3-8
「あれが、魔物の王…?ひ、人でしたよ?会話も出来ました…。」
「ええ、そうね。でも、間違いなく、あれが魔物の王。」
魔物は、意思疎通の出来ない、獣の形をした化け物だけだと思っていた。
人型なんてありえないと。
私が驚きのあまり声を失っていると、ヴェイル様の背が、私を庇うように割り込んできた。
「巫女殿、今はここを離れるべきだ。」
「そうね。気持ちが急いていたようだわ。ここは神官に任せて、私達は安全な神殿に戻りましょう。」
姫様は、神官に一言声を掛けると、来た道を引き返していく。
私が、その後を追おうとした時、すぐ前にヴェイル様の手が差し出された。
「ステラ、俺に触れられるのが嫌じゃなければ、支えさせてくれ。」
ヴェイル様は、私から視線を逸らしながら告げる。その横顔は、どこか寂しそうに見えた。
私は、そんなヴェイル様の手に、そっと手を重ねる。その瞬間、ヴェイル様が勢いよく顔をこちらに向けた。
お互いの瞳が合わさると、ヴェイル様の目に喜色が宿る。それに釣られて、私の顔にほんのり笑みが乗った。
「ステラ…。」
「ヴェイル様…。」
お互いに思わず呟いた名前が、混じり合う。けれど、二人揃って、その先の言葉が続かない。
すると、少し先から姫様が私達を呼んだ。
「戻ろう、ステラ。」
「はい。」
ギュッと握り返してくれたヴェイル様の手に、私も少しだけ力を入れて、木々が生い茂る道を歩いていった。
神殿の簡素な応接間に通された私は、ヴェイル様にエスコートされたまま、彼の隣に腰を下ろした。
だって、ヴェイル様が、私の手を握ったまま離してくれなかったのだ。
そんな情けない言い訳を心の中でしながら、姫様の呆れたような視線を受け止める。すると、大きな手が私の頭を撫で始めた。
「大丈夫か?話は、少し休んでからでもいいんだぞ?」
「いえ、本当に大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
ヴェイル様の優しい手つきに、私の頬が緩む。その頬にも、ヴェイル様の指先が触れ出した。
「コホン!」
そこへ、可愛らしい咳が切り込む。
私は、慌てて姫様に向かって姿勢を正した。
「邪魔をしないで欲しいのだが…。」
「邪魔ですって?この場合、邪魔なのは殿下かと。」
ヴェイル様と姫様は、殺気が籠った睨み合いを続けている。
このお二人は、どうしてこんなにも喧嘩腰なのかしら?
私がオロオロしていると、先に姫様が大きな溜息を吐き出した。
「これじゃあ、話が進まないわね。仕方ない。ステラ、貴女はそのまま、殿下にくっついてなさい。それなら、殿下も大人しくしているでしょう。」
姫様は、投げやりにヴェイル様を見た後、後ろに控えていた神官から、一冊の古びた書物を受け取った。




