海域⑥
ハイネ・シュヴァインという男は怪しいの一言に尽きる。
加えて基本的に周りと馴染もうとせず、殆ど悠一を介してか、あるいは言われたことに対する返答のみで自らコミュニケーションを取ろうとはしなかった。
しかし悠一の紹介とあって多少の礼儀はあるらしく、試しに作成したポーションの鑑定を行えば効果はしっかりしていた。
「調合士なら医療機関での就職は考えなかったのか」
「俺が人様と協力して働くなんざできるかってぇの。
今回は可愛い弟分の為に来ただけで、普段は日雇いで色々とやってんだ」
ケラケラと笑いながらも慣れた手つきで次の調合を始めた。
薬草と水を組み合わせて作るポーションや鉱石を使用した発火性のある薬品など多岐に渡る。
「旦那方は魔女の弱点って知ってるか?」
「弱点?そんなのがあるのか?」
数百年と続く魔女の脅威。弱点などあるのだろうか。
「首を刎ねたり心臓を穿つだけじゃ駄目なんだ。
今回は海に出現した魔女と海魔だな?
その魔女は海に関する存在としても、安易に雷だけで倒れる存在じゃないだろ」
出来た薬品をチドに渡すと、ハイネは玄関先で帰宅したばかりの悠一に声をかけた。
「お帰りダーリン。後衛行きとは言えちゃんと鍛練してっか?」
「うげぇ。その呼び方やめてよ」
「俺とお前の仲じゃないか」
露骨に絡みだすハイネとは別にチドも悠一におかえりと声をかける。
自分に対して礼儀正しいものの、ハイネに対しては少し砕けた口調であった。
「ちゃんとチドさん達に情報提供した?」
「んー?そうだっけ?」
「お前なぁ……」
ハイネは「材料集め行くわ」と言ってそのまま外に出て行ってしまった。悠一がハイネの無礼について謝罪したが別にどうってことない。
「悠一が信頼できると思って連れて来てくれたんだろう?
それに先ほど魔女について聞いたが、どうやら雷魔法だけじゃ解決できそうにないとのことだ」
水魔法の弱点は雷魔法という我々の常識は通じないのだろう。もしかしたら海魔もそうかもしれない。ハイネから貰ったポーション類を確認すれば一つも雷系統の効果を持つポーションが無かった。
「腕は確かなようだね。ただ我々に対してそこまで許してくれない様子だけど」
智夜は各ポーションを確認しながら仕分けしていうようだ。
「調合士以外での活動は何か知っているかい?
失礼を承知だけど、彼ってそこまで人に対して関心を持ってなさそうだよね。
常に我々の行動を気にしている面が見受けられる。まるでキミとの関係を見定めているような気がしてね」
「……本当にすみません。俺からちゃんと注意しておきます」
部外者としての参戦のため警戒するのも無理はないが、万が一トラブルになってしまったらそれこそハイネを紹介した悠一の責任になる。その点も含めて悠一は責任を取ると言った以上、ハイネの管理は悠一が行うしかない。
(まだ何かを隠してそうだけどなぁ)
悠一がハイネを気にかける姿はまるで何かに対して不安そうにしている。
同時にハイネはハイネで悠一に付きっ切りで他者との交流を避けている。
「なぁ悠一。ハイネとはどういう関係なんだ?」
いっそ聞いてしまえばいい。向こうは悠一を可愛い弟分と言っている。
「アイツは俺の兄弟子です。昔同じ師の元で競い合った身でして。
同じ戦場で一緒に戦えそうだと言って俺が格闘家になることに喜んでくれたんです」
「通りで仲が良いわけだ」
兄弟子。
調合士とはいえ、もしかしたらハイネも同じ近距離戦を得意とするやもしれん。悠一もそれなりに武器の扱いを心得ているから今回の件で後衛に回ってもらっているのだが。
「というか、アイツは姑息な真似をする奴でマジで相手したくないんですよね。
昔崖登り競争をした時、スタート直後に俺の顔めがけて砂利を投げた時はブチ切れてその場で乱闘しました。お互い泥まみれになって師に怒られました」
「なんか……すげぇ関係なんだなお前等って」
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――貴族と市民を隔てる壁を気にしながら町を一周するように歩く。
貴族が住むエリアでは多くの騎士が警戒を怠らず巡回しており、また港付近へ行けば海魔の影響で市場の魚が殆ど駄目になってしまったと嘆く漁師たちの姿が見られた。
「そこまでして何故陸までやって来ない」
ハイネはヴェネス王国を出来るだけ散策していた。
町の様子や兵士の様子を見ながらまずは海上に出現した海魔の対策を考える。可愛い弟弟子が後衛として参加すると聞いたので少し萎えた。
「アレは雷属性の耐性が付いてんな。流石の魔女も相当対策を練っていると見た」
観察スキルを使って遠くから見える海魔を見る。一介の人類では到底倒せない。
かつてこの国に存在したであろう冒険者たちのお陰で魔女を退けヴェネスに平和を取り戻したと言う。
しかし今はどうだ。歴戦の冒険者や多くの勲章を持つ騎士でさえ魔女に敵う者はいないのだ。
「何か狙ってんのか?わざわざ船員全員を殺さず自分の存在を伝えさせようとするくらいだ」
ハイネだって魔女と聞けば黙っていられない。
魔女は何百年も前から人々を狙っては殺戮の限りを尽くす存在。
「……悠一さえ無事ならそれでいいんだけどな」
大いなる翼で楽しそうにしていた悠一を見た。
チドや智夜を慕い、事務員の吟と仲良く談笑したり、他の構成員とも仲良くしていた。本音を言えば自分の方が悠一を知っているし、何ならギルドから奪って二人でコンビを組んで各地を転々と渡り歩こうかと考えていた。外部協力を承諾したのには悠一が所属するギルドがどういうものか見定めるため。
(重い男は嫌われんな)
適当な店に入り適当に素材を買う。ポーションさえ大量生産すれば多少は役に立つ。
ある程度買い物を済ませ、このまま帰路へと歩く。
「——おや、見慣れぬ方ですね」
「ちょいと知り合いに頼まれてこの国に来たんだ」
悠一に怒られる前にさっさとギルドに戻った方がいいか。
なんて考えていたらすれ違いざまに声をかけられた。相手は顔の左半分が仮面に覆われており、見た目からして男。上質な素材で出来た衣装を身にまとっていることからただの市民ではなさそうだ。
「失礼。ワタクシはレインと申します。
ヴェネス王国における四大貴族がひとつ、ファブル家の者です」
「田舎者の俺ですらわかるよ。まさか大貴族がわざわざ下町にいるとはな。
確か騎士団の護衛が必要なんじゃなかったか?それとも護衛が嫌で抜け出して来たか?」
「いえ。ワタクシは基本一人です。
ワタクシの魔法を看破できる騎士は騎士団長くらいですから」
「……姿隠しの魔法か」
四大貴族が何故姿隠しの魔法を使ってまで下町にいるのか。
まして自分に声をかけるなど理由が分からない。
「ワタクシ達は常に国と世界の歴史を観察しています。実の所、貴方がこの国にとって部外者であることも大いなる翼に所属している悠一という少年も知っています」
忍ばせてある短剣に手を伸ばすもレインは笑みを浮かべながら続ける。
「貴方は賢い人だ。大切な人の為ならば手を汚すこともいとわない。
ですが今は駄目です。彼が悲しむ」
「目的はなんだ」
「貴方にちょっとした贈り物を。観察者として是非結末を見届けたい」
取り出したのは古びた魔導書。
「今のワタクシには扱えない物。どうか役立ててください」
レインは踵を返し鼻歌混じりに去って行った。姿隠しの魔法では誰も認識できないというのに鼻歌だけが何もない道に響いていた。
「ったく、これだから力ある連中は面倒なんだよ」
渡された魔導書を手にハイネはギルドへと戻るのであった。




