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新たな仕事で使う資料を念入りに読み込んでいると、体調不良から復活した秘書官のマイヤ様が、申し訳なさそうにやってきた。
「おはよう、ステラ。えっと…、大丈夫?」
「おはようございます、マイヤ様。その…、私がこんな重要な仕事を引き受けてしまっていいんでしょうか?私は、ただの侍女なのに...。」
「もちろんよ!貴女の情報分析能力は、文官の私より優れているわ。この仕事は、今いる人材の中で、貴女が一番の適任者。だけどね、申し訳なくって。私が休んでいた間、貴女には負担を掛けたでしょう?それなのにまた、貴女の仕事を増やしてしまったわ。」
「いいえ、マイヤ様!陛下は、ご自分の事は大抵ご自身でされてしまうので、私の仕事はそこまで忙しくないんです。同僚も、皆さん優秀ですし。ですから、あまり気にしないで下さい。マイア様に、高く評価して頂けて嬉しいです。私で良ければ、お手伝いさせて下さい!」
「ありがとう、ステラ。頼りにしているわ。あとで、穴埋めはさせてちょうだいね!」
ムギュっと音がする程、マイヤ様の豊満な胸元に抱き寄せられる。
肉が付きづらい私からすれば、羨ましい弾力だった。
部屋から出ていくマイヤ様を見送った後、私の口から大きな溜息がこぼれ落ちる。
マイヤ様にはああ言ったけど、本当は凄く嫌だった。だって、この仕事には、ヴェイル殿下がいるから。
私はどうやら、ヴェイル殿下に嫌われてしまったらしい。
臨時秘書官として、主人に張り付いて仕事をしたこの五日間、ヴェイル殿下とは度々顔を合わせる機会があった。その度に、ヴェイル殿下は私を睨み付け、近くに寄ろうものなら舌打ちまでしていたのだ。
マイヤ様の体調が回復して、秘書官を交代した時は、安堵から涙が出そうになった。
やはり私には、王の側近など、務まらない。
なるべく獣人には近付かず、裏方に徹しよう。そう思った矢先、私は恐れ多くも、大変重要な役職に抜擢されてしまった。
それは、会議期間中組織されることになった魔物対策情報編纂部の情報分析官という大役だった。
会議の中で交錯する各地の魔物の情報を、一つに纏めようという動きから、急遽この編纂部が作られることになったのだ。
その分析官として集められた人達は、みんな貴族の上級文官で、いわゆるエリートだった。
だから、私は心の中で何度も葛藤した。学校にすら通えていない、エリートどころか文官でもない私が、本当にこの仕事を任されてもいいのだろうかと。
でも...、それでも。
私は主人のために頑張るつもりだった。推薦してくれたマイヤ様に恥をかかせないためにも、必死でやろうと思った。
そう、やる気は十分だった。
私が、その責任者の名前を聞くまでは。