海域⑤
実力ある魔導士の殆どは王宮に従事することが多い。
中にはヴァンチェッタ医師にように独立する治癒魔法使いやヴェネスにある教会施設や専用ギルドに従事する者もいる。
一介の冒険者としての魔法使いなんてごく僅か。エドンティスに従事している治癒魔法を扱えるペティに休みなど皆無であった。
「ぜーーったい給料に色付けてくださいよ!ペティだけ大仕事なんて嫌ですから!」
「わかってるって。臣さんもこればかりはすまないと口にしていたから心配しなくていいぞ」
日々血盛んなギルドメンバーの治療や王国で行われる健康診断の補助、更には他のギルドへの助力など。この調子ではぶっ倒れるどころか過労でお陀仏になりかねない。
上司であるシャークに苛立ちをぶつけながらも給料分はしっかりとこなす。今回は魔女と海魔の件でペティは非常に苛立っていた。
「シュリランテはベルベッドがいねぇと貿易の大半が機能しない。そのため護衛や情報屋が必要だから腕の立つ俺らエドンティスの連中が依頼で奪われる。他のギルドは国外での依頼で切羽詰まった状況だし大いなる翼は騎士団とのいざこざで面倒なことになってやがる」
「はぁ?なんで騎士団が出てくるのです」
「狐伊が言うにはチドの野郎が原因だとよ」
ギルド長の癖に自分で解決できないのです!?
ペティはここ数年で飛躍的に有名になった大いなる翼を恨んだ。王国騎士団相手となれば必然的に自分達のギルド長の仕事が増える。長の仕事が増えれば部下の仕事も増える悪循環!
「うぎぎ…」
「まーまー。そない嫌な顔する必要はあらへんでペティ」
ヘラリ。
筋肉質なシャークとは違いすらりとした長身の男がヘラヘラとした顔で持ち場から戻って来た。
名は狐伊。エドンティス所属の幹部補佐で主な仕事は情報収集と偵察だ。
他者から見た彼の印象は正直言って胡散臭いの一点だろう。
「お前はお前でちゃんと情報収集は出来ているんでしょうね?」
「ちゃぁんとしてますって。ボクがヘマするわけないやん」
「結果は?」
「海魔の仕業か、あるいは魔女の影響で貿易用の水生生物は殆どお釈迦。
もっと言えば狂暴化した水魔がウヨウヨしとる。騎士団と大いなる翼の団員の子が一度偵察したみたいやけど……まぁ無事やな」
おもんないわ。
長い脚で踵を返しこのまま自室で情報整理すると言う。
大いなる翼と騎士団が手を組むとは思えないがな、とシャークは言う。
「騎士団長のお望みや。まぁ臣さんが横やり入れた可能性もある。
あの人等は戦場を容易く動かすことも、敵味方関係無く見殺しすることもできる。今回は争い目的で組んだわけじゃぁない」
「あの人って大いなる翼に肩入れしている時ありません?ペティの気のせいです?」
「……さぁな」
長の考えなど部下がわかるはずがない。まして冒険者の誰もが憧れ恐れられる組頭だ。
狐伊もまた今回の件で情報収集に徹しつつ、万が一に備えて出陣する予定だ。
「騎士団と言えば……部下の尻拭いで謹慎処分になった団長はどうした」
「ヴェッカス家の件やね?国王も今回の件で特別に出陣させるよう考えておるとか。
あそこのご令嬢は貴族にしちゃ珍しく国に貢献し民を守ろうとする小娘って感じやわ。
ヴェッカス家は勿論、今後は他の大貴族も出てくる……次の大貴族会議は見物やわぁ」
【大貴族会議】
ヴェッカス家、アーキン家、ファブル家、皇家による王国の政治の一部を担う四大貴族たちの会議。
その会議では彼等の希望で優秀なギルドから数名の冒険者が選ばれる。前の会議ではエドンティス組頭時雨臣が選ばれ、臣曰く「恐ろしい会議であった」と言葉を零すほど。
「チドが呼ばれたらどうするんやろうね」
「それこそ腹括るしかないだろう。何せ大貴族はこの国の要でもあるんだから」
今は面倒な仕事に取り掛かるしかない。
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大いなる翼に魔導士が少ないのは事実である。
ギルド長会議に出席したチドは他のギルドと比べ、自分達はそこまで人手が豊富かと言われればそうでないことを分かっていた。
(悠一のような近距離タイプの職業はキツイ。かといって専門職に声をかけようにも契約が必要だし金もかかる)
チドの保有属性は炎。尚更海との相性が悪い。
かといって近距離タイプの仲間を見捨てるような真似はしたくない。
「陛下も相当悩んでいる。エドンティス側としても魔法に長けた者は少ない。
最悪外部からの協力を募るしかないだろう」
「外部となればエトワール王国でしょうか?向こうも人手不足に嘆いている」
数回目のギルド長会議。
ベルベッドの発言は最もだ。どこも人手が足りない今では、現状今ある手札で凌ぐしかない。
が、臣は懐から一通の手紙を取り出しては。
「ここに、手紙がひとつ」
丁寧に折りたたまれた文を手に臣は続ける。
「——拝啓 エドンティス組頭 時雨臣殿
今回の件で自身が薦める外部の者を一人どうか参加させてほしいです。
魔女について詳しいかもしれません。責任は自分が持ちます。
大いなる翼 悠一より」
「!?」
ざわめく周りにチドは思わず席を立つ。このような手紙は全く以て心当たりが無かったからだ。
臣も察してか手紙はチドの元へ。目を通せば見慣れた筆跡に困惑する。
「知らぬと申すならばすぐさま彼に連絡を」
言い終わる前に会議室を飛び出す。
どういうことだ、何故相談しない、何故、何故——?
ギルドへ戻れば悠一の姿は無かった。団員達に聞けば彼は用事があるからと数時間前に出て行ったと言う。急いで後を追うようにギルドから出れば何故かルードウィッヒがギルドエリアにいた。
「そんなに慌てて何をしている」
「……悠一を見なかったか」
「悠一?あぁ、先ほど会ったが人を連れていたな。
悠一から伝言なのだが夜には戻るからギルドで待っていて欲しいとのことだ。
全く騎士を伝言役にするなど無礼にも程があるぞあの馬鹿者め」
わざわざ大いなる翼に行かずに済んだ。
そう言ってそのままギルドエリアから去って行った。
ルードウィッヒの発言からして、連れはきっと手紙の内容にあった部外の者か。
「信じていいんだな?」
悠一のことだ。
今回の件で戦えないからと知り合いに協力を申し出たのだろう。
ただ被害を出したくないのが此方の本音だ。後でしっかり説明してもらおう。
「チドさん」
夜を待てば悠一が帰って来た。
「ギルド長会議でお前からの手紙があったとエドンティスの組頭から聞いた。
今回の戦いでは近距離タイプのお前では危険だと智夜から聞いたはず。なのに部外者を雇うにはあまりにもリスクが高いんじゃないか?」
「それは承知の上です。
ですが少しでも人手を増やすために、俺が最も信頼できる相手を連れてきました」
「——よぉ。アンタがギルド長か」
入り口から入って来たのは灰色の髪が印象的な若い男。背は自分より低いが悠一より高い。
恰好からして普通の一般人と変わりない姿。
「彼はハイネ。昔馴染みといいますか……多少変わった奴ですが知識と技量は確かです」
「ハイネ・シュヴァインだ。ウチの弟分が世話になってるよ」
「お前なぁ…。ギルド長相手に失礼な態度取るなって最初に言っただろ」
「俺らとそう年変わんねぇじゃん?別にいいっしょ?」
なんともまぁヘラついた男だ。
本当に信頼できるのかと疑いたくなる。
「魔女に関してある程度の情報は持ってる。お宅の情報通がいりゃ情報交換でもしたいくらいだ。
近距離が駄目なら中距離、遠距離戦に切り替えることもできるし薬学も得意だから簡単な素材で回復ポーション作りも出来る。
どうだい旦那?悠一に免じてちょっとだけいさせてくれよ」
「えぇっと…。コイツは調合士の職と色々な武器を扱えます。俺は後衛として参加させていただきますが、もし補助が必要ならいくらでも使ってやって欲しんです」
「人手不足なのは変わりないが……本当に大丈夫か?」
「疑り深い旦那だなぁ。後でポーション作ってやっから鑑定してくれよ」
夜も遅いため話は翌日に持ち越すことになった。
ハイネと名乗る男は悠一の部屋に泊まるそうだが、何故か無性に腹が立ったので首根っこを掴む。
「悪いが客間で寝てもらっても?」
「嫉妬深い男は嫌われるぜ?」
「ソイツは雑に扱っても大丈夫ですよ。後で予備の布団出してくるから大人しくするんだぞハイネ」
「ちぇっ。可愛くねぇ弟分だな」
客室へ放り込むと悠一は深いため息を吐いた。
どうやらここまで連れてくるのに大分手間取ったらしい。
「明日お話しします」
「あぁ」
これからどうなるか分かったもんじゃない。