには遠距離からの攻撃で様子を見るように伝えてある」
「囮の可能性だってありますねー?」
「戦場において誰もが死と隣り合わせだ」
しかし海魔を倒さない限り被害は出る。
「後衛には俺やヒスティアさんのように、前衛でも戦える人がいる。
ならば……補助ではなく第二陣として腹を括ります」
後衛だって前衛の為に動くことができる。
そうガストンに言えば彼は背を向けて歩き出す。
「死ぬな。ただそれだけだ」
後ろを向いている為表情は分からない。けれど声は何処か寂しそうな気がした。
「勿論です。死んだらやりたいことできないじゃないですか。俺まだ遊びたいですし」
「そうですよ~。お金いーーっぱい稼いで好きな物沢山買いたいですしー?」
「……フッ。ならば上手く立ち回りするんだな。期待しているぞ」
そろそろ戦いが始まる。気を引き締めて生きて帰るんだ。




