2-19
「...ヴェイル様が、民を守るために、どれだけの覚悟を持って、魔物と戦っているのか知らないのですか?そんな方に戦友たる同盟国を切り捨てろと!?貴女達は、ヴェイル様を苦しめるつもりですか!?」
私がヴェイル様と過ごした時間は決して多くない。けれど、私はヴェイル様の血の滲むような努力を知っている。
騎士団棟にある資料室には、今までにヴェイル様が討伐した魔物の資料が保管されていた。それも棚いっぱいに。
その資料には、ヴェイル様がどのように魔物と戦い、どんな犠牲を出したのかも記されていた。
そこには確かに、ヴェイル様が命を削って民を守った証があったのだ。
それなのに、婚約者のキャロライン様は、ヴェイル様にこれ以上の負担を強いるの?
それがどうしても赦せなかった私は、出来る限り大きな声で反論した。
そんな私の頬を、キャロライン様は容赦なく叩く。
「ゴミが何か言った?よく聞こえなかったわ。」
打たれた頬が、熱を持って熱い。
向けられる令嬢達の悪意ある目が怖い。
でも、一度出してしまった私の声は止まらなかった。
「ヴェイル様は、優しい方です。ひ弱な私の事をいつも気に掛けてくれるほど。そんな方に、これ以上辛い思いをさせないで下さい!」
「はあ、本当に生意気なゴミね。私のヴェイル殿下と同じ部屋にいるだけでも赦せないのに。名前まで呼んでいるなんて。ヴェイル殿下の事を、物知り顔で語っているのも腹が立つわ。ねえ、皆さんもそう思うでしょう?」
「ええ、そうですわね!」
「キャロライン様の言う通りです。」
「ふふ、皆さんも賛同してくれて良かったわ。今までのお仕置きは、どうやら生ぬるかったみたいだから、今度は皆さんでやりましょう!ほら、ゴミは、死なないように頑張って!」
肩を蹴られ、再び床に転がされると、背中を魔法で切りつけられた。炎が体を焼き、水が傷を抉る。
度重なる痛みは、地獄のような奴隷時代の記憶を引き出した。
でも、あの二年を耐え抜いた私からすれば、この程度我慢出来る。
大丈夫。
私は死なない。
ここで死んだら、ヴェイル様にも、母国にいる主人にも、迷惑がかかってしまうから。
私は、ただひたすらに、痛みに耐え続けた。
気が付くと、騎士団の医務室にいた。軍医によると、私は熱中症で倒れたそうだ。つまり、そういう事にされたのだろう。
駆けつけたヴェイル様に、物凄く心配されたけど、私はなるべく平静を装った。多分、バレてはいないと思う。
その次の日、仕事に向かおうとしていた私は、なぜかヴェイル様に王宮の自室へ連れ込まれてしまった。
初めて入ったヴェイル様の部屋は、彼らしくあまり飾り気はない。でも、落ち着いた色合いで統一されていて、とても居心地の良い部屋だった。
その部屋の大きなベッドに寝かされた私は、ヴェイル様にきつく説教をされていた。
「なぜ、倒れるまで我慢していた。魔力もこんなに減らして。俺がどれだけ心配したと思っている。相談出来ないほど、俺は頼りない存在なのか?」
「すみません、ヴェイル様。」
ヴェイル様の手が、私の胸元に触れた。そこから心地良い魔力が入ってくる。
欲しい。
もっと、もっと。
私は、熱に浮かされるように、ヴェイル様に手を伸ばした。
「ステラ、俺は、貴女が大切なんだ。だから、俺を頼ってくれ。頼むから...。」
空耳だろうか。
ヴェイル様に、大切と言われた。
それでもいい。
聞き違いでも嬉しい。
「私、も、ヴェイル様が、大切。」
疲弊していた心から、思わず言葉がこぼれ出た。そこからは、どんどん溢れて止まらなかった。
「だから、ずっと、一緒に、いたくて。でも、私じゃ、駄目だから...。」
「駄目じゃない。ステラがそう望んでくれるなら、俺はずっと側にいる。」
「本当?本当、に?ずっと一緒?私を捨てない?」
「ああ、ずっと一緒だ。約束する。」
「嬉しい。」
それが嘘でも嬉しい。
幻覚でも幸せ。
視界がぼやけて、ヴェイル様の顔が見えない。
ヴェイル様の顔を、もっと見ていたいのに。
「大好きです、ヴェイル様。強くて、優しい貴方が好き。」
この言葉は、言ってはいけない言葉。
でも、今はどうしても自分の気持ちを抑えることは出来なかった。




