第一章 初めましてはあとで
「すまないが不採用だ」
「そう、ですか」
――王都ヴェネス王国
世界で最も人口が多く、貿易が盛んな上、様々な種族と冒険者が集うギルドも豊富である。
しかしそんな賑わいを見せる市場で一人、哀愁を帯びた青年がいた。
「ここも駄目だったか」
紙に書いてあるリストの一文にバツ印を書き込んだ。
彼は悠一。
黒の7分袖にゆとりあるズボンといったシンプルな格好。まだ成人になったばかりであろう顔立ちに整えられた黒髪。
「何処か雇ってくれるギルドは無いかな」
虚しく呟いた声は活気ある市場によってかき消されたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どうしよう。もう残っているギルドと言えば……」
ヴェネス王国は数多の冒険者を抱える大国である。
何かしら特化したギルドもあれば偏りなく編成されたギルドもある。稀に人間種はお断りな所もあるので良くも悪くもちゃんと調べないといけない。
「今が冒険者募集中の書き入れ時。経験未経験関係無く採用する時期だっていうのに」
冒険者ギルドの経験も実践経歴も無い悠一にとってまさに初心者歓迎のギルドを探すのにうってつけな時期であった。もし冒険者ギルドに所属しなかった場合はフリーの雇われとして場所を転々とするか、あるいは個人活動で実績を伸ばすしか方法が無い。
「仕方ない。せめて宿代だけでも稼がないと」
個人専用の依頼なんて大した額なんて稼げないが背に腹は代えられない。
ギルドから流れた大衆向けのクエストボードへ目をやる。個人だけの依頼を見るも少ない上に大半が複数名専用ばかり。報酬の分け前や相性の問題が出てくるので基本やりたくないのだが。
「なぁアンタ。もしよかったら一緒にこの依頼受けないか?」
とん、と肩に手を置かれ振り向いてみれば、これまた背の高い真面目そうな青年だった。
赤銅色の髪に灰色に近しい目を持つ彼のいで立ちは恐らく戦士職だろうか。
「……一体どんな依頼内容で?」
「洞窟に住むゴブリン退治だ。なんでも数が多いから最低でも2人からと書いていたんだ。
でも肝心の相手がいないからどうしたもんかと悩んでいた所アンタが目に付いてな」
「見たところ戦士職ですか?俺の職業は――「格闘家だろ?」
「!」
さも当然かのように笑う青年。一度も格闘家など言っていないはずだが。
「尚更相性が悪い。治癒魔法が仕える魔法使いを探した方が無難では?」
「ここからだと場所が遠い。道中魔力切れを起こして何もできなくなるより最低限の行動が出来る相手が良い。サバイバル知識はあるか?」
そりゃごもっともな意見。
場所はヴェネスより少し離れた洞窟なので道中魔物に襲われては辿り着く前に魔力切れを起こす可能性だってある。案外頭の良い男だ。
「多少は」
「なら一緒に行くか!」
互いの素性も分からぬまま同行するとは危機感が無いのかこの男。
(でも……)
妙な話だが何故か信じられるのは気のせいか。
彼はチドと名乗った。名乗られたからには礼儀をもって自己紹介しないと。
「悠一です。ご存じの通り職業は格闘家です。
サバイバル経験もありますので多少の野営も心がけております」
「随分と礼儀正しいようだが格闘家っていうのは礼儀作法を習わないと駄目なのか?」
別に皮肉などではないがこの人は何故か格闘家=礼儀正しい存在と判断してしまった。
癖のようなものだと返せばそうかとしか返ってこなかった。余計な詮索は避けてくれたのだろう。彼は道具を揃えてから行こうと言ってくれた。
「できるだけ魔力を消費したくないから治癒のポーションでも買っておくか」
「そうですね」
背中にある大剣は随分と古めかしい鞘に納められている。
いつから戦士職に就いたのか興味本位で聞いてみた。
「子供の頃から剣を扱っていてな。使い勝手はいいんだが本当は新しいのに代えたいけど中々いい剣が見つからないんだ」
「慣れた武器ほど手放すのが惜しいですよね」
「そういうこった」
子供の頃から剣を扱うなんて相当鍛練と経験を重ねているのだろう。尚更彼のような戦士は何処かのギルドに勤めているのではないだろうか?
「おうチド。この前の討伐依頼ありがとうな」
「チドじゃない。よかったらウチで栽培したポーションの材料持って行ってちょうだいな」
ポーションを買いに来ただけで彼は住民から声をかけられる。老若男女問わず皆が彼を知っていた。まるでずっとこの国で活動しているような。
(尚更なんであんな場所にいたんだろう?)
「すまない悠一。色々と対応していたら時間がかかった」
「大丈夫です。色んな方々と仲がいいんですね」
「ちょっとした人助けだよ」
必要な物を買って件の洞窟へと向かう。
道中獣型の魔獣に襲われたが彼が率先して倒してくれたお陰で比較的楽に済んだ。時折此方の様子を気にして休憩を挟んでくれる。それが何だか申し訳なくて自分で出来る範囲は自分でやると言っても聞く耳を持ってくれなかった。
「俺には武器があるが格闘家って自分自身が武器みたいなもんだろ?
大怪我や状態異常になったら大変だ」
「一理ありますが腐っても冒険者です。
怪我の対処や相手に対する戦い方はある程度熟知しているつもりです」
「すまない。過保護すぎるのも良くないよな」
自分を思って行動してくれるのは有難いがお互い男なのだが。そんなにか弱い見た目でもしているのだろうか?これでも鍛えている方だ。
「言い訳になるが……知り合いに格闘家が居なくてな。
そのせいで余計に格闘家がどんな感じなのか分からなかったんだ」
「体術を主軸として戦っています。俺の場合はスピード重視ですね」
「それはいいな!スピードがあれば先手や攪乱も出来そうだ。
俺とは鍛え方が異なると思うがどんなトレーニングか聞いてもいいか?」
「あー…はい。まずは依頼を優先していただけますとありがたいのですが」
ちょっと距離感が。
見た感じ自分より少し上くらいだろう。好青年にしては時折見せてくれる表情は幼く見える。それに戦士職とは言っても彼の扱う魔法は火属性の上をいく炎属性だ。戦士職の中でも魔法戦士の部類だろうし剣捌きだって初心者よりもしっかりしている。
「フレイムソード!」
炎を纏った剣がゴブリンの群れを蹴散らす。その太刀筋に全くのブレが無い。
洞窟内という限られた範囲での戦いに大剣は苦しいのではないかと思われた。しかしながら背の高い彼は狭い空間でも上手く体を捻りながら最小限の行動で剣を振るう。
(器用すぎる)
遠距離での戦いは流石に魔法を使って相手していた。炎を矢に見立てたファイヤーアローのお陰で数十メートル奥のゴブリンにもダメージを与えることが出来た。
(それに比べて俺は……)
殴って怯ませ蹴りで遠くへ飛ばす。組手で関節を折って即死させるか動けなくするか。
確かに自分の戦い方は自分自身が武器のようなもの。武器という確実に相手を屠る道具が無い以上自分でどうにかするしかないのだ。
「よし!これで最後だな」
最後のゴブリンを退治し終えた彼は「お疲れさん」と声をかけてくれた。
「お疲れ様です。俺が居なくても一人で解決できたのではと錯覚するくらい凄い戦いっぷりですね」
「そんなわけない。悠一のサポートがあってこそ俺も上手く戦えた。
もっと自分を誇れよ。俺だって格闘家って凄いんだなって思ったよ」
「有り難う御座います」
そう言っていただけるなら嬉しい限りだ。
洞窟を出れば既に夕暮が道を照らしだしている。帰る頃には夜中だろうなと思いながら帰る準備をする。
「報酬貰ったら飯行こうぜ。美味い店紹介するよ」
「申し出は有難いのですが先に宿を探さないと」
「悠一はヴェネスの住民じゃないのか?」
「冒険者ギルドに加入すべくヴェネスに来たのですが中々決まらなくて。
その日暮らしって感じです」
「じゃぁこの報酬は全部お前にやるよ」
「へ?あの、流石に報酬は半分なのでは……」
「いいから!」
討伐の証であるゴブリンの親玉の頭が入った袋を渡される。
血生臭さは仕方ないがこれさえあれば報酬が受けれる。
「その代わり明日の昼掲示板の前に集合な!」
先に帰るわ。
そう言った彼はさっさと帰ってしまった。残された自分は血生臭い袋を手にどうしようと途方に暮れるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「結局報酬を独り占めしてしまった」
翌日。
無事報酬を受け取ったあと偶然にも宿が取れたので夕食を食べずにすぐに寝た。
宿の朝食を食べて外へ出れば相変わらずヴェネスの街並みは活気が良い。
(そもそも二人で討伐したのだから彼も報酬を受け取るべきだ。
後から難癖があっては怖いから最低限しか手を付けていないというのに)
怖くて宿泊費しか手を付けていない報酬金は後でしっかり彼と分け合うことに決めた。
これからもギルドへ入団するまで地道に個人活動を続けていくしかない。
「もう少し待てばよかったかな……会う顔が無いや」
「どうしたんだそんな暗い顔して」
「わっ!?」
独り悶々と悩んでいたら昨日聞いた声が頭上から落ちて来た。
昨日同様変わらぬいで立ちで「おはようさん」と声をかけてくれた。
「買い出しの途中で見かけたからつい。あの後宿は見つかったか?」
「おかげさまで。それと昨日の報酬の件ですが貴方も受け取るべきです」
しっかり元の金額から半分になるよう計算した金貨が入った袋を渡せば彼はいらないと言った。謙虚にしては何処か含みのある表情だった気がする。
「何故です?」
「その金は今後のことを考えてお前さんに必要だと思ったからだ。
それにまだギルドに所属していないんだろう?尚更必要じゃないのか?」
「うぐ…」
確かに今後のことを考えれば資金は必要である。
きっと彼はどこかのギルドに所属しても可笑しくない腕前だし、昨日からの言動を思えば純粋に自分を思っての発言だ。
「ちと早いがこの後飯に行こう。荷物置きに行くから掲示板の前に居てくれ」
「わ、わかりました」
強引だな。
なんて思いながら掲示板の前で大人しく待つことにした。掲示板の傍には噴水がと時計があり多くの冒険者たちが行き交う。
噴水の縁に座り茫然と彼を町ながらふと噴水の水面を見た。水面に映る自分を見て相変わらずの顔をだなと思っていた時だ。
――真実はすぐ傍に。
「!」
ちゃぷん。
驚きのあまり足元の砂を投げ入れてしまった。傍から見れば怪しいが、今一瞬自分ではない顔が映った気がしたのだ。
「待たせたな悠一……て、どうかしたか?」
「いえ……なんでもないです」
「体調が悪かったらすぐに言えよ?」
自分ではない誰かの声は一体何だったのだろうか。
彼に案内された場所はこれまた肉の焼ける音と店内に充満する肉とスパイスの匂い。
鼻孔を擽る香しい匂いに思わず腹が鳴る。
「俺の奢りだ。しっかり食べてまた一緒に依頼受けような」
「自分の分は自分で支払います」
「遠慮すんなって。ここの飯は美味いんだ」
また借りを作ってしまった。
でもここの店の料理は非常に美味しかった。
「冒険者とて体力作りは基本だからな」
「そりゃそうですけど」
自分よりも大量に肉を食す彼を見て、戦士職も大変だなぁと勝手に思った。
ある程度食べ終えた所で店をでる。
すると店の前に一人の男性が近寄って来た。
「何呑気に昼飯を食べているんだ大馬鹿者!!仕事はどうした!」
相手は褐色の肌とダークスーツを着た男であった。見た感じ彼と同じくらいの年代だろうか。腰に差しているのはヴェネスでは珍しい刀であった。
「……なぁ吟。ウチには格闘家はいなかったよな?」
「格闘家?先週の依頼で尻尾巻いてトンズラした初心者くらいしか知らないぞ」
「ちげぇよ。実力も人間性も俺が保障する」
吟と言われた男は此方を値踏みするような視線を向けた。
「名前は」
「悠一と言います」
「職業は格闘家でいいんだな?多少の事務仕事は出来そうか」
「簡単な計算なら。偶に代筆も行っていたこともあります」
「……連れて行くぞ」
一体どういうことだ?
吟を筆頭に連れていかれた場所はこれまたギルド街から大分奥まった場所であった。
道中初心者でない冒険者たちもいたことから相当腕の立つ者達ばかりが集まっているエリアなのだろう。
「試用期間を設ける。その間我々の評価や判断もあるが貴様自身もウチのギルドにいて不満等があれば遠慮なく言え」
「あの、話の筋が分からないのですが……」
目の前の建物の入り口には公用語で【ギルド 大いなる翼】とハッキリとこう書かれていた。
「受付事務員の吟だ。そしてその無駄にデカい青二才はギルド長のチドだ」
「無駄にデカいってなんだよ…。つかちゃんと挨拶したかったのに言うんじゃねぇよ」
「……とりあえず貴方のこと殴っていいですか?」
「なんでそうなる?」
まさかこのギルドで妙な運命に巻き込まれるなんて想像もつかなかった。