虚無の袂へ
寂しいはずなのに悲しくない
恐ろしいはずなのに怖くない
後味悪いはずなのに不快感がない
そんな作品を目指しました
陽が落ちた町の電波塔の赤い明滅が美しく恐ろしいのは何故だろう
朽ちた大樹があんなにも不気味なのは何故だろう
私は今、若葉咲き誇る夏の木の美しさを知り、冬の大樹の畏れに向かって歩いている
私の道は寂寞の荒野かもしれないし、灯の落ちた街の暗い路地かもしれない。
ただわかっていることは私の隣にも誰もおらず、前後にも人気がしないことだけだ
そうだ。 終着点に向かって歩いていた気がする。
立ち止まって振り返ることにした。
初期地点を見てみれば自分がなんのために歩き出したかわかる気がする。
だが背後に残っているのは闇だけで、私の歩いた残滓すら見つけることはできなかった。
私はまた歩き始めることにした。
歩いて、朽ちた枝を見つけた。
最早葉をつけた跡すらなく、生き物の歯形すらないそれは、手に取ってみると脆く崩れ去った。
また歩き出し、谷にあたる。
底すら見えず、どこまで続いているのかもわからない。
底に川が流れていれば、海か山にあたるはずだ 私は右を向き、谷に沿って歩き始めた。
得体のしれない肉が転がっていた。
まだ熱を残し、甘美なソースとともに焼き上げられたような臭いだった。一も二もなく齧り付くと、それはただの石だった。
道中疲れて眠っていたようだ。
何も食べていないのに、飢えも渇きも癒やされている。
不思議なことだが状況は変わらない 私はまた歩き続けた。
谷の終着点を発見した。どうやらただの地割れだったらしい。
私は元の方角へ足を向けた
いつの間にやら森に出た。
苔の生えない朽ちた木だ。天を向くものは一つもない。
ただ横たわり、腐り消えるのを待つばかり。生き物が棲み家とするものは一つもなかった
人の残滓を発見した。もはや朽ち、外殻ばかりを残すのみだが、これは確かに車だった。
ドアランプは落ち、割れ モーターは最早錆切っていたが 確かにそれは人の残り香 私は狂喜乱舞した。
道があったはずだ。車を背に歩き続ける。もしかすれば街や家が見つかるだろう。
なんだか歩くスピードが上がった気がする。手の中には一つのネジが握り込まれた
なんだか囁き声が聞こえた気がする。
いつの間にやら砂漠に出た。
サボテンや駱駝。オアシスを夢見たが目の前に広がるのは砂だけだった。
ザリザリという音もしない砂の上を歩き続ける。
最早ただの無駄かもしれないがオーイと叫んでみた 木霊すら聞こえなかった。
海に出た。そこが確かに海であると分かるのに、珊瑚の残骸や砂とは違う生物たちの死骸だらけなのに そこには水の一滴すら見つけることはできなかった。
暫く歩き、ネジを見てみるとただの鉄の鉱石へと変じていた。手は血だらけで原石からこの鉱石を無理やり取ったのだろう。傷だらけの有様だった。
何故か血は流れなかった。血だらけ、傷だらけの手なのに、顔に触れても血痕すら残らない。
足を前に向け歩き続けた。
最早何を求めているのかすらわからなくなった。歩き続けているうちに、どれだけたったのだろう。
足がとうとう動かなくなった。
腕を前に出し、進み続けた。
何故進むのかも分からない。何が先にあるのかも分からない。
もう自分の輪郭すら曖昧になった。それでも前へ進み続ける。
手をやがて動かなくなり、視界も靄がかかって定まらない。呼吸も止まり、体の全機能が停止した。
最早全てが闇に飲まれ何一つなくなるその時に、一つの声が聞こえた。
「お疲れ様、次があればお幸せに」